家出少女について
「智ちんのバイトってカフェだと思ってたわー」
翌朝の教室で智明と嘉伸は昨日のことを話していた。
「まさか相田さんが探偵もやってるなんて」
「いや、あれは桜井さんの事務所で、店長は桜井さんに頼まれただけだよ」
「え? そうなの? てっきり相田さんの事務所かと」
「……まあ気持ちはわからんでもないな」
何しろ昨日は事件の説明から今日の二人の仕事についてまで、全て広貴が説明していた。嘉伸がそう思うのも無理はないだろう。入口には桜井探偵事務所と大きく書いてあった気もするが。
「にしてもそんなこと全然気づかなかったな。特に噂とかも聞かないし」
「まあ一週間じゃそんなもんじゃね?」
「そうかぁ? あ、ねえねえ西村さん、最近井上さんが休んでるって聞いたんだけど知ってる?」
嘉伸は隣の席にいたクラスメイトに話しかけた。
「井上さん?」
「井上晴香ちゃんじゃない?」
誰のことを言われたのか分からなかった西村に対し、前の席にいた西村と話していた河野が言った。河野の言葉に西村もわかったらしく、ああ、と相槌を打った。
「そうそう晴香ちゃん! 河野さんは知ってるんだ」
嘉伸がさらに話を聞こうと、今度はすぐに思い当たったらしい河野に尋ねた。
「彩から聞いたのよ。あの子同じクラスだから。って言っても最近見ないねってくらいで理由までは知らないけどね」
「サボりじゃない? って皆言ってるよね」
どうやら休んでいることは知られているようだが、行方不明ということはまだ知られていないようだ。
「井上さんがどうかしたの?」
今度は逆に河野が興味津々で嘉伸に尋ねた。
「やー、智ちんの知り合いさんが井上さんの友達らしくって、最近連絡が取れないーって心配してるらしいんだよね」
「三木くんの?」
嘉伸の突然の発言に反論しそうになるのをぐっとこらえて智明は頷いた。ここで余計なことを言って騒ぎにならないようにとの嘉伸なりの配慮だろうが、できれば智明はあまりこのお喋り好きそうな女の子たちと関わり合いになりたくなかったため、密かに嘉伸だけで何とかしてくれと期待していたのだ。それに嘉伸の言ったことは、確かに知り合いである雅也が晴香の母親である侑子と仲が良いようなので、間違いではない。侑子も井上には違いないのだから。
「事情知ってるとしたら誰だと思う?」
わかっているが怪しまれないために一応尋ねた嘉伸に、女の子二人が顔を見合わせる。
「知ってるとしたら、池村さんだよね」
「そうそう。井上さん、池村さん以外と一緒にいるの見たことないもんね」
予想通りの答えに、嘉伸と智明は内心ガッツポーズをした。
「池村さんって、池村由紀さん? あの二人ってそんな仲いいんだ。ちょっと意外」
嘉伸が二人の雰囲気を思い出している素振りでそう言うと、途端に女の子二人は楽しそうに話し始めた。
「だよね! 山もっちゃんもそう思うよね!」
「あの二人幼馴染みらしいんだけどさ、私も絶対性格合わないと思うんだ」
「けどいつも一緒にいるから話しかけづらくてさー」
「絶対あれ井上さんが無理やり一緒にいるんだよ」
「ねー、池村さん可哀想だよねー」
怒涛の勢いで話し始めた二人に智明は全くついていけなかったが、嘉伸は平然とその輪の中に入っていった。
「え? 池村さん嫌がってるの?」
「えー? そりゃそうでしょ?」
「まあ直接聞いたことはないけどねー」
「だって井上さんだよ? 池村さんじゃ言えないって!」
どうやら女の子たちの間ではそれが共通の認識のようだ。自分の知らないところでそんな風に言われているなんて彼女たちは思いもしないだろうと、智明は改めて女って怖いと思った。
