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家出少女の恋人

 臨時休業と書かれた札を見て少しためらった後、中沢はゆっくりと扉を引いた。鍵がかかっているのではと不安だったが、予想に反して扉はすんなりと開いたことにホッと息をついた。

 店内には明かりがついており、コーヒーのいい匂いが漂っている。中沢が声をかけるより先に、店の奥から足音が近づいてきた。

「ああ、その辺適当に座って。コーヒー飲める?」

「あ、はい」

 顔を出したのは広貴で、突然そんな質問をするものだから中沢はすっかり挨拶するタイミングを無くしてしまい、咄嗟に質問に対する返事だけを返した。一度奥に戻った後すぐに広貴が戻ってきたが、その手元には三人分のコーヒーが用意されており、中沢は首を傾げた。

「急に呼び出したりしてごめんな。今日用事なかった?」

「あ、はい。大丈夫です。あの、他に誰か来られるんですか?」

 手元のコーヒーを見て中沢は一応尋ねたが、自分が呼び出された内容からして大体予想は出来ていた。広貴が返事をする前に、店の奥から中沢の予想通りの声が聞こえた。

「こんにちはー。僕でした! 広貴と二人っきりの方がよかったかな?」

 ニコニコしながら現れた雅也に広貴は冷たい視線を送る。中沢は味楽に来た時の真面目な雰囲気とのギャップに驚いていたが、すぐに気を取り直して首を横に振った。

「そう? なら良かった。広貴ったらいつの間にか中沢さんのことナンパしてるんだもん。これだからモテる男はやだよねー」

「え? え?」

 雅也の言葉に中沢は戸惑うことしか出来ない。そもそも中沢が今日ここに来たのは昨日広貴が帰り際に、中沢と一ノ瀬と古賀に対して今日の予定が空いている子がいれば話を聞かせて欲しいと言ったためだ。後の二人は高校生のため学校があったのだが、中沢はちょうど午前中の講義を入れていなかったために広貴の頼みを了承した。

「だからナンパじゃねーって言ってんだろ? 話ややこしくするんなら今すぐ帰れ」

 広貴の言葉でやっと中沢は雅也にからかわれたようだと気づき、勘違いしてしまったことに恥ずかしそうに笑った。

「今日は井上さんの話、ですよね?」

 中沢の質問に広貴は頷いた。その反応を見て、中沢は不安そうに表情を曇らせた。

「あの、私たちを疑っているんでしょうか?」

 中沢の質問に、雅也は優しく笑った。

「そういう訳じゃないよ。正直なところまだ完全に白とは言い切れないんだけど、僕たちは別の可能性の方が高いと思ってるからわざわざ今日来てもらったんだ」

「別の可能性?」

 中沢は首を傾げた。

「昨日篠崎さんが言ってたこと覚えてるか? 井上晴香は家出をするとき恋人のところへ行っていた。そして篠崎さんと別れた後、彼女は別の恋人がいたと彼は言ってたよな?」

 広貴の言葉に、中沢は頷いた。

「僕たちは、晴香ちゃんの失踪は晴香ちゃんの恋人が関わってるって思ってるんだ。更に言うと、晴香ちゃんの恋人ってあのバイト先にいるんじゃない?」

「すごい。よくわかりましたね」

 中沢は目を見開いた。元彼の篠崎でさえ晴香の恋人に気が付かなかったのに、この二人はあれだけの情報でそれが分かったという。

「これでも探偵ですから。というか、侑子さん、あ、晴香ちゃんのお母さんに話を聞いてたからってのもあるんだけどね。篠崎さんの話からして、相手は若くても大学生以上。そして晴香ちゃんが付き合えるとほぼ確信していたっていうんだから、ある程度親しい間柄だった。ここ数か月の晴香ちゃんの環境の変化というと、進級したこととバイトを始めたことくらい。まあ他の可能性もなくはないんだけど、それが一番しっくりくるかなって」

