闇の塊 2
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富士演習場への帰還から一時間後、竹美とりんごちゃんは迷彩服に着替え、練習試合用のバトルフィールドへと足を運んだ。そこは昨日、山本陸尉たちと撃ち合った、広い林の中だった。いよいよバディ戦が開始されるのだ。
「では、これから最終試験を行う。各自、準備はいいな?」
進行役の教官が問う。林には、竹美とりんごちゃん、竹美が昨日ちょっと言葉を交わした謎の双子と、金髪をした男女のバディの姿があった。
赤毛の双子がどの勢力の駒なのかは分からない。金髪の二人組についても、きっと悪い勢力の後押しがあるに違いない。と、竹美は思考を巡らせる。だが、ゲームで勝敗を決めるにしては少し様子が変だ。赤毛の双子も、金髪をした二人組も、やけに殺気だった眼をしている。
「明らかに日本人じゃない人が混ざってますけど。アリなんですか?」
竹美は赤毛の双子と金髪の二人組に視線をやって、疑問を口にする。
「ま、書類上は全員日本人ってことになってるからな。信用できる資料かどうかはさておき、君は戦って勝つしかない。ぶっちゃけると、外国から面倒な圧力があってこうなってるんだが、少しだけ、ルールについても変更になった」
「え? 何が変わったんですか?」
「ゲームの監視については、我々自衛隊だけでは不服だとさ。不正が行われないように、バトルフィールドの隅々まで、他所の連中がくまなくチェックを入れてくれたよ」
教官が、不機嫌そうに赤毛の双子に視線を滑らせる。竹美にも察しがついた。それはつまり、赤毛、金髪のチームが日本人ではないと言っているに等しい。おそらく赤毛はアメリカの勢力、金髪はユーロチームといったところだろう。当の赤毛の双子は教官の嫌味を意に介さず、ヒソヒソと、なにやら耳打ちし合っている。竹美には全部聞こえてはいたのだが、英語だったので会話の内容については解らなかった。
やがて、試験の説明が始まった。
一、試験はフラグ戦形式で行われる。基本的には模擬銃の打ち合いによって勝敗が決まるが、バトルフィールドの中心にはブザーが置かれており、ブザーを押したチームは問答無用で勝ちが確定する。
二、対戦形式は、三つのチームによるバトルロイヤル。一度でも撃たれた者はアウト。死亡扱いになり、バトルフィールドから退場する。つまり、敵を全滅させても勝ちとなる。
注意事項として、いくつものセンサーとドローンがゲームを監視しているから、ゾンビ行為は不可能だとのとこだ。ちなみに、ゾンビ行為とは、撃たれても申告せず、弾が当たってないふりをする反則行為である。
バトルロイヤル──。
竹美の中に薄く不安が擡げる。やった事がないルールでの戦いだ。どう試合を運んだらいいのかわからない。そんな竹美に、りんごちゃんが微笑みかける。何やら、作戦があるらしい。
「では、くじ引きでスタート位置を決める、各チーム、代表者を──」
「そのくじ引き、ちょっと待った」
何者かが、教官の声を遮った。士官らしき、軍服の外国人だった。米軍の兵士と思しき連中もぞろぞろとやって来て、教官を取り囲む。
「このくじ引き、公平性が疑われるので、我々の管理下で行います」
金髪の若い米軍士官が、流暢な日本語で言う。教官は眉を吊り上げて「ふざけるな!」と踏み出すが、途端に米兵に阻まれて睨み合いとなる。そこに、練習場で訓練していた自衛官たちがぞろぞろやって来る。不穏な空気を察知して、様子を見に来たのだろう。こうして、自衛隊と米軍兵士たちは睨み合いとなり、一触即発の空気が場を満たす。
「我々は、日本政府から承諾を得ています。確認を」
米軍士官の一人が書類をちらつかせる。教官は「こんな物信用できるか!」と、怒声を上げて撥ねつける。竹美は緊張にやられ、軽く吐き気を催して後ずさる。
「はい、双方そこまで。その書類、見せてくれる?」
聴き覚えのある声がかかる。山本陸尉だった。山本陸尉は書類に目を通すと、パチリと手を合わせ、気まずそうな表情を竹美に向ける。どうやら、何か不利な条件を呑まされたらしい。
