因縁
その8
ジーフ「いったいなんなんだよ、ここは」
樹海でティラノレックスに襲われたジーフは岩の陰に隠れてなんとかティラノレックスをやり過ごした。
ジーフ「なんのつもりなんだ、レイは」
そのとき、足元の土がモゾッと動き、突然骨の手がジーフの足を掴んだ。
ジーフ「え?」
それを合図に十数匹の骸骨が土から姿を現した。
ジーフ「…ここで死んだら、レイのこと末代まで呪ってやる」
ジーフの命をかけた夏休みが始まる。
メイ「エイクお兄ちゃん、包帯巻いてるのに耳がいいんだね」
王都アンセムの東の森でエイクはソフィとメイと共に散策に来ていた。
エイク「まあね、その気になれば一キロ先の羽音くらいも聞こえるよ」
メイ「ほんと!?。じゃあこれは聞こえる?」
メイはエイクから距離を取って小さな声でなにかを呟いた。
メイ「エイクお兄ちゃん、大好き」
エイク「お兄ちゃんもメイちゃんのこと大好きだよ」
エイクも爽やかな笑顔で返事を返す。
メイ「キャー!!聞こえちゃった!!」
エイク「ほんとメイちゃんは可愛いな…やべ、よだれが…」
エイクは袖でよだれを拭く。
ソフィ「…エイク?」
エイク「冗談冗談」
エイクは笑いながら返事を返す。
エイクは村に来てからわずか3日ですっかり馴染んでしまった。
それどころかメイのハートすらガッチリ掴んでしまった。
メイ「着いたよ。ここがメイの家」
森の中に木造の家が一つだけひっそりと建っていた。
エイク「ここにメイちゃん住んでるの?」
メイ「うん、まだお父さんもお兄ちゃんも帰って来てないから私一人だけだけど…」
エイク「そっか…寂しくない?」
メイ「いまはエイクお兄ちゃんがいるから平気だよ!!」
メイの父親と兄は1、2ヶ月ほど前に遠征に行ったっきり帰って来ないのだとチップから聞いた。
どこかで事故にあって怪我をして動けないのか、それとも…。
エイク「メイちゃんはお父さんたちが帰ってくるまで村で暮らさないの?」
メイ「ううん、ここでお父さんとお兄ちゃんの帰りを待つの」
エイク「ほんまこの子は天使や…」
ソフィ「エイク、私はこの辺で食料を探してくるから、メイちゃんとそこで待ってて」
エイク「うん、わかった」
ソフィ「あとメイちゃんに手を出したらチップさんに言いつけるから」
エイク「肝に銘じておく」
ソフィはその場を離れた。
メイ「ソフィ姉ちゃんどこに行っちゃったの?」
エイク「食べるもの探しに行っちゃった」
メイ「私たちも探したほうがいい?」
エイク「森の中は危ないから二人でここで待っていよう」
メイ「うん、わかった。…じゃあしばらく二人っきりだね!!」
メイは嬉しそうに問いかける。
エイク「そうだね」
メイ「そうだ、お家の中入る?」
エイク「いいの?。じゃあお邪魔しようかな」
メイは意気揚々と家の扉の前に立ち、開けようとするが、突然なにかに気がついて振り返り、扉の前に立ちふさがる。
メイ「やっぱりダメえ!!」
メイは体を大の字に広げて、エイクの行く手を遮ろうとする。
エイク「急にどうしたの?」
メイ「その…いまお部屋がすごい散らかってるから!!」
明らかになにかを隠しているメイだが、素直にエイクもその言葉を鵜呑みにすることにした。
エイク「そっか、残念だな」
そのとき、エイクはある音を耳にする。
エイク「この音は…」
メイ「エイクお兄ちゃん?」
エイク「メイちゃん、ごめん。ちょっと用事が出来ちゃったからここで留守番してて!!」
エイクは森の中に消えていった。
フードで顔を覆い隠したソフィは人間に囲まれていた。
ソフィ「またあの人間たちか…」
ルクス「手はず通り、5人で囲むんだ!!」
ルクスを含めてベーター班5人はソフィを囲む。
ソフィ「さすがに3度も見逃せないな…」
ソフィの足元から黒い闇が這い出ていた。
ルクス「いまだ!!魔力石を取り出せ!!」
ベーター班5人は黄色に輝く宝石を取り出した。
