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からくる  作者: ゆきみね
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からくる9

 想像もしなかった人物の姿を確認し、咲良はハッと我に返った。

「ど、うしてこんなところに居るんですか!早く逃げてください!私じゃ貴方を守りきれない…!」

 兄を殺し、れいに重症を負わせるほどの妖に、死にもの狂いでぶつかっていく事は可能でも、自分がそいつから一般人の清高を守れる力なんてあるはずがない。

「お願いですから!私は、もうっ…!」

「大丈夫ですから、咲良さん」

「…!?」

 その声はひどく落ち着いていて、咲良はそれ以上清高に叫びかけることはできなかった。咲良が少し息を整えたのを確認し、清高は話出す。

「…僕達は左近さんの目の黒い内は一般人で居続け、妖事には手出しをしない約束でした。僕達の存在は少しばかり異質で、下手に目立って内外から目を付けられるとだいぶ厄介でしたから。その約束の元に、僕達は左近さんに、この国での生活を許可されていました」

 突然意味のわからないことを話し出した清高に、咲良は混乱する。だが清高は話し続ける。

「そんな約束に縛られた僕は、窮奇の存在に気付けなかった未熟な僕は、行動に出るのが間に合わず、左近さんを助けられなかった」

 清高は苦しそうに言葉を絞り出す。深く呼吸をしながら、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

「左近さんの愛した貴女を、僕が愛した貴女を、僕は絶対に失いたくない」

 今まで黙っていてすみませんでした、そう言って清高は優しく咲良の頭を撫でた。清高にこんな風にしてもらったのは、咲良にとって初めての事だった。

 兄に仕事で無茶をさせたくないと思う一方、仕事をしない原因である貿易商である清高を遠ざけていたことは、咲良自身、はっきりとわかるほどに矛盾した行動だった。清高が来れば兄は仕事をサボるから、その分無茶をしない。清高が来れば屋敷が賑わう。清高を見かけると、それだけで嬉しい気持ちになった。だから心の奥底では、清高の来訪をいつも歓迎していた。それでも咲良は銀家としての仕事は逃れられない義務だという意識から、清高に対する態度を頑なに変えられず、素直になれなかった。それなのに清高はいつだって咲良に笑いかけて、話しかけてくれた。こんな時まで、咲良の心を落ち着かせようとしてくれている。

 清高の体温が、じわっと咲良の中に広がっていく。

「お願いです、逃げて…」

 咲良の目から、新たに涙がつぅっと零れる。自分の側には、まだ自分を大切に思ってくれている人がいる。もうこれ、以上失いたくない。

 咲良はふるふると首を横に振るが、清高は了承しなかった。

「いえ、もう逃げません。いかなる処罰も甘んじて受けましょう。だから、今だけは「妖事には手出ししない」という約束を、破らせてください。僕に貴女を、守らせてください」

 清高は咲良の頭から手を離し、スッとれいの前に歩み出た。何故かれいがその歩みを止めようとすることは無い。それどころか、咲良の腕をスッと引いて、彼女が清高を阻めないようにする。

「れい様!?何を、清高さんが…!」

 咲良は困惑した声をあげるが、血塗れのれいはジッと清高を見つめたまま何も言おうとしない。

「れい、様…?」

 清高の言葉も、れいの行動も理解できない咲良は、慌てて視線だけで清高の背中を追う。ある程度進んでピタリと足を止めた清高は、まだ土煙があがる場所に向けて、「李片」と、その名前を呼んだ。すると土煙の中から、初めて会った時と同じ格好をした、あの、甥っ子だという少年がスッと姿を現した。李片は不敵に笑っている。

「今なら何でも言う事を聞いてやるぞ」

「勿論そのつもりですよ。ただし、我だけは忘れないでくださいね」

 清高は苦笑いをして、スッと目を細めた。そして自分の右目に右手を重ね、フッと息をつめた。

「解呪ノ壱、妖力解放」

 重ねられた清高の右手が青白く光ると同時に、急に新たな妖気が生まれた。咲良がぶるりと身を震わせ、反射的にその元を辿ると、その中心は、李片だった。今まで感じた事のない大きな妖気が、李片からぶわっとあふれ出していた。抑えようのない寒気が咲良を襲う。

 李片は自分で自分の体を抱きながら、ぐっ…と背を丸めていた。その背中はわずかに震えている。

「一体、何…」

 どうして甥っ子だといったあの少年から妖気が溢れているのかも、どうして清高の手が光っているのかも、咲良には理解不可能だった。だが清高は次の言葉を紡いでいく。

「解呪ノ弐、人型放棄」

 清高の言葉が終わるかどうかというところで、李片の身体がビクンッとはねた。瞬時に白い髪の毛は逆立ち、身体は膨れ上がり、地を這うような咆哮が上げられた。ビリビリと空気を震わす叫びに、咲良は茫然としてその変化を眺め続ける。

 李片はみるみる内に人間の姿を捨てていく。わずか数十秒の間に、そこには、頭が雀に似て角があり、胴体は鹿に似ていて豹文があり、尾は蛇に似た立派な妖が現れた。もうどこにも少年の影は残っていない。最後にもう一つ咆哮をあげて、妖はぐるりとこちらを見遣った。その場にいる人間全てを一瞬にして消してしまえそうな殺気と妖気に、咲良は勿論、絡繰部隊の人間も息を詰めた。

「解呪ノ参、戦闘許可」

 清高の言葉に返事をするように、その妖は天に向けて、今までで一番大きく咆哮をあげた。そして少し離れた場所でこちらを窺っていた窮奇に向けて、飛ぶように駆け抜けた。

「良い子だ飛廉。僕の大事な人達を、守れ」



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