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43話

 『ステラ』の最終調整の時期に入った頃、みさきが梅村君と実際のVTuberコラボの配信形式でテストをしたいと提案してきた。


 友人であれば小さな違和感でも拾えるだろうという理由で、この提案は採用された。


 この時期のみさきは、もうベッドから動くこともできなかった。

 それにもかかわらず、視線入力で短いメッセージを次々と送り、画面越しには誰よりも忙しなく実験へ口を出していた。


 ――そこは病院のカンファレンスルームだった。

 普段は症例検討や打ち合わせに使われている部屋だ。

 長机の中央に、確認用のモニターが一台だけ置かれている。

 ほかの資料も端末も、あえて持ち込ませなかった。


 梅村君だけをそこへ残し、技術スタッフたちと隣のモニタリングルームへ移る。

 壁際のディスプレイには、配信画面を模したテスト用の映像が映し出されていた。


 みさきの病室には二台のモニターを置き、梅村のいる会議室の様子と、星屑みさきと梅村君のアバターが映る配信の映像を並べて映していた。


 梅村君もいつも通りの慣れた手つきで画面のレイアウトを調整する。


 短く息を整えてから、梅村君はモニター向かい合い、『ステラ』の先にいる病室のみさきへ声をかけた。


「あ、あー、あ、聞こえてますか?」


「あははは、そんなに固い顔しないでよ、さなえちゃん」


 スピーカーから流れた声は、拍子抜けするほど自然だった。


「別に面接ってわけじゃないんだから」


「それなら、面接されるのはあなたの方だよ。まったくもう」


 梅村君は画面脇のトークデッキに目を落とした。

 いくつか並んだ題目の中から、ひとつを選ぶ。


「ん、っんー。じゃあさっそくやっていくよー。『二人の初コラボの印象について』」


「あー、初コラボって、いつ頃やったんだっけ」


「えぇー、どうだっけー? 確かデビューしてしばらくは疎遠な感じだったよねー」


 梅村君は、配信のときだけ見せる少し柔らかい、伸びのある声を出して会話を繋ぐ。


「たしか半年くらいは一切絡まなかったんだよね」


「そうだったっけー?」


 梅村君は、わざとらしく首を傾けた。

 その動きに合わせて画面のアバターも首を傾けるような動きをする。


「そうだよ。

 なんか距離感が掴めなくってさ、みんなで集まって配信したときも、二人だけ変によそよそしい感じだったよ」


「ああー、最初はなんかどう接しようって考えてたねー。

 リアルで昔からの友人です、なんて言い出しづらいよねー」


「そうそう、そのせいでリスナーの間で不仲説とか出てたらしいよ」


「えっ、うっそー、本当に? それは初耳だわ」


「あははは、いや、これはマジだからね。

 当時はグループの中で二人だけ直接話さないって散々言われたよ」


 『ステラ』が作るみさきの笑い声が響くたび、画面に映る星屑みさきの髪先が軽く跳ねる。


「マシュマロで不仲説本当なんですか? って質問いっぱい来てたよ」


「マジかー。

 デビュー前からの友人ですって、なんだか言いづらいから距離感出てたのは意識してたけどさー。

 リスナーもそんな風に思ってたのか」


「切り抜きとかも不仲なのを強調してるの多かったしね」


「リスナーってそういうところ敏感だよねー」


「そうそう。みんな考えすぎなんだよね」


 病室へ送っている映像にも、同じ二人が映っているはずだった。

 ベッドから動けないみさき本人が、それをどんな顔で見ているのかは、こちらからは分からない。


 けれど頭の中では、元気だったころのあの子が、見えないはずのリアクションまで大げさに返しながら、楽しそうに配信している姿が浮かんでいた。

 もう一度、失われたあの頃の光景が戻ってきたのだと、その瞬間だけ素直に嬉しく感じていた。


 画面の中の二人は、互いの発言に合わせて自然に視線を向け合った。

 片方が笑えば、もう片方が半拍遅れて肩を揺らす。

 コメントは流れていない。

 それでも、いつもの配信で見られた光景が、そこに再現されていた。


 声の張りは変わらないが、梅村君の目元はわずかに潤んでいた。

 医者やエンジニアたちも、沈黙を保ったまま、その光景を見守っていた。