ルクス「魔封結界、発動!!」
その時、ベーター班5人がもつ黄色の宝石を頂点とした五角形が形成され、黄色の半透明な結界がソフィを包む。
そしてソフィの闇魔法がかき消された。
それどころか、ソフィは体中から魔力が吸い取られて、力が出なくなってしまった。
ソフィ「しまった…」
ソフィはその場にグッタリと倒れこむ。
ルクス「よし!!あとは完全に魔力を吸い切るまで結界を維持するんだ!!」
その時、突然森から黒いフードで顔を隠した人物が現れ、黄色の結界を切り裂いた。
エイク「大丈夫か?ソフィ」
ソフィ「ありがとう、助かった」
再びソフィの足元から黒い闇が這い出る。
ルクス「くそっ…撤退だ!!」
ルクスの声を合図にベーター班の5人はソフィたちに背を向けて走り出す。
ソフィ「逃がすものか!!」
闇がルクスたちに襲いかかる。
エイク「止めるんだ!ソフィ!」
しかし、その闇をエイクは切り裂く。
ソフィ「勘違いしないで、エイク!!。私はあなたのことは信じるけど、人間を信じると決めたわけではない!!」
メイ「どこ行っちゃったの!?エイクお兄ちゃん!!」
その時、メイが森からルクスの目の前に現れた。
メイ「に、人間…」
メイは驚き、恐怖で動けなくなった。
ルクスはそれを見てメイの背後に回り込み、メイの喉元にナイフを突き付けて人質とした。
ルクス「今のうちに逃げるんだ!!」
ルクスがベーター班のメンバーを見ながらそう命令すると、ベーター班の他のメンバーは逃げたした。
ルクスがメイを人質としながら再びソフィたちの方に振り向くと、紫の一筋の光が自分に向かって一直線に飛んできて、左胸を貫いた。
それはエイクの魔具から伸びた紫に光る刃。
エイクの魔具に貫かれたルクスは赤い紋章を左胸に刻まれ、その場に倒れ、気を失った。
エイク「お前を守るためだ。許せよ、ルクス」
メイは恐怖から解放され、思わず泣き出した。
エイク「ごめんね、怖い目に合わせちゃったね」
おそらくメイはこのときエイクを除いて初めて人間と遭遇したのだろう。
その時の恐怖が胸に刻まれてしまっただろう。
エイク「でもお願いだ、メイ。それでも人間を嫌いにならないで…」
エイクはそっとメイを抱き締めた。
エイク「大丈夫、俺が守るから…なにもかも」
ソフィ「………」
エイク、あなたは魔族も、人間も関係なしに優しいんだね。
でも、それはあなたが強いからなせる優しさなの。
だからその優しさを押し付けないで。
いつかその優しさが、メイを傷つけるから…。
ジーフ「ヤバイ…腹減ったな…」
レイの突然の転移結界によってこの場所に飛ばされてから10日経った。
この十日間、ろくな食事にありつけていなかった。
魔獣を狩ろうにもここにいるのはSクラス以上の魔獣だらけだし、木々から木の実を取ろうとしても、そもそもただの木ではなく木に擬態した魔獣であったり…。
ジーフ「ダメだ…もう歩けない…」
ジーフはその場に倒れこんだ。
ジーフ「なんでこんなことを…レイ」
やがて強い睡魔がジーフを襲う。
死へと誘う強烈な睡魔。
薄れゆく意識の中で、最後に脳裏に浮かんだのは…。
ジーフ「リー…ミア」
ジーフは動かなくなった。
そんなジーフの目の前に樹海には不自然な大きな青い扉が現れる。
そしてその扉はゆっくりと開かれ、扉の中から光が溢れ出す。
ライド「…ランクAクエストもそろそろ飽きたな」
ライドは今日もギルドでクエストを眺めていた。
そんなライドの後ろからリーミアが声をかける。
リーミア「最近立て続けにクエストを受けまくってるらしいですね、ライド」
リーミアの言う通り、あのSランククエストが終わってからライドは30件ものクエストを消化していた。
得意のスピードを生かし、多い時で1日で5件のクエストを完遂したこともある。
ライド「まあな、早くランクを上げたいんだ」
リーミア「あまり無茶をしないでくださいね、命は一つしかありませんから」
