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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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泥蜜(てん菜)の密約と、食の平定

1. 震えるペンと白銀の価値


ランバート男爵邸の応接室。埃っぽい空気の中に、場違いなほど高級なインクの香りが漂っていた。 


ゼノは、先ほど食べた「大学芋」の余韻を頭の隅に追いやり、冷徹な商人の顔でペンを走らせる。


「……よし、決まりました。ゼノ商会は、ランバート領が生産する全ての『蜜泥(てん菜)』を、一個につき銀貨4枚で買い取ります」


「ぎ、銀貨4枚……!? 一個で、ですか!?」


男爵が椅子から転げ落ちんばかりに身を乗り出した。


一個銀貨4枚。それが畑と倉庫に山ほど、しかも今まで「ゴミ」として扱われていたものである。これだけで領の借金は消え、娘フェリシアに新しいドレスを買い、農具を一新してもお釣りがくる。


「ええ、独占契約ですから。ですが――」


ゼノがさらに条件を付け加えようとした時、リアナが横からひょいと契約書を覗き込み、待ったをかけた。



2. 領主としての慈悲と経済の理


「ゼノ、待って。イモに関しては独占禁止よ。適正価格で、余剰分を卸せるだけにしておいてくださる?」


ゼノが怪訝そうな表情でリアナを振り返った。


「お嬢様? あれほど絶賛されていたイモですよ。今のうちに全て押さえておかないと、他の商会が……」


「私たちがイモまで買い占めてしまったら、ランバートの領民が食べるものがなくなってしまうわ。彼らの主食を奪ってまで、美味しいものを独り占めするつもり?」


「……っ。失礼しました、浅はかでした」


ゼノはハッとして、己の強欲さを恥じた。リアナが見ているのは「利益」ではなく、その土地で生きる「人々」の生活だった。


「次に、蜜泥の独占契約は4年としなさい。価格も段階的に変えるわよ。今年と来年は1kg当たり銀貨4枚(4000円)。3年目は銀貨3枚(3000円)。そして4年目は銅貨500枚(500円)で契約して」


「な、なぜ……? なぜ、そこまで劇的に値を下げるのですか?」


ゼノは困惑した。商売の常道として、高く売れるものは高く買い続け、市場をコントロールするのが普通だ。



3. リアナの野望と美味しさの民主化


リアナは窓の外、夕闇に包まれる広大な畑を見つめながら、静かに語り始めた。


「簡単な話よ、ゼノ。今年から蜜泥の大量生産が始まるわ。当然、量が増えれば価格は下がる。それが市場の摂理でしょう?」


「しかし、砂糖は今、100g金貨1枚(10000円)と同等の価値で取引されています。他国(南方諸国)が供給を制限して高値を維持しているからです。我々がそれを握れば、莫大な富が……」


「そうね、今はね。でも、4年後に私たちの『蜜泥の砂糖』が市場に大量に流れれば、どうなると思っているの?」


「……価格が、暴落しますね。砂糖が『贅沢品』ではなくなる」


「その通りよ! 私の最終目標は、何かしら?」


ゼノは言葉に詰まり、やがてリアナがかつて語った理想を思い出し、小さく微笑んだ。


「……全ての領民が、安価に、美味しいものを手に入れること、ですね」


「そうよ! 私の目標は、領地を……いえ、この世界をおいしい食べ物で埋め尽くすこと。そこに妥協はないわ!」


100グラム銅貨500枚、それなら、庶民でもたまの贅沢に砂糖を買えるようになる。


リアナは、さらに砂糖をいつでも買える値段まで下げる予定だが、今は、心の中にしまっておくことにした。


リアナが求めているのは、一部の富裕層だけが味わう「特権の味」ではなく、誰もが笑顔になれる「日常の味」なのだ。


「ゼノ、猶予は3年よ!3年の間に貴族にたくさん高値で売りつけなさい!」


4年後、砂糖はリアナによって大暴落することになる。



4. 契約成立、そして未来へ


「……承知いたしました。あのお嬢様の『食欲』は、もはや国家の経済政策ですね」


ゼノは苦笑しながら、リアナの指示通りに契約書を書き換えた。 


銀貨4枚から始まり、銅貨500枚へと着地する、前代未聞の「値下がり前提」の契約書。しかしこれこそが、ランバート領を救い、王国の食文化を根底から破壊し、再生させるための聖典となる。


更に砂糖の生産拠点をオルフェウス領とランバート領に設置する事が盛り込まれ、『蜜泥』を『蜜芋』に訂正した。


「男爵、これでよろしいですね?」


「は、はい! 異存などあろうはずもありません! ありがとうございます、リアナ様……!」


男爵が震える手でサインを書き込む。


その横で、リアナはすでに次のことを考えていた。


(さあ、砂糖の確保に目途がついたわ。次は、この砂糖をどう秘匿しながら絶品スイーツに変えていくかだわ、……。ミリアの遠心分離機が届くのが楽しみね) 


ランバート領の静かな夜。


だが、その暗闇の下では、世界を甘く変える革命の種が、確実に芽吹こうとしていた。



5. 動き出す歯車


翌日、リアナは大量の蜜芋とイモ、そして試作した砂糖を馬車に積み込み、オルフェウス領への帰路についた。


馬車の窓から見えるランバート領の景色は、行きとは違って見えた。


ただの泥だらけの畑ではない。そこは、白銀(砂糖)と黄金イモが眠る、約束の地だ。


「エリー、戻ったらすぐにハンスとバロンを呼んで。油の搾油機は一旦完成形に持ち込ませて、次は『蜜泥の粉砕機』と『加熱式蒸留釜』の製作に入るわよ!」


「かしこまりました。領地に着きましたらすぐにハンスさんとバロンさんに連絡を取ります」


「お願いね」


リアナとエリーのやり取りが終わるとゼノが口を開く。


「……リアナ様、一つ伺ってもよろしいですか?」


「何?」


「あなたは一体、どこまで遠くを見ているのですか? 味噌、醤油、酢、油、そして砂糖……。あなたが揃えたこれらは、もはや単なる料理の材料ではありません。この国の経済の根幹を揺るがす『武器』です」


ゼノの真剣な問いに、リアナは少しだけ遠くの山を見つめた。


「武器だなんて物騒ね。私はただ、美味しいものを食べたいだけ。……甘いお菓子を食べて怒る人はいないでしょう? 私は、この世界を『さしすせそ』で満たして、みんなを幸せにしたい……それだけよ」


そう言って笑う八歳の少女の背後には、異世界の知恵と、板前としての執念、そして未来への野望が、砂糖の結晶のようにキラキラと輝いていた。


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