バイト少年の交遊関係
篠崎の言う池村由紀に会いに行くにしても、本日は日曜日であるため一度雅也の探偵事務所に戻ることにした。
桜井探偵事務所は商業ビルの二階にあり、二つに区切られたフロアの手前が応接間、奥が雅也の住居スペースになっている。以前は住居用に別の部屋を借りていたのだが、帰るのが面倒で事務所に泊まることが増えていき現在の形に至る。
「おー、お前にしちゃ珍しく綺麗にしてるじゃねーか」
応接間の様子を見て広貴が感心したように言った。雅也は整理整頓が大の苦手で、接客業にも関わらず部屋にはいつも書類が散乱していた。広貴は事務所を訪れるたび気を付けるよう言っているのだが、これまで改善されていたことはなかったのだが。
「ああ、昨日花菜ちゃんが来て掃除してくれたんだ。いやーほんと助かるよ」
悪びれもせずそう言った雅也に広貴は呆れ、智明は嫌そうな顔をして今日は来ないでしょうねと言い窓から外を確認した。
「あ、神田さんのアパートってあれですかね?」
外を見ていた智明が、道路を挟んだ向かい側にアパートがあるのを見つけた。大手住宅メーカーのそれは部屋はそれほど広くはないが、高い防犯性と防音性を売りにしており、単身者にはなかなかに評判のいいものだった。「だろうな。向かいのアパートってあそこだけだし」
「あのアパートって結構家賃高いんだよ。僕最初近くていいなって思ったんだけどさすがに払い続けられる自信がなくて諦めたんだ」
雅也が悔しそうに言ったのを聞いて、智明はなぜ以前雅也が少し離れた場所を住居としていたのか納得がいった。
「へー、儲かってるんすね。さすが店長」
智明は素直に感心したが、広貴はそうではなかったようだ。
「いや、雅也が貧乏なだけかもしれねーぞ?」
探偵と言うのは収入が安定しない職業だ。雅也はドラマや小説に出てくるような有名な探偵という訳ではないので、依頼人が一人も来ない月というのもよくあることだった。
「ああ、よくカフェでツケでご飯食べてますもんね」
「そういえば先月分」
「さー仕事仕事! しっかり働きますよー!」
話が都合の悪い方向に転がりかけたのを察して、雅也が二人の話を遮った。広貴は智明に金が入ったら取り立て行くぞ、と雅也には聞こえないように耳打ちし、それに智明は苦笑しながら頷いた。
応接間のソファに座り、慣れたように智明が三人分のコーヒーを入れたところでこれまでの話を整理することにした。
「さて、彼らはああ言ってたけど、実際晴香ちゃんってどんな子なの?」
味楽で聞いた話だと、人によってずいぶん彼女に対する印象が違うようでいまいちはっきりしない。そこで雅也は同じ学校の同級生である智明に尋ねたのだが、智明はきょとんとした顔をして簡潔に答えた。
「さあ? 見た目は髪を染めたりして派手でしたけど」
「……じゃあ池村由紀は?」
「見た目は地味ですね」
智明の話では彼女らの外見的特徴しかわからなかった。どうやら同じクラスになったこともあるらしいのだが、智明は彼女たちについてほとんど知らないという。そもそも智明は人見知りであり、女の子とはほとんど話をしない。姉妹もいないため、女の子がどういうものかもわからないし、好きになってもどう接していいのかわからなかったため、例のストーカー事件へと繋がってしまったのだ。
「もー! あっきー女の子に興味無さすぎ! モテるんだからもうちょっと興味持とうよ!」
智明は成績はともかく顔も運動神経もいいので、月に数回告白されるくらいにはモテる。それなのに人生で彼女がいたことがないというのが雅也には信じられなかった。
「あっきーって呼ばないでくださいって! あいつらが話したこともないのに告白するっていう神経が理解できないし、俺はもう藤沢で懲りたんです。店長さえいてくれればそれでいい」
「そういう誤解を招く言い方は止めたほうがいいと思うぞ」
元から女の子があまり得意ではなかった智明だが、事件の後和解した花菜と話すようになって、更に女の子が苦手になったらしい。花菜は見た目こそ清楚なお嬢様風だが、性格はそれとは程遠い智明が苦手な女の子そのものだった。一言で表すとしたらお転婆や天真爛漫といったところか。
とは言え智明は決して男が好きなわけではない。ただ、その時にいろいろと世話になったため、少し度が過ぎるほどの憧れを広貴に抱いているのだ。
「何言ってるの? 広貴は僕のものだよ?」
それをわかっている雅也が智明をからかうのもいつもの事だった。
「雅也も悪乗りするんじゃねーよ」
「ならば智ちんは僕がもらおう!」
突然第三者の声がしたかと思えば、勝手に事務所の扉を開けて男の子が入り込んできた。山本嘉伸と言う名の彼は智明の友人で、智明とは対照的にフレンドリーで男女関係なく誰とでもすぐに友達になれる人種だ。二人は同じ野球部所属で、何かと不器用な彼を嘉伸は密かに心配しているのだが、それを智明は知らない。
今回は同級生と言うことで智明が学校で池村に話を聞くことになったのだが、人見知りの智明一人では不安なために嘉伸に協力を頼むことにしたのだ。
「君が山本くん? いらっしゃーい」
「勝手に入ってくんなよ。ってか、どこから盗み聞いてたんだよ」
「そっちが勝手に入っていいって言ったんだろーが。ってか人聞きの悪いこと言わないでくださいますぅ? 入るタイミングを伺ってただけだっつーの! 楽しそうな話してたから混ざってみたこの僕のお茶目な可愛さがわかんないかなぁ? しかもせっかくもらってあげるって言ってるのに感じ悪いよー?」
「謹んでお断りさせていただきます」
嘉伸は智明とは友人だが、広貴とは智明の様子を見に結に来たことがあるので面識がある程度であるし、雅也に至っては初対面だ。しかも二人とも嘉伸より十以上年上である。にもかかわらず、まるで違和感なくその空間に溶け込んでいるのを見て、二人は素直に感心した。
「もらうだのもらわないだの言ってるが、実際男四人だしむさくるしいことこの上ないな」
仲良くじゃれあっている高校生二人を見て広貴が笑った。
「あ、なら花菜ちゃん呼ぶ?」
「お願いですから止めてください」
すぐさま実行しようとした雅也を智明が必死で制止した。
「ところで、何で僕呼ばれたんですか?」
二人の様子を面白そうに眺めていた広貴に嘉伸が質問した。
「ああ、ちょっとあいつのこと手伝ってやって欲しいんだが……」
そこで広貴は言葉をきって、にっこりと笑みを浮かべた。
「詳しい話、聞きたい?」
女性であれば魅了されてしまいそうな甘い笑顔と声に、嘉伸はまるで詐欺師のようだと失礼なことを思った。聞いてしまえばきっとこの面倒事に最後まで付き合わなければならない羽目になることだろう。まあ乗り掛かった舟だ。そう覚悟を決めて嘉伸が頷くと、広貴は満足そうに事件の内容を彼に話した。