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メトロジェイルの歌姫  作者: 羽月楓


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【第20話】反逆の歌姫、決戦の日

 決戦の日。

 

 ミナトは背中のケースを静かに降ろし、大事に布に包まれた一本のギターを取り出した。


 その不意打ちに、琥珀の表情が一瞬固まる。

 だが、すぐにその瞳はノスタルジックな色を帯び始めた。

 

 母のガットギター。長く誰の手にも触れられていなかったはずなのに、そのボディは不思議なほど温もりを宿していた。

 

『どうやって、これを? 〝目〟は来てないのに……』

 

「俺はモグラだぜ? 時には地上にも顔を出すさ。叩かれない程度にな」 

 ミナトは片目を閉じて見せる。

 

 彼は以前から、特殊な装備を使い、劫火の騎士たちの監視網を潜り抜けて地上と地下で食糧や物資の取引をしていた。

 

「俺たち革命派は、風の中を走るのが得意なんだ」

 その声には、確信と誇りが滲んでいた。

 

 ギターを背負い、ミナトのバイクに跨がる琥珀。笑顔で額を押しあてる。

 そして走り出すと、いつもよりも強く、その背中を抱き締めた。

 

 *

 

 作戦、開始。 

 A班のミナトと琥珀は、メトロから地下道を抜け、逆さにそびえる東京タワーの地下フロアへと潜入していた。


 二人はエレベーターの貼り紙に気付く。

 〝こっち〟

 

 敵に見られたらどうする気だとミナトは急いでそれを剥がしたが、余裕を見せつけるソラの顔が浮かび、気がほぐれた。作戦は完璧なのだろう。

 

 二人はエレベーターに乗った。扉が閉まる音がやけに重く響き、不安を煽る。

 モーターが唸りを上げ、ゆっくりと箱は降下した。


 しかし突然、通常の昇降とは違う、身体の芯を裏返されるような浮遊感が二人を襲う。


 スピードが上がる。

 琥珀は力いっぱい手すりを握り締めた。

 

 ミナトの表情は硬い。

 彼は思い詰めたまま、ソラの作戦を思い出していた。

 

(ミナト、琥珀の歌が終わったら、それをリピート再生しておくんだ。そして上に戻るエレベーターに乗って待機しておいてくれ。


 全館放送で聴いている女王はまだ琥珀たちが放送ブースに居ると考え、エレベーターで下に降りていくはずだ。


 この二基の直通エレベーターは節電のため、滑車で釣り合うように改造されてある。

 つまり――すれ違いでA班は脱出するってわけさ)


 ギィイイイイーー!


 グッと重力がかかる。異様な雄叫びを上げるブレーキによって、エレベーターはトップデッキへと到達した。

 

 外では、暴風に締め付けられた鉄骨が軋み、鈍い悲鳴を上げ続けている。

 

 ミナトは放送設備を確認した。電源を入れ、オーディオミキサーが起動する。

 

 一花(いちか)に教わった手順を思い出しながら、チャンネルの確認、全アウトプットのミュートオフ、そして慎重にフェーダーを押しあげた。


 ガジュ丸が飛び出し、勢いで蛇行しながらもピタリと琥珀の前でホバリング、そしてディスプレイに〝マイクON〟が表示される。

  

 ……キィーーーーン。

 軽いハウリングが気分を奮い立たせる。

 舞台は整った。ミナトが親指を立て、琥珀に頷く。

 

 琥珀は深く息を吸う。


 かすれた声で呟いた。

 

『……歌は……(きぼう)……。

 ……わたしにとっても……。

 だから…………歌いたい!』

 

 指が弦をはじく。

 add9(アドナイン)のコードの響きがアルペジオに紡がれ、まるで夜明けのような音の地平線が広がる。


 そして、その中心に居座ったマイクの声は又とない信号(シグナル)となり、嵐を裂きながら塔の頂へと駆け上がっていった。

 

 その反逆の一声が今、


 監獄の都市へと放たれた。


 

『鋭気を奮え 今ぞ謀反の時

 舵を取れ 檻の舟に乗りて――』

 

 

 まっすぐな言葉がケルトの音階に乗って、各地下鉄駅に設置されたスピーカーから溢れだした。


 その歌声(メロディー)が女王の鉄の(かせ)をひとつ、またひとつと砕いていく。


 それはまさに、〝謀反の時〟。

 市民たちの心の奥の奥に潜ませていた大それた野心を、目覚めさせていく瞬間だった。

 

 待ち構えていた革命派がメトロジェイルへ侵入。地下鉄の壁に、スプレーで「黒字に白線円」の狼煙を上げていった。


 さらに、作業の手を止める若者、振り返る女性。暗い瞳をゆっくりと上げる少女、手を伸ばす車いすの少年、薄暗い市場で耳を澄ます老人。


 ――この時、誰もがこの瞬間を待っていた。

 

 信頼できる者から信頼できる者へ、ミナト達の作戦はここ数時間で全市民に伝達されていたのだ。


 各駅の構内から次々と雄叫びが上がり、隠し持っていた武器が劫火の騎士たちへと向けられた。


 *

  

 やがて琥珀の最後のストロークが響き、放送が終わる。

 

 ある一室の玉座に、身を沈めスピーカーをじっと見据える女がいた。

 レギーナ。


 遠くで響く鐘の音のように、その唇は冷ややかな一声を落とした。

 

「……残念だよ、歌姫」

 

 余韻が室内に染み渡る。

 レギーナはゆっくりと立ち上がった。


 空気の色が一変する。

 劫火の騎士たちが無音で整列し、剣を掲げた。


 彼女は裾を翻し、扉に向かって静かに歩きだした。

 

「タワーから逃がすな」


 

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