牛鬼
「フフフフフフッフハハハハハハハハハハハアッハハハハハハハハハハ!!!!」
土塊の槍をへし折り、凍りついた右足を砕き、ミーアは首輪を付けるために一番近くにいたギルドの男の脇腹を抉り頭上に張っていった糸へと飛び上がる。
「がはっ」
「ひぃっ」
骨ごと片肺の一部を抉り取られた男は傷口からの多量の出血と吐血で出来た血だまりの中に転がっていた。
突然のことに冒険者の男は短い悲鳴を上げて尻餅とつく、そして頭の上から聞こえる笑い声へゆっくりと視線を向ける。
「フフフッ、クフフフ、ハァァ、アハハハ」
男の視線の先には血で濡れた左手を舐めながらうっとりと目を細め、潤んだ赤い瞳で六人を見下ろすミーアの姿があった。
手足は刺し貫かれ自身の血にまみれ、右足に至っては凍りついた太ももが僅かに残っているだけで突き刺さっていた氷の杭より先は地面に転がっている。満身創痍の身体なれど楽しげな笑い声を上げるミーアの姿に瀕死で血だまりに転がるギルドの男を気にする余裕もなく、冒険者の五人はただ恐怖し震えることしかできなくなっていた。
「アァ、ダメ」
そう呟きミーアはギルドの男に向けて招き寄せるように手を振った。
すると男の身体がミーアの目の前にスウッと浮かび上がる。
よくよく見れば月の明りを反射する数本の細い糸が男の身体に巻き付きミーアの前に吊り上げていた。
「シンデハ、ダメ」
先程までとは打って変わって悲しげな表情を浮かべるミーア。
ドスドスドスッ
男の腹に、胸に、蜘蛛の足が突き刺さる。
「ソンナ、ツマラナイ、シニカタハ、ダメ」
突き刺された蜘蛛の足が一斉に広げられると男の身体はバラバラに引き裂かれ、冒険者たちの頭上へ血の雨と肉片が降り注ぐ。
その光景に満足したのか牙の突き出した口元に手を当てミーアはクスクスと笑いだした。
「ツギハ、ドレニ、シヨウカ」
品定めをする赤い瞳に見つめられ冒険者たちの恐怖心は限界まで膨れ上がった。
「うっ、うわああああああああああああああああああああああ」
「いやああああああああああああああ!!」
「助けてえええええええええ!!」
「い、いやだ!!!死にたくないっ!!!」
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
恐怖に駆られ散り散りに逃げ出した冒険者たちをミーアは愛おしそうに見送る。
「フフッ、イイワ、ニゲテ。ニゲテニゲテニゲテ、ソシテ、コロサセテ」
ふわっと地面に降り立ったミーアは高揚し頬をほんのり紅く染め蕩けそうな表情を浮かべて森の中を歩き出した。
○●○
「……ムツキさん、これは?」
月明かり照らす血濡れの惨状を前に、カインは呆然としながら口を開いた。
周囲には鉄と潮の匂い、木々や地面に内臓や手足が散らばる、無月は顎に手をやりその惨状を見回す。
その中に一つ、他とは異なり凍りづけになった足を見つけた。
近づきよくよく見てみれば裂けた生地の間から褐色の肌が見て取れる。
無月は氷に爪を立て凍りつき地面に張り付いたその足を氷の中から抉り出しカインへ放り投げる。
「カイン」
「えっ!?っと」
「繋がるかわからんが一応持って帰るぞ」
そう言って無月はミーアの存在を探る。
「ムツキさん、ミーアさんは……」
「……生きてる、にしても他に三つか。さてさて」
その時、森の中に女の悲鳴が響き渡った。
「あと二つか。カイン、覚悟はしとけよ。ミーアがこの森にいる間に捉える」
「は、はいっ!」
そして無月は頬を掻きながらボソッと呟いた。
「……こりゃ、呑まれたかな」
○●○
「はぁっはぁっはぁっ!」
兎に角ミーアから逃げたい一心で夜の森を方角も何もなくただ我武者羅に走る女。
冒険者ルカ、彼女の不幸はこの世界で希少とされる『体内の魔力を感知できる能力』を持っていたことだろう。その力さえ無ければギルドに指名されることもなく、こんな森の中を化物から逃げ回ることもなかったのだから。
ただただ前だけを見て必死に走るルカ、恐怖のため極端に視野の狭まった彼女には横から飛び込んでくる影に気づくことが出来なかった。
「!!」
全力での疾走中に横からの衝撃、ルカは盛大に地面を転がることになった。
「つっ!何?」
「ルカ?!ルカなの!!」
「エル?!無事だったのね!」
突然現れた仲間の姿にルカは駆け寄りその肩を掴む。
「ねえっ、皆は――っ」
他の仲間の事を聞こうと喋りかけるが、その手を物凄い力で掴まれルカは苦痛に顔を歪め最後まで言うことが出来なかった。
