二
教室の窓から見える空は、真っ青に澄みきっていて、木々の若葉も輝いている。朝練を終えて、窓から顔を出して吸い込むと、早朝の爽やかな匂いがした。
うちの学校は田舎のど真ん中にある。生徒も一学年多くて二十人。あとは十五人前後で、あわせても五十人程度しか居ない。外から来た人の決まり文句は「自然に囲まれて育つから良い子たちばかりだね」。確かに、私達はマジメだ。風邪をひかない限りは学校は絶対に休まないし、教師のいうことはちゃんときく。でも、それは皆がしていることだからだ。
私達は世間知らずで何も知らない。だから、良い子。こんなの、外に出ちゃえば簡単に染まっちゃう。
「ホナミンー」
突然肩を叩かれ、振り返る。こんなふざけた呼び方をするのは一人しか居ない。
「その言い方やめろ」
「冷たいなー、ホナミン」
「うるさい」
つっけんどんに返すけど、実はそんなにイヤじゃない。男の子が私に対して親しく呼んでくれる。その少女漫画チックな展開は、現実に起こってみると結構嬉しいものだ。
「片桐も、シャツ、入れなよ?」
「ホナミンも鈴ちゃんみたいなこと言うなよ」
片桐は困ったような笑みを浮かべながらも、シャツをズボンの中に入れる。片桐は私の幼馴染だ。このど田舎だから、言ってしまえば皆幼馴染だけど、片桐の家が隣同士なこともあって、仲が良い。私も小学生までは下の名前で呼んでいたけれど、妙に照れくさくなって、今では苗字で呼んでいる。でも、片桐はそんなことはお構いなしという感じで私を下の名前で呼び続けている。
片桐は卒業したら真っ先に染まってしまいそうだ。片桐はまだ髪も真っ黒だし、たばこも飲酒もしない、健全な中学生だ。でも、ここを出てしまえば、金色に髪を染めて、コンビニの前で煙草を吸いながらたむろしている“カッコワルイ集団”の仲間入りをするのだろうか。
片桐と一緒の高校行くわけじゃないけど、片桐には今のままで居て欲しい、なんて思ってしまう。
「そういや、悠子は?」
「悠子? 悠子は鈴ちゃんに呼ばれて、職員室」
「あー、女子バド、なんか揉めてるよな」
「いいね、男子の方は。大山先生、むっちゃ優しそうだし、ほとんど、部活に干渉しないし」
「部活に干渉しないのは顧問としてどうなのかな」
片桐は困ったように苦笑する。片桐は男子バドミントン部に所属している。前の大会では四位で県大会には行けなかったけど、それでも悠子に劣らないぐらい強い。
この学校は田舎だから、部活動も結構限られる。運動部も三つしかない。文化部なんて二つだ。
田舎の子どもは運動大好きなアウトドアみたいな偏見があるらしいけど、実際には、運動部よりも文化部の方が人気だ。私も、本当なら、文化部に入ってたと思う。でも、一年のころ、しつこいぐらいの鈴ちゃんの勧誘にあって、結局バド部に入ったんだけど。
「でもさ、鈴ちゃんも最近結構力入ってるよな」
「ほんとだよ。鈴ちゃん、去年は大会の前日も顔出さなかったのに」
「そりゃひでえな」
片桐とそんな話で笑いあってると、悠子が少々疲れた様子で戻って来た。
「どーしたんだ? 男まがいの悠子が疲れた顔してんなんて、珍しいな」
「あぁ? 誰が男まがいだって?」
悠子はキッと眉を吊り上げる。悠子は怒った表情が本当によく似合う。そんなことを言ったら本人に本当に怒られるから言わないけれど。
「いえ。何でもないです」
片桐はそう言って黙った。
「……。悠子、鈴ちゃん、何て?」
「あぁ。なんか、私が何とかしろ、みたいな。お前が甘いから、一年がだらけるんだーとかなんとか」
悠子はそれだけ言うと、疲れた、と呟いて机に突っ伏す。悠子は決して甘くはない。鈴ちゃんは、先生のくせに、人を見る洞察力みたいなのがちゃんと備わっていないらしい。
「ご愁傷様。あれだね、“責任の転嫁”ってやつだ」
私の言葉を聞いて、突っ伏したまま肩が上下した。多分溜め息を吐いたんだろう。
「ほんと。一年が来なくなったの、八対ニぐらいで鈴ちゃんが悪い」
「まーね」
ニの方は、悠子の昨日のあの言葉だろう。
――やめたいなら、やめてもいいよ?
あのときの悠子も結局は強がっていた。悠子なりの、鈴ちゃんに対する反抗心。鈴ちゃんのシナリオをぶち壊そうとして、あの言葉を言ったのだ……と思う。実際のとこはよく分からない。
でも、自分のことを棚に上げて悠子を責める鈴ちゃんには、どうしても好感が持てない。
そう思っていると、突然悠子が顔を挙げた。
「あ、後、穂波も給食食べたら職員室へゴー、ね」
「はぁ? 私も?」
「あんた、バドミントン部裏の部長でしょ」
「いやいやいや、意味分かんないし」
三年生は、私と悠子の二人しか居ない。こうなることは、薄々勘付いていたけど、責任を押し付けられる説教はものすごく面倒。
二年生に副部長は居るし、私はヒラ部員だ。でも、悠子は私の役割は“裏の部長”だって言い張る。多分冗談で言っているんだろうけど、もしかしたら、頼りにしている、という意味だったりすると嬉しいな、なんて考える。その可能性はかなり低いけど。私が悠子を頼りにするときが殆どだし。
「ま、行くけどさぁ……」
はぁ、と小さく溜め息を吐く。憂鬱だ。
ふと、片桐の方に目を移す。当の片桐はとっくに私達の会話から外れて、でも他の男子と絡むわけでもなく、じっと、何かを目で追っている。その視線の先に何があるのかを、私は知ってる。
花見さんだ。
ツインテールの髪が笑うたびに小さく揺れる。片桐はその後姿を静かに見つめている。
片桐は、多分、花見さんが好きなのだ。
私は片桐に恋愛感情を抱いていたわけじゃない。でも、私の幼馴染で、片桐とは仲が良いっていう自負があったせいか、片桐の視線に気づいたとき、少しショックだった。
その視線で、私を見てくれたことはあったのだろうか。なんて、好きでもない相手にそんな嫉妬に似た感情を抱いてしまう。




