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暗躍

 動かない、そう言った無月にシャルルは暗い表情を浮かべて椅子に座りため息を吐いた。

 さらに無月が去り際に言い残した言葉があった。


―――それと、忘れてないか?


―――この世界に連れてこられたのは俺たちだけじゃないはずだ。


 アルトニア王国、シュタットガルド帝国、ローク皇国。

 この三国によって呼び出された勇者たち、それについてシャルルは考えを巡らす。

 召喚された異世界人は一樹かつきたちだけではない、それを失念していた自分にシャルルの心はさらに沈む。


「シャルル様……」


 そんなシャルルの様子を見かねてラピスが声をかけた。


「……そうよね、責任を感じているなら一樹たちのことだけを考えていてはいけないのよね。異世界人は他にも居る。それに今はもう居ない者たちも」


「しかし、それは過去のこと。シャルル様がどうにか出来たわけではっ」


「いいえ、私は引き継いだのよ。歴代の王から王としての責任と誇り、そして罪を……」


 そして、そこに気づけば自ずと別の問題も見えてくる。


「それに、ミーアたちのこと。勇者をようするシュタットガルドとロークは彼女たちをどう見るか」


「現在、我がアルトニアの勇者は一樹たち五人のみ。我が国の北の防衛はロークの……」


「ええ、これを好機とロークは勇者の一団に紛れて何人か送り込んできている。少なくともロークに知れるのはそう時間がかからないでしょうね。ミーアたちを閉じ込めるなんて出来ないんだから」


 考えること、やらなければならないことは山ほどある。

 シャルルとラピスは揃って深いため息を吐いた。



○●○



 誰しもただ独り、静かに過ごしたい夜もある。

 今のミーアがまさにそうであった、人であった頃とは比較にならない身体能力は容易く城壁、街壁を飛び越える。万象を掴むとされる妖力の特性を応用した無月直伝の気配ではなく存在そのものを認識する技は見回りの兵士を難なくすり抜けた。

 そうしてミーアは無月が狩場としている森、月明かり照らすテグの森で静かに月を見上げていた。


「……はぁ、アヤシってのは厄介なモノだね」


 牛鬼の残忍性、それに尻込みしているミーア。

 無月に言われるまでもない、人であった時の感覚がそれに怯え力を拒絶している。

 だが、同時にそれを歯痒くも感じ、受け入れ御することの出来ない自分に苛立つ。

 リーナ、シア、カイン、妖しとなった身で誰よりも遅れを取っているのは自分であるという事実が焦りを生み踏み込むことの出来ない自分に一層苛立つ。


「情けないねぇ、全てを差し出してまで手に入れた力に怯えるなんて……チッ、今は血の匂いなんて嗅ぎたくはないんだけどね」


 誰に聞かせるつもりのない独白の最中さなか、周囲に張った糸が自身を取り囲むように近づいてくる者たちの存在を伝えてくる。

 服の背中部分を突き破り現れた蜘蛛の足で音もなく飛び上がったミーアは木々に糸を張り足場を造ると気配を殺し周囲を探る。


「……これは、人間?」


 掴んだのは魔物ではなく人間の存在。


(……あたしを狙って?)


 ミーアはつい先程まで自分が立っていた場所を静かに見下ろし何者が現れるかを待つ。


「おい、いねぇぞ」


「どういうことだ、こっちから魔力を感じたんじゃなかったのか」


「まさか、……見誤ったか?」


「そんなわけ無いわよ!王城から此処まで一直線に動いてたし、途中で紛れるような魔力もなかったわ!」


「ねぇ、どうすんだい」


 現れたのは五人組の人間。

 話の内容からミーアをつけてきたようだが装備している物に統一性はなく、そして追跡の最中にしてはその言動は緊張感に欠ける。


(五人?……その道の人間ってわけでもなさそうだが、魔力を追ってきたなら素人ってわけじゃない……冒険者?)


「どうって言ったってなぁ、おいルカ!魔力は動いてねぇのか」


「ええ、まだこの辺りから感じる。動いてはいないよ」


「なら、探すしかねぇだろ」


「はぁ……何でアタシらが」


「イーゴがあんな奴にちょっかい掛けなけりゃ」


「ホントよ、私なんて魔力の識別のために城に忍び込んだのよ。バレたらと思うと生きた心地がしなかったわよ」


「うるせぇ!うるせぇ!てめぇらだって乗り気だったじゃねぇかっ。大体、無色にギルドが目ぇ付けてるなんて普通思わねぇだろうが!」


「……無色どころが化物だったがな、あれは」


(ギルド……無色……狙いはムツキか)


 五人の頭上で会話を聞いていたミーアは大体の事情を察したミーアは眉間に皺を寄せた。


(何故、ムツキを……揉めたとは聞いたけど、それより前からギルドは)


「凍てつく杭はの者を穿ち大地へ縛る」


(――!)


 ミーアは背後から襲い来る無数の氷の杭を体を捻り蜘蛛の足で払うが取りこぼした一本が右の太ももに突き刺さりそのままミーアを地面へ縫い付けた。

 杭はそのまま地面と右足を凍りづけにしてミーアを拘束する。


「ぐっ!」


 突然上から降ってきたミーアに下にいた五人は慌てて武器を構える。そんな五人の背中に投げかけられる冷やかな声。


「まったく、あなた達は本当に冒険者ですか。見られてることに全く気が付かないとは……」


やれやれと言ったていで木の陰から声の主が歩み出る。


「あんた、来てたのかよ」


「当たり前でしょう、上司があなた達を指名した理由は魔力感知に優れているというその一点のみです。全てを任せるわけがないでしょう」


「お前ら、何者だい?」


 五人組のリーダーらしき男と後から現れた男を真っ赤な瞳で睨みつけミーアは声を上げた。


「むしろ、それはこちらの台詞なのですが。まぁ、教えるつもりもないのですが」


 完全に人化が解けてしまったミーアを見下ろしながら小馬鹿にしたような喋り方をする男。


「ふざけるなっ!!!」


 そんな男の態度が癇に障ったのか力任せに拘束を破ろうとするミーア。


「その槍は天を穿つ大地の牙なり」


 拘束を破ろうとしたミーアの両手と左足、そして蜘蛛の足を地面から伸びた数十の槍が貫く。


「ああああっ!!」


「お、おい。やり過ぎじゃないか、これでもしアレの怒りを買ったりでもしたらっ。あんただってアレがやばいってのはわかってるだろ」


「問題ありません。そういった状況も考えた上でこれを賜ったのです。……しかし、これは思わぬ収穫かもしれませんね。王城内に魔物ですか……」


 改めてミーアを見据えながらそんな事を言い出した男。


「はあ……隷属の首輪、ねぇ。魔王の遺物って言ってたが本当なのか?」


「さぁ、どうでしょうね。効果は確かなものでしたが」


 そんなことを言いながらミーアの側にしゃがみ、その首へ首輪を取り付けに掛かる。


「……や、めろ」


 そして付けられた瞬間、ミーアの意思を縛ろうと首輪から魔力が流れ込んできた。

 意識が、自我が揺らぐ。ミーアは腹の底からゾワゾワと何かが這い上がってくるのを感じていた。


ドクン


「ああ、あ、あああああああ」


ドクン


――コロセ


「……いや、だ」


――コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ


「いやっ!いやあああああああああああああああああ!!!!!」


――殺せっ!


「あ」


 そしてミーアは牛鬼のさがに呑まれた。


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