ライド「ランクAでヘマするほど甘っちょろくないさ」
リーミア「さすがライドたん、と言っておきましょう」
ライド「…これはライドたんって言い出したエイクを締めるべきだな」
リーミア「それはそうと…ジーフを見かけませんでしたか?」
ライド「ジーフ?。いや、見かけてないぞ」
リーミア「ここ2週間近くずっと行方不明なんです」
ライド「行方不明ね…秘密の特訓でもしてるんじゃないか?」
リーミア「そうだといいんですが…。行方不明と言えば、エイクもそうなんですよ」
ライド「どうせあいつのことだから魔獣とでも戯れてるんだろ」
リーミア「でも10日ほど前にルクスがエイクを見たらしいんですよね。なんでも魔族に殺されそうになったのを助けてもらったとか」
ライド「ふーん…」
リーミア「それと、そのルクスなんですが…」
病院の一室にベット上に死んだ目で座り込む青年がいた。
その静かで無機質な部屋にライドは入る。
ライド「しけた顔してるな、ルクス」
ルクス「ライド君か…珍しい客だな。今日はどうした?僕を笑いに来たのか?」
ルクスの顔はひどくやつれ、目は虚ろで生気を感じなかった。
ライド「見舞いだよ、見舞い」
ライドは持って来た見舞い品をそばに置く。
ルクス「そんなこと言ったって僕には分かる。君は僕を笑いに来たんだ」
ライド「だから見舞いだって…」
ルクス「ランクAの君が僕の見舞い?。そんなわけないだろ?。どうせ力を失って失脚した僕を見下しに来たんだろ!?」
ライド「おい、ルクス…」
ルクス「ほっといてくれよ!!魔力を失った僕にもう価値なんてないんだ!!。ずっと魔導士として生きてきた僕に生きる意味なんてないんだ!!」
ライド「……ルクス、ちょっと歯を食いしばってツラを出せ」
ライドはルクスをグーで思いっきり殴った。
大きな音と共にベットから吹き飛ばされてルクスは地面に転がった。
その音を聞いたのか、人が何人か部屋に集まってきた。
ライド「魔力がないから戦えないだ!?。魔力がないからどうした!?。それでも必死にしがみついて戦ってるやつがいるんだ!?。魔導士としての価値を決めるのは魔力なんかじゃなくて、魔獣や魔族を討ち滅ぼす意志の強さだ!!」
何人かの人物がライドを取り押さえようとする。
ルクス「魔力がない魔導士…そういえばそんなやつもいたな…」
取り押さえられたライドは部屋から追い出される。
部屋をでる直前でルクスが最後に一言言った。
ルクス「だけど無理だ。僕は彼のように立ち上がれないから…」
部屋の扉が閉められ、ルクスの姿が見えなくなった。
ライド「くそが…」
ライドは部屋の前に立ち尽くす。
アニー「ゲボク…」
ライドの元にアニーが来た。
ライド「…アニーか」
アニー「オニイサマね、もう戦えないんだって」
ライド「らしいな」
アニー「左胸のね、赤いモンショウがオニイサマの魔力をフウインしたんだって」
ライド「赤い紋章…」
アニー「この国で一番の解呪魔法の魔導士でもね、オニイサマの病気直せないんだって」
アニーの声がだんだん涙声になる。
アニー「ねぇ、ゲボク。オニイサマの病気治るよね?」
ライド「………」
アニー「だってオニイサマはランクビーのテンサイ魔導士だよ?。病気も治るよね?」
アニーの目からは涙が流れていた。
アニー「だってオニイサマ言ってたんだよ?。いつか世界一の魔導士になるって。オニイサマが嘘つくわけないもん!!」
ライド「アニー…」
アニー「それなのにね、オニイサマ変わっちゃった。前みたいに笑ってくれなくなった」
アニーはライドに顔を埋めて泣いていた。
アニー「この前ね、オニイサマ独り言言ってたの…」
アニー「『死にたい』って」
その日の王都アンセムの東の森には雨が降っていた。
木々の間をすり抜けた雨粒がライドに幾度となく降り注ぐ。
昼間であるのに雨雲に太陽の光を遮られ、あたりは薄暗く、さらには降り注ぐ雨によって視界も悪かった。