「ところでさ、その井上さんの友達っていう三木くんの知り合いって、女の人? もしかして彼女だったり」
「男だよ」
噂好きの彼女たちの次の標的になりかけた智明は、河野の言葉が終わる前にバッサリと否定した。少し不満そうだった河野だが、気を取り直して別の質問をしようとしたところでチャイムがなり先生が入って来たため渋々諦めて自分の席へと戻って行った。それに安堵してため息をついた智明を見て嘉伸がニヤニヤしていたため、智明は嘉伸の顔に向かって消しゴムを思いっきり投げつけた。
昼休みになり、A川高校三年二組はざわついていた。比較的おとなしく目立たない生徒である池村由紀の元に、明るくて密かに人気のある山本嘉伸が話があると言って訪れた。そして二人が向かった先には、人気があるがクールで女の子に興味がないと噂の三木智明が待っていて、三人揃ってどこかに向かったというのだから、騒ぎにならないはずがなく様々な憶測が飛び交った。
そんなこととはつゆ知らず、三人は人気のない校舎裏にいた。実際のところは話の内容が内容だからということと、池村をダシにして智明に女の子が群がるのを防ぐための配慮だ。
「突然呼び出してごめんね? ちょっと井上さんのことで聞きたいことがあって。池村さんって、井上さんと仲良いんだよね?」
嘉伸の質問に池村は目を見開いて、普段のおとなしさからは想像できないくらい慌てて嘉伸に詰め寄ってきた。
「山本くん晴香のこと何か知ってるの!?」
その様子を隣で見ていた智明は少し安心した。晴香と池村は見た目と性格がお互いあまりにも違うため、実際は晴香が無理やり池村と一緒にいるんじゃないかとか、池村がかわいそうだとか言われているようだが、しかし今目の前にいる池村は晴香のことを心から心配しており、本当に仲が良いんだということがわかったからだ。
「俺の知り合いが井上さんの母親に探してほしいって頼まれたらしいんだ」
智明が池村に言った。
「三木くんの知り合いって、警察?」
池村は少し嫌そうな顔をした。晴香の母親からいろいろと話を聞いているのかもしれない。
「いや、探偵」
「探偵って、ホントにいるんだ」
予想外の答えだったらしく、一瞬きょとんとした後池村は小さく呟いた。探偵を信用していないというわけではなく、純粋に驚いたらしい。
「それでちょっと僕らも手伝わされててさ、ちょっと話聞いても良い?」
嘉伸の問いに、ええ、と池村は頷いた。
「昨日井上さんのバイト先に行ったんだ。そしたら井上さんの元彼って人がいてさ。家出なら彼氏のとこあたってみろって言われて。」
それを聞いて池村は困った顔をした。
「確かにそうなんだけど、今晴香に彼氏はいないはずよ? 家出するちょっと前にちゃんと別れたって聞いたもの」
「それって、バイト先の人?」
「そうよ。名前は聞いてないけどゆーくんって呼んでた。思ってたような人じゃなかったって言ってたけど」
智明は篠崎のことだろうと思った。篠崎は下の名前が佑弥と言っていたはずだ。しかし別れた理由が篠崎の証言と違う。
「他に好きな人が出来たからって振られたって聞いたぞ?」
「ええ? けど晴香は今はいい人いないって言ってたよ?」
智明と嘉伸は顔を見合わせた。話がかみ合わない上、篠崎の言っていた晴香の性格とも合っていない。
「彼氏に嘘ついたのかな?」
「そんなことしないと思う……けどそういえば最近彼氏が怖いって言ってたなあ」
「怖い?」
智明は篠崎のことはよく知らないが、確かに見た目は少し怖そうであったが広貴と話すのを聞いた限り怖い人だとは思えなかった。彼女に対しては厳しい人なのだろうか?
