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メトロジェイルの歌姫  作者: 羽月楓


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【第13話】琥珀を見つけた日

 深夜の逆さビル群。

 その闇の中を、無骨なペンデュラムで振り子のように弧を画きながら進む影があった。

 

 その巨躯の男はヤマサン。

 彼がミナトと別行動を取り、単独で向かっていたのは、かつて〝スカイツリー〟と呼ばれた巨塔の残骸の近く、廃墟と化した商業施設の一角だった。


 手にはミナトから受け取った地図の切れ端を持っている。

 切れ端の片隅には、例の宝石店の場所が赤い印で記されていた。

 

「ほんまに……こんなとこに、まだ残っとるんか。……いや、残っとるはずや、ミナトを信じい」

 

 己を鼓舞するように呟く。

 ヨホウシの情報によれば、〝目〟は北から南へゆっくりと進行中とのことだ。


 ヤマサンは立ち止まり、双眼鏡で地平線の色と風の流れを読んだ。日の出なし、無風。ミナトが言っていたリミットは〝30分〟。


 目的地までは近いが、往復を考えるとギリギリの時間かも知れない。

 彼は次の鉤爪を隣のビルに投げつけた。

 

 しかし、そのわずか五分後。

 世界は彼を裏切った。


 突如走った風のざわめき。高層ビルの骨組みが軋み、錆びた看板が悲鳴を上げて揺れ始めた。

 

「……なんでや、早すぎるやろ!」

 

 予想よりも早く、〝目〟が終わろうとしている。

 暴風が、逆さ吊りの街路樹を揺さぶり、歩道の瓦礫を吹き飛ばした。

 

「せっかく来たんに、帰ってたまるかい。いま見つけとかんと作戦に間に合わんねや!」

 

 ヤマサンは暗闇の中、目を凝らして辺りを見回した。すぐ近く、斜め上に商業施設のショーウィンドウを見つける。


 風化したガラスは蜘蛛の巣のようにひび割れ、今にも崩れ落ちそうだ。

 

 彼は足元を見た。

 数センチの縁になっているだけで、少しでも踏み外せば奈落が待っている。落ちないように慎重に伝い歩いた。

 

「堪忍やで!」

〝ガシャーーーンッ〟

 

 ショーウィンドウに届きそうなところまで距離を詰めると、彼はガラスを目掛けて鉤爪を放り投げ、大きな入り口を作った。


 引っかけたワイヤーに巨体をぶら下げ、電動リールに引っ張られながら尖ったガラスの歯で枠どられた口の中へと釣り上げられていく。

 

「マグロの気持ち、分かるわあ~。こりゃピチピチしとうなるで」

 

 そんな事を独りごちりながら、彼は店内奥の階段へと向かった。

 逆さ階段のスペースをなんとかよじ上ると、閑散とした地下街にたどり着いた。


 彼は慣れない手付きで操作パネルを叩く。施設内に電源が入る。非常電源がまだ残っていたようだ。


 通路へ出ると、淡いライトが床に規則的に並んでいた。それをステージに見立て、「ヒヤッホウ」と叫ぶ。夏休み初日の子供のようにはしゃぎ駆け抜けていくヤマサンの声が通路内に響いた。


 横目に映るショーウィンドウには、まだたくさんの品物が残っている。高級バッグにコート、希少なドラッグストアの棚……しかし、これらは彼の目指すものではない。

 

 走る。

 地下街の奥、突き当たりを右へ――。

 

 ついに彼の視線の先に、ダイヤモンドカットのマークが見えた。店先には逆さの漢字〝✕✕宝石店〟。


 彼は、反転して上がり框になってしまった入り口を、ハードル競技のようにヒョイと飛び越え、店内に転がり込む。


 誰も居ないと分かっていながらも、映画の主人公のように気取った顔で、身を屈め、陽を遮るように額に手をあてる。


 目を凝らし、右、左……。

 見つけた。


 天井に張り付く、かつて高級ブランドコーナーだったガラスケース。その中に光る大粒の煌めき。


 彼は鉤爪を投げつけ、勢い良くガラスケースを割った。その残骸がキラキラと店内に降り注ぐ。


 時間がない。藪からに残骸に手を突っ込み、ひとつひとつ、破片を払いのけていく。

 そして、……指先が、冷たい金属の輪に触れた瞬間、その耀きは炳乎として彼の心を射った。


 白金色のリング。中央には、かろうじて無傷の大きなエメラルドが嵌め込まれている。

 

「……おったな」 

 しかしその声は、すでに轟音に育った風にすぐにかき消された。


 足元のひび割れた地面からは幾つかの細い光が差し込んでいる。いつの間にか夜が明けていたようだ。

 

 次の瞬間、建物全体が大きく揺れた。

 外で暴風が再び唸りを上げ、遠くでは窓ガラスが一斉に砕け散る音がした。

 

「アカン、時間切れや!」

 