雨のせいなのだろう、森には生き物の姿が見られなかった。
静かに雨が降り注ぐ音だけが響く不気味な森にライドはとある討伐クエストを完遂するために来ていた。
ことの発端は今朝、ライドがギルドでいつものようにクエストを眺めていた時から始まった。
いや、本当はもっと前からなのだろう。
ライドは今朝、ギルドである人物に声をかけられたのを思い出した。
メルト「君がライド君かな?。初めまして、ギルド長のメルトです」
その人物はギルドを指揮るギルド長のメルトだ。
ライド「…どうも」
メルト「実は、君にランクSの昇格の話がギルド内で上がっていてね…」
メルトの話では、数々のクエストをクリアしたライドにギルド内でランクSに昇格させようという話が出ていたらしい。
しかし、まだ16歳にも満たないライドにはランクSは早いという反対意見も上がっていた。
結局ギルドではライドにランクSのクエストを受けさせ、クリアしたらランクSに昇格させるということで話はまとまった。
メルト「この3つのクエストの中から決めてくれ」
一つ目はティラノレックスの討伐クエスト。
二つ目は呪いのローブの製作クエスト。
メルト「三つ目は新緑の守護者の討伐クエスト」
ライド「新緑の守護者?」
メルト「最近、東の森に出現した黒いローブに身を覆う者だ。最初はランクBの者がやられたのが始まり。ほら、君のクラスメートのルクス君のことだ。その後、ギルドは他にも何人かのランクAの魔導士を派遣したんだけどね、不思議と死人は出なかったんだけどね、みんな赤い紋章をプレゼントされて魔力を封印された」
ライド「赤い紋章…」
メルト「しかも、そいつは人間の言葉を話す。そいつにやられたやつはみんな最初にこう言われるんだ」
黒いローブの男「これ以上は何人たりとも進ませない、帰れ」
ライドの前に黒いローブで全身を覆った男が立ちはだかる。
ライド「…ルクスが死んだよ、自殺した」
黒いローブの男「………」
ライド「お前に魔力を封印されて、魔導士として生きる道を奪われたことに絶望してな…病院の屋上から飛び降りたらしい」
ライドは淡々と話を続ける。
ライド「べつにあいつとは仲が良かったわけでもないし、どっちかっていうと嫌いだったからどうでも良かった。でもな…」
ライドの脳裏にルクスの葬式の光景が浮かぶ。
そして、棺の前で大粒の涙を流すアニーの姿を思い出す。
ライド「それでも、あいつから未来を奪ったやつが憎いと思った。誰であろうが、許せないと思った!!」
黒いローブの男「………」
ライド「例えそれが親友だとしてもな、エイク!!」
ライドは自分の魔具に魔力を込めて、魔力を爆発に変換する。
爆風に乗ったライドのスピードにギリギリで反応した黒いローブの男は紙一重でライドの攻撃をかわす。
しかし、そのときに頭を覆うフードが取れてしまった。
エイク「さすがライドたん」
姿を現したのはやはりエイクであった。
ライド「エイク、お前は守ろうとしたんだろう。魔族もルクスのことも…」
ライドは再び爆風に乗って軌道を変えてエイクに襲いかかる。
ライド「だがルクスは死んだ!!。魔族も俺が殺す!!」
ライドのスピードに反応できなかったエイクはライドの全力の蹴りをくらって吹き飛ぶ。
エイクの後ろに立っていた何本もの大木を巻き込み、倒して、エイクは数十メートルも吹き飛んだ。
ライド「結局お前は、なにもかも守ろうとしてなにも守れないんだよ」
ライドは大木の上に倒れるエイクの目の前で見下すように言った。
エイク「それでも…足掻くんだよ!!」
エイクは紫に光る刃の魔具を振るう。
しかし、当然のようにライドには当たらない。
そしてライドは再び突進してくる。
エイク「見てかわせないなら、聞いて躱す!!」
エイクは空気が流れる音、筋肉が軋む音、ライドの動きを読み取る全ての音を聞いてライドの動きを予測して躱す。
ライド「動きが良くなったな」