★
「では、五分後に開始のブザーを鳴らす。各チーム、スタート位置に点いて」
教官が告げる。くじ引きに従って、それぞれのチームがスタート位置へと向かう。バトルフィールドの広さは約二◯◯メートル四方程であり、その隅っこの三箇所に、各チームのスタート位置が設定されている。
道中、りんごちゃんは少し思いつめたような面持ちをしていた。
「今回、私達はなんとしても勝たねばなりません」
なんて、りんごちゃんらしくない台詞を口にする。
「りんごちゃんも真剣なんだね。うん、頑張ろう。負けたくないもんね」
「はい。ですがそれだけではなく、今日、集まった他の二チームは、いずれも裏の世界政府が送り込んだ工作員だと思われるので」
「世界政府? ああ、影の政府とか軍産複合体とか、そういうやつ?」
「はい。正確にはもっと上の勢力ですが、その認識で構いません。もしも私達が負けて彼らの入学を許せば、悪い人たちにカウンセラーシティの情報が筒抜けになってしまいます。そうなったら、何が起こるか分かりません」
「関係ないよ。勝つだけだし」
竹美は強気に言ってウインクをする。りんごちゃんもやっと微笑を浮かべた。
「あ。これ持っておいて」
念の為、竹美は日本刀のミニチュア(マジックアイテム)をりんごちゃんに手渡した。りんごちゃんが怪訝な顔で受け取ると、たちまち、ミニチュアの刀が膨張し、全長八〇センチ程の刀へと変化した。
「やっぱり。りんごちゃんは超能力を使えるって言ってたから、もしかしてって思ったんだけど、魔力? があったんっだね」
「はあ。でも、凶器はちょっと」
「持っておくだけだよ。何があるか分からないんだから、念のためにね」
竹美に押し切られる形で、りんごちゃんは渋々刀を小型化し、ポケットへとしまう。
いよいよ各チームが配置に点き、模擬銃の安全装置を外す。それぞれが、今か今かと開始の合図を待ちわびて否応なく緊張が高まってゆく。
やがて、ファー! と、開始のブザーが鳴り響いた。
弾けるようにして、竹美とりんごちゃんは駆け出した。竹美は、脱兎の如くというレベルを超える速さで木々の合間を進む。彼女には人間離れした走力があるのだが、りんごちゃんもかなり身軽であり、竹美の後ろ姿を見失わない程度には追走している。
作戦はシンプルだった。
まず、バトルロイヤルとはいう物の、このゲームの本質はフラグ戦である。バトルフィールドの中心に置かれたブザーをいち早く見つけ、先に押しさえすれば、問答無用で勝てるのだ。一方で、一度でも撃たれた者はアウト。即、退場しなければならない。二人とも撃たれたらチームの敗北が決定する。実戦経験に乏しく訓練期間も短い竹美達は、撃ち合いになったら不利だ。りんごちゃんに至っては空気銃を携帯すらしていない。だとしたら勝算は一つしかない。誰よりも先にブザーに辿り着き、ゲームを抜ける──。
それが、りんごちゃんの作戦だった。
走って走って、竹美は視界にドラム缶を捉えた。ドラム缶の上にはブザーが置かれている。作戦はほぼ成功だ。普通の人間であれば、まだバトルフィールドの半分も進んではいないだろう。
勝った!
半ば確信して、竹美はブザーへと手を伸ばす。だが──。
パッと、眼前で火花が散る。
竹美は人間を超える反応速度で、転げるようにして地面へと身を伏せた。火花は尚も光る。竹美は大慌てで地面を転がって、近くの大木の陰に身を潜めた。その木にバチバチと何かが当たり、木片が爆ぜ飛んでゆく。
何が、どうして……!
竹美は混乱しながらも考えを整理して、状況を理解してゆく。
まず、木に当たっている物は、音と威力からして紛れもなく実弾だ。当たれば怪我じゃすまない。模擬銃程度の音しかしないのは、きっと消音機を使っているからだろう。敵は監視員の眼を盗んで実銃を持ち込んだのか。次に、この待ち伏せについては説明がつかない。いくら身体能力が優れていても、竹美より足が速い者がいるとは考えられない。だとしたら、超能力か何かで先手を取ったのか?