「だからその恋人に聞かれないようにホールの私たちにだけ声を掛けたんですね」

「半分正解。僕たちは篠崎さんも疑ってる」

 真剣な表情で告げた雅也の言葉に、中沢の表情が曇った。

「あの人、未だに井上晴香のこと好きなんだろ?」

「……そう……だと思います。はっきり聞いたわけじゃないですけど。だけど私は篠崎さんがそんなことするとは思えません!」

 中沢の必死の訴えに、広貴と雅也は顔を見合わせた。そして広貴はくしゃりと笑って中沢の頭をポンポンと優しく叩き、雅也は安心させるように優しく微笑んだ。

「不安にさせて悪かったな。あくまで可能性の話だ。俺たちの中でも今の恋人ってーのが最も疑わしい存在だよ」

 それを聞いて、中沢もホッとしたようだ。そして今の状況に気づき、真っ赤になって慌てて頭を下げた。

「あ! す、すいません! 私、ちょっとびっくりしちゃって! 篠崎さんいい人だから! あの、ホント余計なこと言ってすいませんでした!」

「なんで謝るのさ」

 その様子を見て雅也と広貴が可笑しそうに笑うと、中沢も照れ臭そうに笑った。

「それで、井上晴香の恋人は結局誰だったんだ?」

 広貴が尋ねると、中沢は困ったような表情をした。

「それが、あの、わからないんです」

「え? バイト先にいるんじゃなかったの?」

 ここに来てのまさかの言葉に雅也は驚いた。あの場で晴香の現在の恋人について話さなかったのは篠崎に気を使っているためかと思っていたのだが、どうやら当てが外れたらしい。

「あ、いえ、バイト先の人には間違いないんですが……。味楽で働いている男の人って、全部で四人いるんです。店長の神田紀之さん、アルバイトの篠崎佑弥さん、田村直たむらなおくん、大島弓弦おおしまゆずるさん。よくキッチンの方を見ながらうっとりしてたんで、彼氏に見とれてないで仕事しなさいって注意してたんです。その度に慌ててごめんなさいって言ってたんですけど、何度も繰り返すからそれで志保ちゃんが怒っちゃって」

 中沢が苦笑しながらそう言うと、あの時の言い合いはこれだったのかと広貴は納得した。

「キッチンは昨日二人しかいなかったよね? 残りの二人ってどんな人なの?」

「田村くんはかっこいい方だと思いますけど、高校生だから違うと思います。大島さんは二十四歳で、落ち着いた雰囲気ですね。篠崎さんの先輩らしくて、井上さんとも三人でよく仲良さそうに話してました」

 中沢の言うように、田村は候補から外してしまって大丈夫だろう。そうなってくると、候補は二人に絞られる。

「そっか、ありがとう。ちなみに大島さんって今日シフト入ってたかな?」

「あ、はい。たぶん今もいると思いますよ。確か今日の昼のキッチンは篠崎さんと大島さんだったはずですから」

 その後コーヒーを飲みながら他愛のない話をした後、再びお礼を言って広貴と雅也は大学に行くという中沢と別れた。丁度お昼時だ。二人は食事もかねて味楽へ向かうことにした。


「たまにはファミレスもいいな」

 そう言いつつ、広貴は鉄板で小さく切ったハンバーグを焼きながら美味しそうに頬張っている。

「安いのに美味しいよね。こんな店があるから料理しない女の子が増えるんだよ」

「あ、てめっ」

 雅也は相槌を打ちながら、さり気なく広貴のハンバーグを掠め取った。そんな彼の前には熱々のシーフードドリアが鎮座している。

 平日とは言えお昼時なので、店内は前日に二人が訪れた時よりも混み合っている。そのためキッチンで働いているだろう大島に話を聞くのはとりあえず後回しにして先に食事をとることにした。一応ホールで忙しく働いているウエイターの女性に名刺を渡しながら事情を話して、大島の手が空き次第会いに来てくれるようには伝言済みだ。

 他愛ない話をしつつ昼食をとっていると、テーブルの隅に置いていた雅也の携帯が震えた。

「明ちゃんからお返事か?」

 メッセージを確認する雅也に、広貴はハンバーグの最後の一口を口に放り込んで尋ねた。

「うん。えーと……お! 丁度今日の午後休みだから二時くらいに事務所に来てくれるって」

「絶対それ休みを取ったの間違いだろ。警察官がそれでいいのか」

 嬉しそうに返事を返している雅也に対し、広貴は呆れ顔だ。

 戸田明とだあきらは広貴と雅也の高校時代からの友人で、現在警察官をしている。自称雅也の親友であり、自称広貴のライバルらしい。

「まあ明だし大丈夫でしょ」

 いい笑顔で言い切った雅也に、広貴は明ではなく明に迷惑を掛けられるであろう同僚たちに心の中で同情を送った。


「あの、桜井さんですか?」

 店内が大分落ち着いてきた頃、店の奥から出てきた男が雅也に声を掛けた。

「あ、はい。突然すみません。私探偵をやっています桜井雅也と申します。大島弓弦さんですよね?」

 雅也が名刺を差し出すと、大島はそれを受け取りながら頷いた。大島は背が高く中性的な顔立ちで落ち着いた雰囲気があり、篠崎とは正反対の雰囲気だ。

「篠崎から話は聞きました。晴香ちゃんのことを探してるって」

 晴香ちゃん、とはいかにも親し気な呼び方だ。雅也は単刀直入に尋ねてみることにした。

「少し確認したいことがありまして。実は貴方と井上さんが随分親しそうだったという話を伺ったのですが、井上さんと貴方は恋人同士なんですか?」

「え? 誰に聞いたんですか?」

「守秘義務がありますから、申し訳ないですがお答えできません」

 雅也の問いかけに大島は驚いてはいたが、特に動揺することはなかった。

「そうですよね。まあ大体の予想はつきますが。僕と晴香ちゃんは付き合っていませんよ。篠崎の彼女だったので親しくはしていましたが、どちらかと言えば妹のような存在ですかね」