エイク「さっきまでは急にライドたんが現れて動揺してたんだよ」
ライド「そっか、死ね」
ライドは容赦のないスピードで何度もエイクに突進する。
しかし、その全てをエイクは躱す。
ライド「やっかいな特殊魔法だ」
エイクは音を聞いて俺の動きを予想してる。
だったら…もっと速く…。
ライドは全力で魔具に魔力を込める。
音よりも速く!!。
とてつもない爆風に乗ってライドは地をかける。
ライド「音速を…超える」
なにが起きたかを理解する間も無く、エイクは何百メートルも吹き飛ばされて、激しい砂埃と共に岩山にめり込んだ。
ライド「はぁはぁ…」
ライドは息を切らして、砂埃が晴れるのを待っていた。
やがて砂埃が晴れ、エイクが姿を見せる。
ライド「エイク…お前…」
ライドは全身に黒いあざのようなものが描かれたエイクの姿を見た。
ライド「魂まで魔族に売り払ったのか!!」
そう、それはライドも幾度となく目にしたことがある一部の魔族や魔獣のみが扱う魔人化であった。
エイク「ライドがこの姿を見たら怒るだろうからさ、できれば見せたくなかった」
ライドは人間を裏切り、魔族の味方に堕ちてしまったエイクだか、それでもまだどこかで仲間として戻って来てくれることを期待していた。
ライド「八年前、モニカさんの元で共に修行し、競い合い、お互いに成長した日々を覚えているか?」
エイク「そりゃ、もちろん」
ライド「厳しい修行だった。幾度となく血反吐を吐いて、枯れるほど涙を流して…それでも厳しい修行を続けられたのは一人じゃなかったから、お前がいたからだよ、エイク」
エイク「俺もそうさ、ライド」
ライド「いつの日か、お前に背中を預けて、戦う日を迎えることが俺の夢になっていた。でもある日、お前は剣を振るうことをやめた、あのサトとかいうワーウルフに出会ったときからだ」
エイク「………」
ライド「それでも俺は一時期の気の迷いだと思って、一人で先に走り続けた。お前がすぐに追いつくことを信じてな。でもお前はもう二度と走り出すことはなかった!!」
エイク「…悪いな、ライド。これが俺の生きる道だ」
ライド「もう終わりにしよう。お前を殺して、魔族を殺して…俺は一人でどこまでも走り出す」
ライドは全ての魔力を魔具に込める。
森を全て巻き込むほどの爆風がライドの背中を押す。
ライド「エイクウウウゥゥゥ!!!!」
エイク「ライドオオオォォォ!!!!」
二人は衝突し、そして…
悪いな、ライド
エイク「それでも、守りたいものがあるんだ」
戦いに勝利したのはエイクだった。
ライドの動きを見切り、ライドの胸の中央に紫の刃を突き付けた。
ライドの胸元には魔力を封印する赤い紋章がしっかりと刻まれた。
しかし、ライドは倒れなかった。
身体中が力を失う感覚はあったが、それでも足を踏ん張り、倒れることはなかった。
エイク「さすがライド、魔力を失っても倒れないとは…」
魔人化に慣れていなかったエイクは体が動かなかった。
ソフィ「エイク!!」
森の中からソフィの声が聞こえた。
魔族の声を聞いたライドはフラフラとした足取りでその場を去って行った。
エイク「待て…ライド…」
お前にも…俺が見てきたものを見せたかった。
降りしきる雨が足元を滑らせ、ライドの足取りを重くする。
ライド「これが、魔力を失うということか…」
そんなライドの目の前に人間大ほどの赤い毛で角の生えたウサギが現れた。
ライド「グレムリン…」
そう、それはライドがかつて何十匹も同時に相手にしたことのある魔獣、グレムリン。
グレムリンはライドを視認するや否や、襲いかかった。
魔力を失ったライドはその場に倒れることでなんとか初撃をかわした。
ライド「ジーフのやつ、こんな状態で戦ってたのか…」
なすすべがないライドはグレムリンの二撃目をかわすことはできなかった。
グレムリンの鋭い角がライドの体を貫く。
ライド「ぐあ!くそっ…こんな奴に…」