「ルカっ助けて!!アイツがっ、何も見えないのっ!!!早くっ早く逃げないとっ!!!」
「ちょっ、エルっ!痛いってば!」
錯乱状態で縋り付いてくる仲間の顔を睨みつけるルカだが、次の瞬間にはその目を見開き仲間の顔を凝視する。
「……ね、ねえ。どうしたの?」
月明かりがあるとは言え、お世辞にも見通しの良いとは言えない森の中。
にもかかわらず仲間の瞼は固く閉じられ、その顔は血と痣で酷い有様、ルカの手を握る指も爪が剥がれ血が滲み数本が有り得ない方向に曲がっていた。
「アラ、フフフッ、フエチャッタ」
一人は錯乱し、もう一人は恐怖に固まっているなか、今もっとも聞きたくない声が二人の耳に届く。
「ああ、ああああああっ」
「いやああああっ、ルカっルカっ!早くっ早くっ!!」
声のする方へ軋むように首を回したルカの瞳に映ったのは最早服とは呼べない布切れを血でその身に貼り付け右足の無い身体で地面を滑るように近づいてくるミーアの姿だった。
「いやっエルっ!!離してっ!離してよっ!離せよっクソ!!!!」
「助けてっ!ルカっ、いやっいやあああっ!!!ルカっ!ルカっ!!助けてよっ!!!!」
「アラアラ、ケンカヲシタラ、ダメ」
縋り付くエルを引き剥がそうとするルカに必死にしがみつくエル、その二人を囲うようにして蜘蛛の足が地を踏み頭上からミーアの声が降ってくる。
「ソレニ、アナタハ、アタシノアイテヲスルノ」
両手を伸ばしエルの顔を包み強引に上を向かせ引き寄せたミーアは錯乱し喚き散らすエルの唇に自身の唇を重ねて黙らせた。
「んーっ!んんーっ!!」
「!!」
どうにかミーアの手を振り払おうと腕を振り回し身体を捻るエルだが、その動きは次第に勢いを失っていく。
「……あぁ……あああぁ……エル……」
恐怖に固まり泥やら涙やらグチャグチャになった顔でルカは正面からその光景を見ていることしか出来なかった。
エルの動きが弱まっていくにつれエルの頬や顎、喉の皮膚が赤黒く変色していく。
エルの動きが止まり、時折身体を痙攣させるくらいしか動きを見せなくなってもミーアは重ねた唇を離さなかった。
ドサッ
不意に聞こえた音にルカは視線を地面に向ける。
そして音の正体を認識した瞬間、森中に響き渡るほどの悲鳴を上げることとなった。
「いあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」
「アハハハハッ!アナタ、トッテモ、ヨカッタワァ」
そこにあったのはエルの身体、正確には内臓や肉がグズグズに腐り果てて千切落ちたエルの半身だった。
ようやく唇を解放したミーアは胸より下のないエルの身体を抱き、力なく垂れる頭を楽しそうに撫でる。
「アノ、フタリハ、トテモツマラナカッタノ」
まるで親しい友人に愚痴でも零すように唇を尖らせながらミーアはエルの亡骸に喋り続けた。
「カミノナガイノハ、ホネヲヌイテル、トチュウデ、カッテニ、ノドヲキッテ、シンジャウシ」
逃げるという考えすら浮かばずその場に座り込み、喋り続けるミーアを眺めているルカ。
「ヒゲノホウハ、アシノホネヲ、クダイテ、ナガメテタラ、ゴブリンニ、コロサレチャッタノ」
「……ギース……ザック……」
「ダカラ、アナタハ、トッテモヨカッタワ、サイゴマデ、アタシノ、アイテヲシテクレタンダモノ!」
そう言って満面の笑みを浮かべたミーアはエルを抱きしめその頬にキスをする。
そっとエルを地面に下ろすとミーアはルカに視線を向ける。
「ネェ、ニゲナイノ?」
首を傾げならルカに問いかけるミーアだが、ルカは特に反応を返すこともなくミーアを眺めていた。
「コワレチャッタ?……ソレハソレデ、ツマラナイ」
むーっと頬を膨らませながらルカに顔を寄せるミーア。
「なら」
スウッと二本の猛禽の爪がミーアの額に当てられた。
【寝てろ】
その言葉がミーアの耳に届くとともにミーアは糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
「はぁ……こりゃ戻すのに骨が折れそうだ」
そう言って無月はミーアの右足を抱えるカインに向き直った。
「カイン、あと一人居る。手足を砕いてでも連れてこい、話を聞かないとな」
「はいっ!」
カインは無月が伸ばした手にミーアの右足を預け森の中を走り出した。
「さて、帰るかね。ミーア」
眠りに落ちたミーアの頬を撫でながら無月は、そう声をかけた。




