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西暦2310年。
聖イリヤ未来総合学院。
世界中で「成金テーマパーク学園」などと揶揄されることも多いその学校だが、近年では少しずつ評価が変わり始めていた。
理由。
――文化資本が妙に強い。
これである。
最初は誰も本気にしていなかった。
宇宙船寮。
秘密基地。
巨大鍋。
ピラミッド。
お菓子の城。
どう見ても悪ノリである。
教育評論家たちは最初、
「一時的な成金趣味」
と切り捨てていた。
だが。
問題は。
その莫大な資金力だった。
金がある。
しかも異常にある。
そして。
旧ソ連圏。
特にロシア・ベラルーシ・ウクライナ・ジョージア・アルメニア・中央アジアには、芸術教育の層が妙に厚い。
バレエ。
クラシック音楽。
声楽。
民族舞踊。
絵画。
舞台芸術。
映画。
しかも。
西欧より人件費が比較的安い。
学園長アレクセイ・グロモフは途中で気付いた。
「あれ?」
「普通に超一流文化人を大量雇用できるな?」
そこからは早かった。
元帝室系バレリーナ。
国際コンクール優勝者。
老音楽家。
民族楽器演奏家。
オペラ歌手。
美術教授。
片っ端から雇った。
しかも待遇が良い。
暖房強い。
研究費ある。
住宅付き。
食事豪華。
ロシア圏芸術家たちは普通に喜んだ。
「こんな金払いの良い学校初めて見た」
「しかも生徒の親が超富豪だから寄付も飛んでくる」
「舞台設備も凄い」
結果。
聖イリヤの文化教育レベルは異常な速度で上がった。
そして。
成金の親たちは予想以上に満足していた。
学園ラウンジ。
超高級ティーサロン。
そこでは富豪の母親たちが談笑していた。
「最初は変な学校かと思ってましたの」
「分かりますわぁ」
「宇宙船寮とか意味分かりませんでしたもの」
「でも」
一人が微笑んだ。
「娘、最近毎日バレエ楽しいって」
「……うちもです」
「音楽教育、本当に凄いですわよね」
「先生方、本物ばかり」
しかも。
成金層ほど“本物”に弱い。
新興富豪は、金はある。
だが。
歴史的文化教養へのコンプレックスを多少持つことも多い。
だから。
「子供にちゃんとした芸術教育を受けさせたい」
という需要は本当に強かった。
聖イリヤはそこを突いた。
しかも。
成金趣味だけで終わらない。
騎馬文化。
民族舞踊。
クラシック。
美術。
全部を豪華施設と融合した。
結果。
“下品な遊園地学校”と思われていたものが、いつの間にか妙に文化的権威を持ち始めていた。
もちろん。
相変わらず秘密基地はある。
巨大滑り台もある。
地下トロッコもある。
だが。
オペラホールも超一流。
そこが怖かった。
そして今夜。
学園中央芸術ホール。
超豪華発表会。
天井巨大。
シャンデリア。
赤い絨毯。
世界中の富豪が並ぶ。
中東王族。
新興財閥。
旧東欧資産家。
皆、子供の発表を見に来ていた。
舞台上。
小さな女の子たちがバレエを踊っている。
レイの娘もいた。
母親譲りの顔立ち。
そして妙にレイっぽい自由さ。
ちょっと動きが雑。
だが可愛い。
観客席。
成金の親たちは感動していた。
「素晴らしい……」
「先生のレベル、本当に高い」
「衣装も凄い」
「舞台演出も……」
皆、満足げだった。
そして。
最前列中央。
学園最大出資者の一人。
レイ・アルカージエヴィチ。
完全に寝ていた。
三秒だった。
本当に三秒だった。
「のだぁ……すぴー……」
愛人が呆れていた。
「社長ぉ……」
「娘さんの発表会ですわよぉ……」
「すぴー……」
付け髭がズレていた。
しかも口半開き。
完全に爆睡。
周囲の富豪たちは慣れていた。
「あれがレイ社長ですか」
「はい」
「本当に寝てる」
「いつもです」
舞台上。
娘は踊りながら父親を見た。
そして。
「あっパパ寝てる」
普通に気付いた。
だが。
怒ってはいない。
慣れている。
なぜなら。
この父親。
発表会は寝る。
だが。
施設には金を出す。
意味不明なくらい出す。
昨日も。
「娘の舞台もっとキラキラさせるのだぁ♡」
とか言って照明予算を爆増させていた。
結果。
舞台設備は世界最高峰。
娘は軽くため息をついた。
「もう……」
でも少し笑った。
観客席後方。
芸術教師たちは静かに話していた。
「最初はどうなることかと思った」
「ええ」
「秘密基地だの巨大鍋だの」
「でも」
舞台を見る。
子供たち。
音楽。
観客。
本物の拍手。
「案外、悪くない場所になりましたね」
その頃。
レイはまだ寝ていた。
「すぴー……のだぁ……」
愛人が肩を揺らす。
「社長ぉ♡」
「んぁ……?」
「終わりますわよぉ♡」
レイは半目で起きた。
そして。
娘が舞台中央で礼しているのを見て。
一秒で泣いた。
「のだぁあああああ!!」
周囲がビクッとなる。
「吾輩の娘がぁあああ!!可愛過ぎるのだぁああああ!!」
さっきまで寝てた男とは思えない号泣だった。
娘は呆れた顔をしていた。
だが。
少しだけ嬉しそうだった。