二人の疑問に、池村は晴香の話を思い出しながら話した。
「最初はとっても優しいしマメだし素敵だなって思ってたんですって。でもだんだん束縛が激しくなっていって、どこで誰と何をしてるか定期的に連絡しろとか、自分以外の男の人と話をするの禁止とか、ちょっと普通じゃなかったみたい」
「はー、それはまた……けどそんな相手に他に好きな人が出来たーなんて言ったら逆効果じゃない? 下手したら監禁ルート……」
嘉伸は自分の言葉に凍りついた。背中を嫌な汗がつたう。青ざめた顔ですがるように嘉伸は智明を見たが、智明は硬い表情で考え込んでいる。
「いや、その可能性は低いんじゃない? 池村さんに聞いたらいいと教えてくれたのは篠崎さんだし、もしそうならそんなこと言わないだろ」
「え? 篠崎さん?」
池村は怪訝そうな顔で智明を見た。
「ああ、名前は知らないんだっけ? 篠崎佑弥さん。井上さんの元彼って篠崎さんでしょ? 池村さんにも一回会ったって聞いたけど」
「え!? あ、そういうこと!」
池村は何かに気づいて、くすくすと可笑しそうに笑った。智明と嘉伸は訳がわからずお互いに顔を見合わせた。
「今の話は前の彼氏の話で、篠崎さんは前の前の彼氏! すごいいい人だったし、本当に晴香のこと大切にしてくれてたわ。けど晴香が前の彼のことを好きになっちゃって……ってか篠崎さんが束縛系とかあり得ない!」
どうやら智明たちと池村で全く違う人の話をしていたらしい。池村はツボに入ったらしく、なおも篠崎さん誤解されてかわいそう、と言いながら笑いをこらえて小さく震えている。
「なんだ篠崎さんじゃないのか。池村さんが同じバイト先の人で優しそうとか言うからてっきりそうだと思ったのに」
「名前にゆっていう字も入るしな」
そう言って智明と嘉伸も笑った。
「そういえばそうね。けど私も前の彼氏には会ったことが無いんだ。ごめんね」
ようやく笑いが収まったらしい池村が心底申し訳なさそうに言った。
「いや、名前の手がかりと味楽にいるってことがわかっただけでも十分助かった。ありがとな」
智明がお礼を言って照れ臭そうにはにかむ姿を見て、池村は赤くなって視線を逸らした。
「三木くんがモテるのすごくわかった気がする……」
「なー、無自覚なタラシとか性質が悪いよな」
池村が困ったようにそう言うと、嘉伸もしたり顔で同意した。智明だけが訳が分からないと言った顔をしている。
「あのギャップに女の子は弱いのよね」
「なー、普段クールキャラのくせになー」
「お前ら喧嘩なら買うぞ」
池村はおとなしいだなんて誰が言ったのか。嘉伸とわざとこちらに聞こえるように目の前でひそひそとやりだしたのを見て、結構いい性格をしているじゃないかと智明は思った。
「あ、あともう一つ。最近井上さんお金に困ってたりした?」
嘉伸が広貴に聞いておいてほしいと言われていたことを思い出して池村に尋ねた。味楽で聞いた話では、晴香はお金を盗んで姿を消したことになっている。しかしそんな智明の質問に、池村はそんなことはないと即答した。
「だってあの子バイトだってお金のためにやってるんじゃないもの」
「どういうこと?」
「もともとは篠崎さんと一緒にいる時間を増やしたくて始めたのよ。けど今はバイト自体が楽しくて仕方がないって言ってたわ。前にお母さんにお小遣いが欲しいならあげるからやめてほしいって言われたけど、絶対に嫌だって言ったら喧嘩になったってむくれてたし。確かその時も家出したって言ってたなぁ」
その時のことを思い出したのか、池村はまたくすくすと笑った。
「え? 井上さんってホールの子と揉めてたわけじゃないの? よく怒られてたって聞いたんだけど」
「ああ、晴香は意外と世間知らずだから。先輩がいろいろ教えてくれて勉強になるって言ってたよ。仲良くなりたい子もいるとかいう話は聞いたことあるけど、揉めてたとかは知らないなぁ」
一ノ瀬の話とは違い、晴香は意外と素直な性格のようだ。それにどうやら一ノ瀬のことは気にもとめていなかったらしい。智明は彼女のことを少し不憫に思った。
「そうなんだ。そういえば、井上さんのお母さんはバイト反対なの?」
「晴香成績悪いからねー。バイトやめたからって勉強しないって晴香が宣言してたけど、そういう問題じゃないってまた怒られてたわ」
「なるほどねー」
嘉伸は似たような話を思い出して、ニヤニヤしながらそっぽを向いている智明を見た。池村は幸いにも智明の成績事情は知らないらしく、不思議そうな顔で二人を見ている。
「あーっと、いろいろ教えてくれて助かった。井上さん、早く見つかるといいな」
「どういたしまして。ありがとう。また何かあったらいつでも聞いて」
そう言って三人はそれぞれの教室へと戻って行った。




