猫、黒電話
昏い部屋、生温い空気、澱んだ匂い、いかにも"らしい"雰囲気を切り裂くかのように時代錯誤の黒電話が泣き叫び、やがて独りでに喋り始める。
「──そ ──に ── くもつ ── そ──まって──いくから」
意味のわからない短文単語の連続を言い連ねて電話の主は独り言を打ち切った。聞こえてくるのはノイズ音のみ。静寂よりはマシなのだろうか。
「くそっ、なんなんだよこれ……」
状況を整理しよう。
現在地は友人宅のマンション、彼の自慢していた最上階となる19階の角部屋。地上からの高さはおおよそ60メートル程度。そして自分の傍にはその友人のものとみられる死体。外傷などは特に見られず、ソファに横たわってこっちの気も知らずに膨れている。2日くらい寝ていたのだろう。
自分の携帯電話が外部に繋がらないことは確認済み、あの気色悪い黒電話に触れる気はとてもじゃないが起きてこない。つまり警察に助けを求めることは不可能だと思った方がいい。
「── い ──ゴkaiにゐるよよよ まっteテ」
自分以外の声、驚いて飛び上がるも黒電話からのものと気付くのに少し時間を要した。
どうやらノイズが少し意味を孕んだ言葉を紡いだらしい。
「5階……? まさかこっちに来てんのか」
早く逃げなければ。 ……どうやって? エレベーターはどう考えても"アレ"に見つかる、追いつかれる。ならば階段か? いや、アレの言い方的にヤツも階段を使っているのではないか? ならば意を決してベランダから飛び降りる……? それじゃあただの投身自殺になるだけだ。そうしたら明日の地方紙の三面辺りの記事のタイトルはこんな感じになるのだろう、「容疑者、空へ飛ぶ」猫じゃあるまいしそんな高さから落ちて人が死なないとは思えない。
……そうだ! ベランダだ。たしか防火で下の階に降りられる非常口みたいなのがマンションのベランダには基本的についているはず! それを使えば!
そう意を決してベランダへのガラス戸を開けようとして、突然自分の携帯電話が鳴った。
「貴方、この状況から助かりたくありませんか?」