あり得ない。
敵チームに異世界帰りはいない。仮に超能力者がいたとしても、せいぜいスプーンを曲げたり霊視能力があったり直感が優れている、という程度だろう。この世界における超能力はそういう物だからだ。つまり、ルールを破ったのか。もしも敵がルールを破ってスタート位置につかず、最初からブザー付近で待ち伏せしていたとするならば……全部説明がつく。この推理が正しければ、上空で飛び回っているドローンに敵チームの違反をアピールしても意味がないだろう。ドローンでゲームを監視しているのは、敵勢力の監視員なのだから。連中は、『バトルフィールドをくまなく調査した』とも言っていた。調査というのがズルをする為の口実なら、監視員達はバトルフィールドに何か仕掛けを施したに違いない。例えば、現在敵が射ちまくっている銃火器や弾薬を隠しておいたり、罠を設置したり。何もかも最初から仕組まれていたのか。それだけじゃない。敵は竹美よりもブザーに近い位置に潜伏している。それなのにブザーを押す気配がない。だとしたら、敵の目的はゲームに勝つことじゃない。その上、警告なしで実銃を発砲した。明らかに殺害を目的としている。もしそうならば、りんごちゃんが危ない!
竹美は直感して耳を澄ます。だが、近くにりんごちゃんの気配はなかった。
いつの間にか、銃撃は収まっていた。敵の気配が消えている。
竹美の頬を冷汗が伝う。
不気味な静けさに殺気が混じり、森に充満している。否な予感しかしなかった。竹美は大きな木の根本に釘付けにされており、身動きできない。武器もおもちゃの空気銃しか装備していない。敵の狙いが竹美とりんごちゃんの殺害ならば、竹美が空気銃で撃ったとしても「ヒット、撃たれました」と宣言して素直に負けを認める、なんてことは絶対にない。それどころか、敵は木陰を伝い、もう竹美を撃てる地点まで回り込んでいるかもしれない。じっとしていたらやられる。
竹美は、状況を理解して腹を括る。
動け、動け、動け。と、ぎゅっと拳を握りしめ、全力でジグザグに駆け出した。賭けだった。でも、今の竹美はとても足が速い。座して死を待つよりはマシだろう。
バス、バスと、慌てたように銃声が鳴る。竹美の予想通り、さっき竹美が潜んでいた木のすぐ側からから銃撃があった。
やっぱり。あのまま木陰に潜んでいたら撃たれていた。それよりも、りんごちゃんを助けなきゃ!
竹美は思考を巡らしながら匂いを辿る。薄く石鹸の香りが混じるりんごちゃんの残り香は、竹美の背後へと続いていた。竹美の背中を狙う銃口の、そのまた後ろに……。だとしたら!
竹美はりんごちゃんの狙いを察して、再び、近くの木の陰に身を潜める。
「どうして。反則よ!」
竹美は敵の気配に向けて叫ぶ。
「だから? 面倒くさいから逃げ回らないでくれへん?」
声が返って来た。訛りから、敵は赤毛の双子の内、どちらかだと察せられた。
「貴女、それは実銃でしょ? 人殺しをなんとも思わないの?」
「思わへん。命乞いとか面倒臭いから、早く死んでくれる?」
気怠げに言い、赤毛の少女が徐に立ち上がる。彼女は、躊躇なく追撃の弾丸を放つ。途端に木の幹が爆ぜ、枝がへし折れて木片が飛散する。竹美は、きゃあ! と声を上げ、頭を抱えて縮こまる。なす術のない竹美の気配に、赤毛の少女がクスクス嗤う。残酷な細い指が素早く弾倉を入れ替えて、再び、木に弾丸を打ち込み続ける。竹美は遂に、わー、わー、と悲鳴を上げた。
「つまらへん。こんな雑魚を仕留める為に、上はDEWまで持ち出したのに。使いどころなかったやん」