グレムリンは3度目の突進の構えをする。
メイ「待って!!」
森の中からグレムリンを魔語で制止させる声が聞こえた。
薄れゆく意識の中でライドはその姿を見た。
鋭く尖った耳を持った少女の姿を。
ソフィに肩を貸してもらい、エルムの村に帰ってきたエイクをある人物が出迎える。
ジェクト「メディジアを使ったようだな、エイク」
それはかつて城の牢屋で出会った魔語を話す人間のジェクトであった。
ジェクト「言ったはずだぞ、実戦で使うのはまだ早いと」
エイク「相手が強敵で…使わざるを得なかった」
ジェクトは一週間ほど前にこの村に帰って来たのだ。
ジェクトはこの村で育った人間だが、牢屋で見たときとは違って耳が鋭く尖っていた。
ジェクト曰く、自分の変化魔法で耳を鋭くしているらしい。
彼は自分が人間であることを隠し、魔族としてずっと育って来たのだ。
ジェクト「まあ、生きてたんたら問題ねえ。ソフィ、しばらく休ませてやってくれ」
ソフィ「うん、わかった」
エイクはジェクトからメディジア、人間が魔人化と呼ぶ肉体強化魔法を教わったのだ。
ジェクト「あ、そうだ、エイク。今晩、体が動けるようならウチに来い。ちよっと話がある」
エイク「…わかった」
モニカ「リーミア姫、これなんかどうでしょうか?」
王都アンセムの城の一室をズラリと並んだ色とりどりの鮮やかなドレスが埋め尽くす。
そのうちの淡い水色のドレスをモニカはリーミアに差し出した。
リーミア「いったい何着着ればいいんですか?」
モニカ「もちろん全部です!。その全てを私が写真に収めてコレクションにするんです!!」
リーミア「コレクションって…」
モニカ「いえいえ、忘れてください。それよりも早くこれを着てください!私のリーミア姫!」
リーミア「え?私の?」
モニカ「すみません、本音がただ漏れてしまって…」
リーミア「もう、モニカさんは冗談が過ぎるんですから…」
モニカ「しかしですね、16歳の成人の儀は全国民に成長したリーミア姫のお姿を見せる時なのです。ドレスも迷い過ぎるぐらい準備してもいいくらい重要な儀式なのです」
リーミア「ドレスもそうですけど、大切なのは私の王族としての器を如何にして民に見せつけるかです。あまり服選びで時間を割きたくはないのですが…」
モニカ「それでは私が困ります!!。私は国王からリーミア様の服選びを頼まれたのです。適当では私の楽しみ…じゃなかった、私の面子は丸潰れです!!」
リーミア「しかしですね…」
モニカ「いいから黙って服着て私の胸に飛び込んで来いよ、ベイビィィィィ!!!!」
モニカは鼻から大量の血を爆散させながら怒鳴り散らした。
モニカ「失礼、ちょっと貧血気味なので退室させていただきます」
モニカは鼻を押さえながら部屋を後にした。
ルシフェル「いま入っても大丈夫かな?」
それと入れ替わるように国王ルシフェルがドアをノックする。
リーミア「どうぞ、お父様」
ルシフェルは部屋に入り、娘の晴れ姿を目にする。
ルシフェル「やっぱりリーミアはなにを着ても似合うな」
リーミア「もう、お父様ったら…。ところで、どうして私の服選びをモニカさんに任せたんですか?」
ルシフェル「まぁな、モニカが私に決めさせないとクーデター起こすぞとか言われたから…」
リーミア「モニカさんらしいといえばらしいですね」
ルシフェル「それで、服は決まったのか?」
リーミア「モニカさんのオッケーは出てませんが、これに決めました。レースのフリルが可愛いので」
リーミアは今着ていた白のドレスに目線を落とした。
ルシフェル「あれだけ時間があったのにまだ決まっていないのか?」
リーミア「モニカさんが写真ばかり撮るから…」
ルシフェル「ほう、写真を…」
リーミア「でもこれ以上は服には時間を割くことはできません」
ルシフェル「ふむ。リーミアがそれでいいと言うのならいいだろう」
リーミア「それより、ジーフの居場所は分かりましたか?」
