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「……我が家が、有史以前より代々守り続けて来た宝じゃ。これを、そなたに……」
「お祖父さま?」
「遠い昔、祖先の大神官長が、我らが神より下賜されたものじゃと伝わる。この家の直系の後継者に引き渡し続けよ……とのお言葉と共にな」
「……直系の……」
セレスティアは喉を鳴らした。
ゼルフィードには、兄弟がいないと聞いていた。
そして、母マヌエラもまた一人娘である。
となれば、直系の子孫は、今となってはセレスティアのみと言う訳だ。
「……けれど……わたくしは……」
家宝の継承権を有していても、生殖能力がなく、それを譲り渡す次代を設けられない身。
とても受け取られるものではない。
「良いのじゃ」
「お祖父さま……」
信仰の歴史と並び称されるほどの伝統を誇る名家が、ひそかに守り続けた宝など、自らの代でそれが断絶されると承知している身に、どうして担えるだろうか?
「神は……こう、おおせくだされたそうじゃ。いつかの未来、次代を担う後継者が絶えし時、この神器は存在の意味を持つ……と」
「神器?」
謎めいた言葉に、セレスティアはひたすら瞬く。
強引に手渡され、やむなく掌に受け止めた。
驚くべき軽さで、また、不思議な温もりを有しており、しっくりと手に馴染んだ。
開くが良い……と祖父に促されて、セレスティアは箱の留め金を外した。
「……え?」
何の抵抗もなく……いや、重さすら感じさせずにそれは動く。
「直系の者のみに、これを開くことができると伝わる。実際、わしの従兄たちは、留め金を動かせなんだ」
「そんなっ……」
折り畳んだ紙を開くよりも容易く動くそれを目の当たりにして、祖父の言葉はとても信じられるものでない。
「更には、そなたにとっても同様であるようじゃが、血の遠い者や血縁のない者に、これを持ち上げるのもかなわぬ」
「……」
全く重みのない品である。
訳がわからないまま、セレスティアは手の中の箱を凝視した。
ビロード貼りの内部に安置されていたのは、片手で握り込んでしまえる、小さな金属片と、更に一回り小さい、頂点部分が切り取られるかの形で器となった、これまた金属製の球体だ。
箱も、それに安置される品も、いずれも、金と銀の中間の色目をした輝く素材でできており、随所に美しい彫刻が施されている。
不思議なほど、年期を感じさせなかった。
神の奇跡なのかもしれないが、とても先祖代々受け継がれて来た品とは信じられない。
「……これは、……一体?」
「わからぬ」
ゼルフィードは、あっさり言い切った。
「……何時のころからか、聖櫃に聖鏡、聖杯と、そう称されるようになったそうじゃが、実際、どのような用途で使うべきものかは全く不明なのじゃ」
「聖櫃に聖鏡と聖杯……」
セレスティアは喉を上下させた。
鏡と思しき一方をつまみ上げてみれば、確かに裏返しの面は、曇りも歪みもなく、その役目を果たす仕様だ。
「セレスティアよ……。ほんの少しばかり、痛みを堪えてくれぬか?」
言いながら、ゼルフィードは懐から小刀を取り出す。
「お祖父さま?」
別段、生命の危機を覚えた訳でないが、鋭利な刃を示されて、セレスティアが身構えてしまうのは当然だろう。
「神器の継承じゃ。前所有者と後継者の血を同時に滴らせ、二人が肉親であると神にお知らせし、承認を賜らねばならぬ」
「……血の、継承……でございますか?」
遺伝子云々などの科学的知識に疎い時代であっても、血脈の神秘は広く知られている。
だからこそ、聖職者の名門なども存在するのだ。
セレスティアは畏怖にも似た想いのまま、片手に神器の箱を捧げ、残る左手を祖父に差し出した。
ゼルフィードは、薬指の先端に刃を当て、軽く引く。
直後、小さな痛みと共に、真紅の液体がぷっくりと宝珠のように生じた。
彼はそのまま自らの左薬指にも同様の傷を作り、率先して三つの神器にそれをなすり付ける。
なぜ、この指なのかと疑問を覚えたが、それまた神の示唆なのかもしれないと、セレスティアも促されて祖父に倣った。
直後、聖鏡と聖杯は目映い虹色の煌めきを発する。