と、赤毛の少女は足音を忍ばせながら、竹美が潜む木の側面へと回り込んでゆく。殺意を孕む瞳の先で、迷彩服姿の華奢な影が振り向いた、竹美と目が合った。赤毛の少女の口元が歪み、嗜虐的な微笑が浮かぶ。止めとばかり、引き金に指がかかる、が──、次の瞬間、赤毛の背後の植え込みから白い陰が飛び出した。りんごちゃんはたちまち距離を詰め、赤毛の少女の腕を捻り上げながら投げ飛ばす! 赤毛の少女は強かに地面に叩きつけられて、苦悶の声を上げる。
竹美はもう、走り出していた。
「こいつ、いつの間に!」
赤毛の少女が吐き捨てるのと同時、竹美が腕を踏みつけて制圧する。その隙に、りんごちゃんが小機関銃を奪い取り、素早く弾倉を外して分解してゆく。
「クソが。何すんねん」
「こうするの!」
竹美は馬乗りになってビンタを叩き込む。少々手加減はしたものの、赤毛の少女の前歯が抜けてすっ飛んでいった。その一撃で、赤毛の少女は半分白目を剥いて戦意を喪失する。
「あ、やり過ぎたかも」
自分の怪力に怖気づく竹美を他所に、りんごちゃんは赤毛の少女の腕を極めて「えい」と、へし折った。全く、迷いのない動きだった。
「え? 折ったの? なんで?」
「活法です。どちらにも死者を出さずに場を収めるには、これが最善だと判断しました。兎に角、竹美さんが注意を引いてくれて助かりました。演技がお上手ですね」
りんごちゃんは飄々と言い放ちながら、赤毛の少女の脚にも関節技を仕掛け、へし折った。
やがて、竹美は空気銃のスリングベルトを外し、ロープ代わりに赤毛の少女を縛り上げた。じわりと、赤毛の少女が意識を取り戻す。骨折の痛みの為か、苦悶の声を発して顔を歪めている。だが、すぐに開放してやる訳にはいかない。竹美とりんごちゃんは赤毛の少女を引きずって、背の高い草むらへと放り込んだ。
その直後、遠くから女性の叫び声が響き渡った。
「NO! MICHAEL、NO! OH MY GOD!」
まるで命乞いをするような声と交錯するように、消音機を使った銃声が鳴り響く。女性の悲鳴が上がり、森を静寂が満たす。ほぼ間違いなく、誰かが撃たれたのだろう。
竹美とりんごちゃんは厳しい表情を浮かべ、顔を見合わせる。
「どうやら、この双子の片割れが、金髪チームを二人ともを撃ったようですね」
「そんな。じゃあ、あの金髪の二人は死んじゃったのかな? 助けなきゃ」
「……ええ。そうですね」
りんごちゃんが、ふわりとした微笑を浮かべる。彼女はおもむろに手を伸ばし、竹美の頭を撫でた。
「え。何?」
「いえ。私が提案するまでもなく、迷わず助けようとするのですね。でも、竹美さんなら、そう言ってくれる気がして。貴女と同じチームで良かったです」
「そ、そう?」
「ですが、敵は赤毛の片割れで、恐らく本物のマシンガンを持っています。助けるにしても作戦がなければやられてしまいますよ」
「なら、簡単だよ。ブザーを鳴らせば山本陸尉たちが来てくれる」
と、竹美は近くのドラム缶へと駆け寄って、迷わずブザーを押す……が、ブザーは鳴らなかった。何度ボタンを押しても鳴らない。破壊されていたのだ。
「そこの赤毛の娘の仕業でしょうね。どうします?」
「それなら、私に考えがある。協力してくれる?」
「それは構いませんが、どうするのです?」
「私が囮になって赤毛の娘を引きつける。頑張って時間を稼ぐから、その隙に、りんごちゃんが金髪チームの子を助けて、山本さんを呼んでほしい」
「ですが、それは流石に危険すぎるのでは?」
「大丈夫。今の私には人間以上の力がある。足だって、りんごちゃんよりずっと速かったでしょ。多分、これ以上のプランなんてないよ」
言い切って、竹美は真剣な顔を向ける。りんごちゃんは少々逡巡する様子を浮かべたものの、真剣な視線を返し、小さく頷いた。