ルシフェル「それなんだがな…リーミア。ジーフ君はいま秘密の特訓をしていてな…そのうち帰ってくる。だから心配するな」
リーミア「そうですか…ならいいんですが…」
ルシフェル「そろそろワシは用事があるから失礼するぞ」
ルシフェルは部屋を出て行こうとする。
リーミア「お父様、ジーフがこの姿を見たら可愛いって言ってくれると思いますか?」
リーミアはドレスの裾を持ち上げ、アピールする。
ルシフェル「もちろんだとも。むしろ言わなきゃ王家代々伝わる究極光輝魔法を打ちかます」
リーミア「ふふっ、ありがとうございます、お父様」
ルシフェルは部屋を出てボソリと呟く。
ルシフェル「デイブラック樹海か…」
毛の赤いツノを生やしたウサギがライドに襲いかかる。
避けようとするライドだが、どういうわけか足が動かなかった。
鋭く尖る角がライドの頭をめがけて接近する。
角がライドに刺さるかと思われたその時、ライドは目を覚ます。
見知らぬベットで寝ていたライドの激しく鼓動する心臓がライドに生きている実感を与える。
ライド「夢か…」
待て、どこまでが夢だ?。
俺はエイクに負けて、それで…。
ライドは起き上がろうとしたが、体がまるで動かなかった。
目線を胸元に向けると、そこには赤い紋章がしっかりと刻まれていた。
その時、部屋に耳の鋭く尖った女の子が入って来た。
ライド「…魔族!?」
メイ「リティアノスベルノスアリ?」
魔語でライドに語りかけるが、何を言っているかわからない。
ライド「なんのつもりだ?殺すならとっとと殺せ」
ライドは死ぬ覚悟が出来ていた。
メイ「ノトリホネクト?エムギジボーノ?」
しかし、メイは目ぶり手振りでなんとか意思の疎通をはかろうとする。
ライド「なにを言ってるかは知らないが、お前ら魔族に命乞いなどしない」
メイはどうやら意思の疎通が出来てないと判断して、少し考える素振りを見せてから自分を指差しながらこう言った。
メイ「メイ、メイ」
どうやら自己紹介をしているようだ。
メイは期待した目でライドを見つめる。
ライド「………」
しかしライドは黙ったままだった。
メイはもう一度自分を指差して名乗る。
メイ「メイ!メイ!」
メイはライドに顔を近づけながら何度も名乗った。
ライド「うるせえ!!」
メイは少しキョトンとした後、ニッコリ笑いながらライドを指差して言う。
メイ「ウルセエ!ウルセエ!」
どうやらメイはライドが名乗ったと勘違いしたようだ。
ライド「それは名前じゃねえ!!」
ライドは否定しようにも、メイは嬉しそうに何度もウルセエを連呼していた。
ライド「だから…」
このとき、ライドは修正は不可能であると判断して黙った。
ウルセエ、ウルセエとなんども叫ぶメイの笑顔にライドにはどことなく今は亡き妹の顔を重なって見えた。
エイク「話ってなに?」
エイクはジェクトに問いかける。
ジェクトの家に上がると、そこにはチップとミーロもいた。
ジェクト「まあ、座れよ、エイク」
エイクは素直に椅子に腰掛ける。
ジェクト「エイク、お前は…人間が憎いと思わないか?」
エイク「…なんだよ?いきなり」
ジェクト「友人のサトを殺されて、憎くないか?」
エイク「…確かにサトを殺そうとした。でも、それが誰かのせいだなんて思わない」
ミーロ「じゃああなたは、仲間が死んでも誰も憎まないというの?」
エイク「そのときは…仲間を守れなかった自分と、この世界の不条理が憎いと思う」
ジェクト「そうか…わかった。用事っていうのはそれだけだ、わざわざ足を運ばせて悪かったな」
エイク「?」
エイクはジェクトの家を後にした。
しかし、ジェクトたちの挙動が気になったので、外から少し聞き耳をすることにした。
チップ「やっぱり俺たち3人でやるしかないのか?」
ミーロ「テッカが抜けた穴が大きいわね」
ジェクト「しかし、もう期限は残されていないんだ。やるしかない、人間の姫の誘拐を」