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メトロジェイルの歌姫  作者: 羽月楓


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【第27話】世界の終わり

 地球が軋んでいる。

 

 自転の速度がみるみると減速し、星そのものが、失われた均衡を取り戻そうと呼吸を荒らげているようだった。

 

 最初に裂けたのは、極地方の空だった。

 奈落の空を覆っていた海の膜が、丸く亀裂を描き、崩れ、巨大な海流を巻き上げた。


 続いて赤道上では、(えぐ)られた大地に向かって、幾千もの滝が龍神のごとく舞い上がっていった。

 

「ジャイロが不自然だ。気持ちわりい……。ミナトくん、このままだと大津波が地球全体を呑み込んじゃうよ!」


 ソラがホバーバイクで地獄絵図を翔け抜ける。その先を、琥珀を片手に抱き締めたミナトが片腕のペンデュラムを巧みに(あやつ)り翔けていく。

 

「ああ、見ろよ! 天変地異の再演だ! 最高じゃねえか!」

 

 傾いた逆さ世界が、軽くなった重力で彼を浮遊させ加速させた。振り子を撃ち出して電柱から電柱へ、蜘蛛のように傾いた逆さ世界を縫っていく。


 ミナトが叫ぶその腕の中、琥珀は彼の鼓動を聴いていた。


 眼下は底知れぬ奈落。

 飛行機から飛行機へと飛び移るような、命綱のない空中ブランコ。それと変わらないほどの恐怖があるはずなのに、琥珀は耳から伝わる温かい鼓動にふと微笑んでいた。

 

「さあ、急いでアークへ向かおう。身体が軽くなってきたせいで、かなり動きやすい! このまま押上まで行くぞ!」

  

 崩壊は止まらない。

 ひび割れた大地はさらに悲鳴を上げていた。プレートが軋み、地震が連鎖する。


 逆さの街を裂く断層、ねじれる道路、崩れ散っていく高層ビル。


 地殻深くからは、火柱のようなマグマが奈落へ降り注ぐ。その先端は炎の雨となり、まるで無重力の宇宙空間を思わせるように宙を舞い散っていた。


 遠く、富士が黒煙を噴き上げる。空に滲ませ、瞬く間に昼と夜の区別を奪い去った。


 ソラは火山の爆発音を背に、ミナトを目で必死に追いながらホバーバイクを操る。

 突然、大地が膨らみ、瓦礫が波のようにソラに押し寄せた。

 

「危ない!」

 一瞬の判断を強いられたソラ。その身体だけはミナトの叫びと共に引き戻された。

 琥珀の手がしっかりとソラの腕を掴んでいた。

 

 ソラの手を離れたホバーバイクが虚しくも、激しく火花を散らしながら奈落へと墜ちていった。

 

 ミナト、琥珀、ソラ、と命の鎖が空中で繋がる。

 すぐにミナトのペンデュラムに手繰り寄せられ、三人は市街地の陰に降り立った。

  

「さっき助けてもらった借りはコハクが返したぜ! 利子がつく暇もなかったな」

「ハハッ、サンキュー、ミナトくん。……でも、見ろよ……あれ……」

 

「……きゃっ!」

 琥珀の短い叫びの先、地平線の彼方。

 ――海が巨大な壁となって立ち上がっている。


 都市ごと呑み込む程の荒れ狂う水の城壁。


「これ以上はこのまま進めない。二人とも、こっちだ!」


 二人はミナトの身体にしがみついた。

 彼が繰り出したペンデュラムが金属の唸りを上げる。


 重力がほとんど無くなった中、三人の身体は傾いた市街地を弾丸のように駆け抜けた。

 

 浮遊する瓦礫を蹴り、信号機に掴まり方向を変える。ミナトの演舞は瞬く間にクライマックスを迎え、見事、近くの地下鉄出入り口へと着地した。


「ねえ、ガジュ! 見て! 海が迫ってきてるよ!」

『お嬢様、今は楽しんでいる場合ではありません』


「おいおい、ミナトのワクワクが感染しちゃったみたいだな~」

「ハハッ、まだ終わっちゃいないさ。急ごう!」


 三人は慣れた手付きで駅入り口のシャッターを閉めた。その手は震え、顔は希望に満ちていた。


 

 次々と雷鳴が轟く。

 だがそれは電気ではなかった。摩擦し合う大気と落下する海流が生み出す、見たこともないような紫紺の閃光。


 空は裂けた鏡のように光を乱反射し、この世の終末を再び神に魅せた。


 ひとつの閃光が東京タワーを貫く。

 

 その瞬間、爆音がひとつ、ふたつ。革命派が設置していた残りの爆弾が起爆した。


 タワーのふもとから煙が吹き出し、一度ぶら下がったタワーはゆらりゆらり……水中の熟れすぎた果実のように、やがてぷつりと墜ち、宙を舞った。 


 *

  

 巨大な鉄の門が閉まっていく。人類の最後の要。

 しかし、閉じかけたその時、ひと筋の閃光が最後の隙間を突き抜けてきた。


 ミナト達の乗るバイクだ。

 円花(まどか)が叫ぶ。

「間にあったぁぁ!」

 

 その瞬間、それまで機敏な動きをしていた劫火の騎士たちの動きが突然止まった。


 重厚な甲冑が次々と膝を折り、鉄の巨体が床に倒れ伏せる。それらは次々と無重力となった地面を流れていった。

 

 ――ガシャン、ガシャン。

 人々は騎士たちを〝AIを埋め込まれた人間〟と噂していた。


 しかし、砕け散った仮面の隙間から覗いたのは生身の肉体ではなく、冷たい歯車と回路で満たされたただの機械だった。

 

 主を失った従者は使命を全うし、赤い機械屑と化した。

 

 黒鉄の門が完全に閉じられる。

 

 今までにない轟音がアークを羽交い締めにする。

 

 抱き合う群衆、点滅する灯り。


 程なくアークは暗闇となる。

 

 重力が戻る気配の中、ミナトは琥珀を抱きしめ、じっと天井を睨んでいた。

 琥珀はその腕の中で静かに目を閉じた。


 遠くで誰かの笑い声がする。潮騒のように波打ちながら、浮かび上がってくる。


 逆さの光。

 東京タワーから眺めた、反転した東京。

 マシュマロの地下街。


 笑う少年に連れまわされた。

 息の合った一円姉妹に笑わされた。  


 ねえ、ヤマサン。

 わたし、こないだの続きがしたいよ。最後、うまく歌えなかったもん。

 

 ねえ、ミナト。

 まだ、終わってないよね。

 わたし、また歌いたいよ。みんなを元気にしたいから。


 わたし、まだ生きたいよ。

 


 ――やがて轟々たる奔流は海溝から吹き出すように全ての方向へと拡がり、世界を洗い流していった。


 二週間ののち、山々は剥がれ、都市は呑まれ、火山の息が止んだ。


 世界が終わり、

 

 そして、

 

 生まれようとしていた。



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