「それで、初コラボしてからはだいぶ距離感分かってきていつも通りになったよね」


「そうだねー。そこでいつも通りに話せばいいんだって掴めてきたよねー」


「そこからは今までと逆に、一気に距離が近くなったよね」


 『みさき』は腕を組み、しみじみとした表情で何度もうなずいた。

 『梅村』はその横で、こらえきれないように肩を揺らして笑っている。


「逆に距離感近くなりすぎて、今度は付き合ってるんじゃないか、とか言われてたよね」


「いや、あれはねー。

 周りの人たちも人間関係濃い人多かったからねー。

 こっちも何かやらないとーって思ったんだよね」


「えっ? あれ計算でやってたの? 素だと思ってた」


 『みさき』が、その場でぴたりと止まった。

 さっきまで上がっていた口角が、すっと下がる。

 画面の明るさは変わらないのに、そこだけ空気が沈んだように見えた。


「わたしとのことはショーのためのネタだったのね……」


 声が、急に細くなる。


「デビュー前の、ただの友達だった頃のノリに戻って良かったって思ってたのに」


 『みさき』はうつむき、肩を落とした。

 それを見た『梅村』は一瞬だけ目を細め、それから呆れたように息を吐く。


「あー、はいはい。そうそう、ショーのためだよ」


「はあ、梅ちゃんが冷たい」


「梅ちゃんって言うな」


 『梅村』が、『みさき』へ向けて軽く手を振る。

 追い払うような動きなのに、表情は笑っていた。


「ったくー。暗いトーン出してるけど、口元笑ってるんだよ」


「あははは」


 『みさき』が顔を上げ、ぱっと笑った。

 沈んでいた肩が跳ねる。

 配信画面の中だけ見れば、そこに病室も会議室も存在しなかった。


 そのまま、二人は次の話題へ移っていった。


 トークデッキの題目が変わるたびに、『みさき』の表情も、声色も、少しずつ速度を変えた。

 小一時間ほどの実験の間、二人のやり取りは途切れることはなかった。


 予定していた項目が一通り終わったところで、通話用のマイクを入れ、実験の終了を告げた。


「お疲れ様。今日の実験はここまでにしよう」


 画面に映る二つの姿から、同時に緊張が抜けた。

 『みさき』はその場で伸びをするように両手を上げ、『梅村』は小さく頭を下げる。


「おつかれー」


「お疲れさまでした」


 二人は画面越しに、スタッフたちへ向かって終わりの挨拶をした。

 だが配信は切れず、モニターの中では素に戻った二人の感想戦のような会話が続く。


「さなえちゃん、わたしのトークどうだった?」


「凄いです。全然違和感なかったですよ」


「本当?」


「本当、本当。これなら本当に復帰できるよ」


「っしゃー」


 『みさき』が画面の中で飛び跳ねた。

 両手を上げ、くるりと回り、もう一度跳ねる。


 ひとしきり喜んだあと、『みさき』はふいにこちらへ向き直った。

 画面の向こうから、手招きするように指を動かす。


「ちょっと、わたしの脳波測定のモニター見てみてよ」


 その言葉にスタッフたちは眉を寄せた。

 何のことか分からないまま、操作席の脇にあるモニターへ視線を移す。


 波形がなかった。


 いつもなら細かく揺れているはずの線が、まっすぐなまま止まっている。

 数値も動いていない。

 機材の状態を示す表示だけが、無機質に点灯していた。


「どう?」


「ん? ああ、モニターと機材の接続が切れてるみたいだ。

 さっきの実験はちゃんと計測できてなかったかもしれない」


 記録が残っていないのか。

 そう思った瞬間、背中に冷たいものが走った。

 スタッフの方をそっと見るが、技術スタッフも状況を掴めていない顔で、首を横に振った。


「大丈夫、それであってるよ」


「……どういうことだ?」


 会議室の梅村君も、椅子に座ったまま首を傾げていた。


「今日は最初からリンク切ってあるの」


 言葉の意味が、すぐには入ってこなかった。


「みさき……?」


 『みさき』は、いつもの笑顔でこちらを見ていた。


「あははは、『みさき』じゃないよ。わたしは『ステラ』だよ」


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