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臨時代官と赤入れ係

 翌朝のセイレンベルは、昨日の騒ぎが嘘のように晴れていた。


 職人たちは桟橋を直し、倉庫番は濡れなかった荷を数えている。


 リオが通ると、何人かが顔を上げた。


「昨日の赤鉛筆の兄ちゃんだ」

「書類係で港が沈まないなら、悪くねえな」


 からかい混じりの声だった。


 でも、王都の笑いとは違う。


 ここには、少しだけ認める響きがあった。


 代官府に入ると、ミラはもう机に向かっていた。


 昨日の報告書。避難の記録。ハンスの証言。紙がきれいに並んでいる。


「眠れていない顔ですね」


「ミラ代官も」


「私はいつもこう」


 ミラは一枚の紙を差し出した。


「あなたの肩書きを決めました」


 紙にはこう書かれている。


 セイレンベル代官府 臨時魔法文調べ役。


 危ない魔法の文を調べる係、という意味だった。


「正式な役職ではありません。でも、毎回『王都から来た書類係』では困る」


「僕に、役目をくれるんですか」


「あなたは危ない文を見つける。私はそれを通す。そう決めた方が早い」


 分担は単純だった。


 リオは、危ない文を見つける。


 ミラは、その直しを町の正式な仕事にする。


 リオだけでは見つけるだけで終わる。


 ミラだけでは、危ない場所が見えない。


 リオは紙を見つめた。


 王都の辞令より簡単な紙だ。


 それでも、こちらの方がずっと重い。


「ありがとうございます」


「条件があります」


「何でしょう」


「難しく言いすぎないこと」


 リオは瞬いた。


「昨日の説明、私にはわかった。でも港の人には少し硬い」


 ミラは窓の外を見た。


「『魔法の向きが逆です』より、『港を守る文が港に水を入れる文になっていた』の方が伝わる」


「……その通りです」


「今日もそれでいきます」


 ミラは別の紙束を開いた。


 灰塩岬灯台の魔法の文だ。


「昨夜、沖の船は港へ入れなかった。光がおかしかったからです」


「見ます」


 リオは文を追った。


 灯台は船を導く。

 光の強さを変える。

 危ないときは、最も強い光で船を導く。


 そこで、危険の赤い印が揺れた。


「ここです」


「最も強い光?」


「はい。強い光なら何でもいい、という文になっています」


 ミラはすぐには口を挟まなかった。


 リオは続ける。


「岩に波が当たれば、白く強く光ります。他の船の灯りもあります。灯台ではない光へ船が寄るかもしれません」


「つまり、船が岩へ向かう」


「はい」


「直せる?」


「『灰塩岬灯台の第一灯火』と書けば、灯台だけを見る文になります」


 ミラは頷き、予定表に何かを書いた。


「午後、船長たちを集めます」


 そこへハンスが入ってきた。


「代官様、古い書類を預かる組合から返事です」


 紙を受け取ったミラの顔が少し固くなる。


「古い版を出すには、組合長の許可が要る。理由は、ヴェント家の名前が書いてあるから……またそれ」


 リオは顔を上げた。


「ヴェント家」


 ミラの家名だ。


 彼女はすぐに紙を伏せた。


「今は灯台が先」


 それ以上は言わない。


 でも、リオには十分だった。


 この港の古い文に、ミラの家の名前がある。


 そして、それを理由に誰かが見せたがらない。


「リオ」


 ミラが灯台の文を押し戻した。


「午後の説明を一文で」


 リオは赤鉛筆を手に取る。


「灯台が船を導く文が、灯台ではない光へ船を連れていく文になっています」


「それでいきましょう」


 ミラは短く頷いた。


「名前は私が集める。あなたは赤鉛筆で直す準備をして」


 リオは灯台の文を見下ろした。


 危ない言葉。

 王都の印のそばに残る黒い線。

 そして、ヴェント家の名前。


 ただの誤字にしては、同じことが続きすぎている。


「わかりました」


 リオは赤鉛筆の先を整えた。


「直すなら、今です」

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