からくる10
接近しては離れ、離れては接近する大妖二匹に、清高はしびれを切らした。相手は不意を突くことから対策を練った侮れない敵だ。長期戦になればなるほど、こちらの情報を奪われ、勝ち目はなくなっていくだろう。
「飛廉、翼を落としてしまいなさい」
清高の流れるような攻撃命令に乗って、李片、もとい飛廉が一気に窮奇に飛びかかった。窮奇はバサッと翼を広げて木の上に避難しようとするが、その右翼の先に飛廉が食らいつき、少し浮いた窮奇の身体を強引に地面に引きずり戻す。飛廉がブンッと頭を振ると、ぎちりと音を立てて窮奇の翼に裂け目が入る。窮奇は獣の鳴き声をあげて、自らの翼を引きちぎろうとする飛廉に食らいかかった。飛廉はその攻撃をまともに首に受けるが、先ほどの勢いを消すことはせず、そのまま窮奇の左翼を食いちぎった。窮奇は悲痛な叫びをあげ、身体を振るった。
まるで狂ったように呻く窮奇を離れた所で注視していた清高が、ハッと何かに気付いた。
「見つけた」
清高は飛廉に視線を移し、右手を重ねたまま、指示を飛ばす。
「飛廉、背中です、翼の根元を狙いなさい!」
「ど、いうことですか…?」
今の今まで茫然としていた咲良が、れいの腕の中から、なんとか清高に声をかけた。清高は咲良には視線を寄越しはしないものの、質問の意味をくみ取って咲良に返事をする。
「窮奇は大陸の大地に封印されていた悪神です。自らの意志でこの国にやって来られるとは思えません。誰か操っている人間がいるはずです。あれだけの大妖ですから、どこか、直接身体に印が結ばれているはずです」
それがあの翼の根元にある、と清高は続けた。
「印が…」
咲良はついっと視線を窮奇に戻す。窮奇は血をだらだらとたらしながら、また飛廉に飛びかかった。飛廉も首元に傷を負っていて、血が噴き出ている。咲良は「印が、ある…」と繰り返して呟いた。そして、
「っ咲良!?」
れいの叫び声に清高が振り向く間もなく、清高の横を影が走り抜けた。
れいと清高の制止など聞かず、咲良は最後の一本の短刀を取り出し、飛廉の背後から窮奇に襲い掛かった。だが咲良の気配を察した窮奇は、飛廉ごと咲良に体当たりを食らわせようと身をはねる。
「咲良さんっ!!」
清高の重ねられた右手が払われた。
それは一瞬の出来事だった。清高が地面を蹴りあげ、逃げ場を無くしてバランスを崩した咲良の身体をすくい、左方へ両者の身を投げ飛ばした。体当たりをまともに食らった飛廉は後方へと吹っ飛ばされ、咲良を抱えたままの清高は背中から辺りの木に激突した。
「っう…」
「!清高さん!」
自分をかばって唸り声をあげる清高を咲良は振り返る。スーツはボロボロに汚れて所々裂け、眼鏡はもうどこかにいってしまっている。うつむいたままの清高を心配し、その顔に咄嗟に手を伸ばした咲良は、清高と視線を合わせるなり、すっと息をのんだ。
その右目は、白目の部分を殆ど持たず、薄い灰色を基調とした縦に細長い瞳孔を持つ、まるで獣の目だった。
「きよたか、さん…?」
まさか、この一悶着の間に、何か呪われるようなことをさせてしまったのだろうかと、咲良は今まで人間の目をしていた清高を心配そうに仰ぐ。だが清高は苦笑いして「大丈夫です」と答える。
「これが私ですから…。いえ、今はそんな話をしている場合ではありませんね、飛廉!」
清高は咲良を抱きしめたまま、飛廉を呼び立てる。飛廉は、自分を襲った咲良に襲い返そうとする窮奇と、ぶつかり合っている最中だった。
「聞こえていますか、今から咲良さんを飛ばします、うまく窮奇の印に近づけなさい!」
急に飛ばす、と言われた咲良自身は目を丸くして清高を見つめた。だが清高は次々に準備を進めていく。
「咲良さん、まだ短刀は持っていますね?よろしい、決して印に近づくまでは離さないでください。それとれいさん、まだ生きていらっしゃいますね?最後の一押しをお願いしますよ!」
先ほどまで咲良が居た場所から拗ねたような声が上がる。
「これで咲良に怪我させたら、ただじゃおかないわよ…!」
「よしなに!」
清高は体勢を立て直し、咲良を自分と向き合わせて目の前にたたせ、その足に触れた。
「今度こそは後方支援します。僕の意識が集中している間は、印が目に見えるはずですから」
先走ったのは咲良だというのに、清高はこんな時まで咲良に優しく振る舞う。
「…今度は、きちんと、印を消して見せます」
固い表情の咲良に清高はゆったりと笑って見せ、そして、咲良が地を蹴りあげると同時に彼女の足を全力で投げ上げた。高く飛び上がり、背面のまま宙を舞う咲良を加速させるように、れいが持てる最後の力を振り絞って羽団扇を振るう。自然ならば減速する勢いを加速に変え、咲良は窮奇の上まで飛び上がり、身を反転させ、そのまま足から直下した。咲良を視界にとらえた飛廉はがばりと窮奇の首にかぶり付き、その頭を低く引き下げ咲良の舞い降りる位置を確保する。窮奇は抵抗しようと飛廉の首に噛り付くが、飛廉は今まで一番の力で窮奇の頭をねじ伏せた。
(見えた…!)
解放された窮奇の背には、円と正方形、そして漢字を用いた印。咲良は短刀を持つ右手を大きく振りかぶり、重力の乗った自身の全身と共に、勢い猛に窮奇の背中に突き立てた。




