からくる11
短刀を突き立て、窮奇から一気に身を離した咲良の身体を、清高が近づいてバッと受け止めた。そして彼らを守るように、先ほどまで窮奇と攻防を繰り返していた飛廉が体を引く。当の窮奇は醜い悲鳴をあげたかと思うと、苦しそうに身を屈め、攻撃を仕掛けてこなくなった。
「こ、れで…?」
咲良が心配そうに清高を振り仰ぐが、清高は黙ったまま、窮奇をジッと見つめている。そして咲良が窮奇に視線を戻した瞬間、窮奇は大きく苦しそうに咆哮をあげ、動きを止めた。その声を合図にするように、清高が「飛廉!」と叫ぶ。飛廉は血だらけの身体を震わせ、窮奇目掛けて駆け抜けた。かと思うと、その側をスッと抜け、窮奇の後ろに生えていた大木を駆けあがった。そして、
「ぎゃああ!!」
突然の悲鳴と共に、真っ黒なフードで顔を隠した男が引きずりおろした。飛廉はその男を吐き捨てるようにペッと窮奇の側に放り投げると、また清高達の側に駆け戻ってくる。少しも動かなくなった窮奇の側に落とされたその人間は、「ひぃっ…」と脅え、その体を震わしている。漏れる声と体躯から、30は過ぎたであろう男性だと判断できた。
「なんでこんな所に人間が…」
「あれが操っていた人間ですよ」
清高が苦虫を噛み潰したかのような顔で、咲良はまるで信じられないという顔でその男を見遣った。
「自分はちゃっかり窮奇の後ろで控えていたものですから、居る場所が分かっても手が出せなくて困っていました」
清高は咲良の身をれいに任せ、飛廉と一緒に窮奇の側へと歩み寄る。そして清高が右手をぽんっと窮奇に当てると、窮奇はびくりと身体を震わせ、ゆっくりとその頭をあげた。
「ひぃっ!!」
頭をあげた窮奇の目前に、供えられるように尻餅をついている男は、情けない悲鳴をあげる。そんな男を見下ろしながら、清高は冷たく言い放つ。
「一時的にでも神を操ることが出来た才能は認めてあげましょう。ですがその代償は、人の身で贖えるものではないと、知っておくべきでしたね」
清高がゆっくりと窮奇から離れ、彼の後ろに構えていた飛廉の側による。窮奇は清高を追うように視線を動かしたが、またすぐに自分の前で情けなくへたり込む男に視線を戻した。
「おい、おい!俺が分からないのか!言う事を聞け!そいつらを殺せ!」
男はなんとか声を振り絞って窮奇に命令するが、窮奇は微動だにしない。清高は窮奇の後ろから「それと、」と男に声をかける。
「僕達から大切な人を奪った貴方がどうなるのか、考えておくべきでしたね」
いつもは柔和な面持ちの清高の眉間に深い皺が刻まれる。今にもギリッと音が聞こえてきそうなほどに、その歯は食いしばられていた。
「混乱を招いて、また戦争でも始めたかったのですか?いえ、もうどうでもいいです。まともな返事は期待できそうにありませんしね。そろそろ終止符を打ちましょう」
清高が飛廉の首に手をかけ、疲れ切った自分の身体を完全に預けると同時に、窮奇がスッと一歩前に踏み出した。
「う、わぁあああああっ!待てっ!待てぇ!俺が分からないのか!お前は、俺の…!!!」
「さぁ食らい尽くしなさい異国の神よ。そして深き大地に帰りなさい、僕が飛廉(この子)に貴方を食らわせる前に」
清高が飛廉の首を撫でるのを一瞥し、窮奇の目が鈍くギロリと光った。その目には、慌てふためく蒼白の男がしっかりと捉えられている。男はジリジリと後ずさるが、ドンッ、と何かにぶつかった。慌てて振り向くと、そこには先ほどまで自分が隠れていた巨木が位置していて、それ以上男に逃げ場はない。男はバッと前方に向き直る。そこに居るのは確かに先ほどまで操っていた窮奇。だがもう自分の言うことを聞く気配はない。確か窮奇は人間を頭から食べるという。その窮奇が、ニヤリと笑った気がした。
真っ青な顔の男が、バリッと音を立てて崩れ落ちた。