 地面が崩れそうになる。

 彼はリングをペンデュラムの奥に咬ませ、大事に抱えると、急いで走り出した。


 *


 ヤマサンが宝石店に行く一方で、ミナトはバイクのエンジン音を響かせながら旧・御茶ノ水駅へと急いでいた。目的は、琥珀が大切にしていたギターを探し出すこと。


 床のライトをうまく躱しながら、うねるトンネルを進んでいく。彼はあの日の事を思い出していた。

 

 ――――コハクを見つけた日。

 あの日の光景は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

 その日、〝目〟のサイレンが鳴り響いたあと、偶然、女王一行が神保町方面へ向かっているのを目にした。女王が直々に地上で探索することは滅多にない。俺は後をつけた。

 

 逆さビルのベランダからベランダへ。

 御茶ノ水から神保町方面へ。

 ひたすら追いかけ、ついに女王が入っていったのは、ある豪奢な邸宅だった。


 近くまで行くと、重厚な玄関が堂々と開いている。まるで、俺を招き入れるように。

 

 俺が入ると、案の定そこには女王が待ち構えていた。

 

「ここで何をしている、モグラ」 

「俺はモグラ兼ハンターさ。珍しい人を見かけたから着いてきたんだよ」

 

「正直だな。まあいい。縄張りに入ってしまったのなら謝ろう。少しだけ探し物をさせてくれ」

 

 女王は素っ気ない表情で(きびす)を返し、何やら劫火の騎士たちへ指先で命を下していた。

 

 反転した一階フロア。俺は女王たちの様子を窺いながら、絵画の並ぶ吹き抜けの玄関を飛び越えた。


 大きな象牙の椅子が転がるリビングへと降り立つ。中央には崩れたシャンデリアが首を折って座りこんでいる。


 視線で壁を辿ると、地震でズレてしまったのか、不自然な本棚の傾きを見つけた。

 それは隠し扉だった。

 

 俺は中に入り、反転した階段の手すりをうまく使いながら地下フロアまで昇った。

 扉を抜けると、ひんやりと澄んだ空気が通う広大なホールへと出た。


 そこで俺は、そのまま時を忘れてしまいそうになるほどの神秘的な景を目にする。

 

「マジかよ……」

 ホールの中央には、二階建て程の高さのある巨大な球体が上下所狭しと嵌め込まれていた。


 それは天井と床への接点を、皿のような台座で支えているように見えたが、近くでよく見ると接点はなく宙に浮いていた。


 球体の表面は黒曜石のような光沢を放ちながら、かすかに脈打つ緑の光の線をまとっている。まるで巨人の心臓を思わせる未来的なデザインだ。

 

 一部に強化ガラスのような窓部分があり、中を覗くと、その静止の世界にひとりの少女が横たわっているのを見つけた。


 それが〝コハク〟だった。

 

 不思議な事に、その時俺はコハクが〝死んでいる〟とは思わなかった。

 脈打つ球体そのものが彼女の命を錯覚させていたのかも知れない。

  

 俺が覗き込んでいると遅れて女王が来た。

 俺が、「あんたが探していたのは、これか?」と訊くと女王は何も答えなかったが、その表情は威厳に似合わずたじろいでいた。

 

 女王が何やら操作をすると入り口は解錠され、()()()()()()()()()()へ俺は入った。


 そこには黒いドレスのコハクが血の気を失い横たわっていた。

 脈はあるが呼吸は浅い。


 すぐに医療キットを広げたかったが、〝目〟のタイムリミットは迫っていた。その時背後から、「あとはお前に任せてもいいか」と、女王の声がした。


 俺は片手を挙げて頷いた。

 

 *

 

「残っててくれよ」

 ミナトはスロットルを握り直し、スピードを上げる。暗い地下鉄トンネル内を二ツ目のライトが駆け抜けていく。

 

 ミナトの胸ポケットの通信端末が震えた。ソラの声だ。

 

『ミナト、これは……いつもの〝目〟じゃない。サイズが小さいし、速度が異常に速いんだ』

「どういうことだ……?」

 

 嫌な予感が走る。ヤマサンの顔が脳裏を過る。

 ミナトは反射的にブレーキを強く握った。キィィィィィと、乾いた金属音だけがトンネル内を走り回る。

 

「ソラ! ヤマサンが押上(おしあげ)に独りでいる!」

『なに! まずいよ! 〝目〟はもう押上をとっくに通りすぎてる!』

 

 ミナトは迷いなくバイクを急旋回させた。そしてすぐにヤマサンへの連絡を試みた。

 〝ザーー〟と耳障りなノイズだけが返ってくる。

 

 通信圏外か、それとも……。ミナトは奥歯を噛み、スロットルを限界までひねった。


 ミナトの目の脇で、トンネルのサイドライトが後方へとどんどん流れていく。

 風切り音が周りの音をかき消していき、スッと静寂が訪れた。

 

「こちらミナト! 聴こえるか! ()()()()()()()、地上にメトロジェイル市民が一人取り残された可能性が高い、直ちに救助に向かってくれ! 場所は――」



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