 微笑みながら語るその姿からは本心が見えず、大島が本当のことを言っているのかどうか二人には判断が付かなかった。

「因みに恋人は?」

「残念ながら今はいないですね」

 いると言ってくれることを期待していた雅也は内心ため息をついた。これでは疑いは晴れない。

「余計なことを聞いてすみません。本題ですが、大島さんは何か手がかりになりそうなことをご存じないですか?」

 雅也が尋ねると、そこで初めて大島が動揺を見せた。言うべきかどうか迷っているようだ。何度か口を開きかけては閉じてを繰り返している。二人が何も言わず見守っていると、やがて決心したようで周りを警戒しながら小声で話し始めた。

「店のお金が盗まれた話なんですけど、実はその日の集計は晴香ちゃんの代わりに僕がやったんです。その時ちょっと忙しそうだったので……本来は彼女の仕事だったのでチェック表には名前を書かせたんですが。その時はきちんと合っていました」

「つまり、お金を盗んだのは彼女ではないと?」

 広貴の問いかけに大島は頷いた。

「本来こういう事態になった時のためのルールなんで、晴香ちゃんには申し訳ないんですけどちょっと店長に言いづらくて……あ、もちろん僕はお金を盗んだりしてないですよ。ただ彼女でもないんです」

 大島が言うには、晴香の失踪と店の売り上げが盗まれた話は無関係のようだ。

「貴重な情報ありがとうございました。ついでにひとつお願いがあるんですけど、その集計の話って誰かに話したりしました?」

 雅也の問いかけに大島は首を横に振った。

「よかった。じゃあもうしばらくの間、誰にも言わないでもらえますか?」

 大島は不思議そうな顔をしながらも頷き、それを見た雅也は満足そうに微笑んだ。


「よう、お疲れ」

「何っでお前がここにいるんだ!?」

 明は約束の二時丁度に探偵事務所を訪れた。しかし明にとってそこに広貴がいるのは予想外だったらしい。

「別に俺がどこにいようと俺の勝手だろ?」

「いいや、私は事件に協力してほしいと雅也から連絡を受けたから来たんだ。部外者は帰ってもらおうか?」

 明は勝ち誇ったように警察手帳をかざした。どうやら広貴はたまたま居合わせただけだと思っているようだ。

「あ、明呼んでほしいって言ったの広貴だよ」

「はあ!? ふざけんなよ? こっちはお前みたいに暇じゃないんだよ」

 呼んだのが広貴と分かった途端態度を一転させる明だが、それもいつもの事であるので広貴も雅也も気にしない。

「まあまあまあまあ」

「おい! やめろ! 引っ張るなぁぁ!」

 まだ入り口にいたのをいい事に踵を返そうとした明だったが、それを広貴が許すはずもなく。抵抗もむなしく、悲痛な叫びを残して事務所の中へと引きずられて行った。


「君が来てくれて助かったよ」

 仏頂面の明に対し、にこにこと笑顔を浮かべて雅也が言った。広貴は飲み物を入れるべく今はキッチンにいる。

「事件ってのは本当なんだな?」

「もちろん」

 その返事に明はほっとした、が。

「だったらなんでいつも先に私に連絡しないんだ、広貴は探偵でも警察でも何でもないだろう?」

 明は警察官だ。呼ばれたからと言っていつもいつも駆けつけられる訳ではないが、事件となればただのカフェの店長よりはよっぽど役に立つだろう。

「だって広貴が一番頼りになるもの」

 当たり前の事のようにさらりとそう答えられてしまってはもう何も言えない。明はがっくりと項垂れた。

「お前仕事大丈夫なのか?」

 呼び出した本人でありながら、コーヒーを差し出しながら呑気にそう尋ねる男を明は恨めしそうに見つめた。

「私は優秀だからな、問題ない」

「優秀関係あるか? まあ大丈夫ならいいわ。それより頼みたいことがあるんだが」

 どこまでもマイペースな広貴に、明はムキになったら負けだと自分に言い聞かせながら話の続きを促した。

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