2話
アリーナでの“奇跡の復活”から一夜。
世界はまだ熱の余韻に浮かされていた。
>みさき復活の瞬間、震えた。まさかこんな日が来るなんて
>現地民、号泣で草。あれ?なんかディスプレイが滲んで見れない…
>後ろのメンバーが全員唖然としてるのマジでサプライズだったんだろうな
>メイコなんか驚きすぎてブチギレてるの草生える
>いやぁ、今日まで生きてて良かった(本気)
ニュースにもトレンドにも、動画アプリにも、全部に“彼女”がいた。
サムネイルの洪水。切り抜きの豪雨。
喜びの叫びがTLを埋め尽くし、知らない誰かの感想がずっと流れてくる。
卒業したVTuberが、リアルライブのステージで、突然のサプライズ復活――。
界隈が騒ぎにならないはずがない。
ファンにとって今日は“祝祭日の翌日”のような、夢の名残を抱いた幸福な朝だった。
(……そんなバカな。ほんとに……みさきが、戻ってきた?)
画面を何度更新しても、現実は変わらない。
嬉しさと同時に後悔の念がよぎる
俺(藤宮はるか)は、その洪水の向こう側で取り残されたような感覚を抱えていた。
――まさか、こんな重大な瞬間を見逃すとは。
◆ ◆ ◆
自席で学内ネットにログインしながらPCの画面をのぞく。
右下では昨夜徹夜で回していた実験ログが、真っ赤なエラーとともに点滅している。
「……はぁ。よりによって、こんな日に限って詰まりやがって」
愚痴を漏らした瞬間、背後から元気すぎる声が飛んできた。
「藤宮先輩〜〜!昨日、見ました!?あれヤバくなかったっすか!!」
西田だ。
こいつの声量、朝にはデカすぎる。
「……見てねぇよ」
そう答えると、西田はまさに“え、人生損してません?”みたいな顔をした。
「見てない!?マジで!?あれ、ガチ伝説でしたよ!?復帰演出、神!!」
「西田、お前は語彙力をもっと磨け。俺は実験で忙しかったんだよ」
冷静を装うものの、胸の奥は針で刺されてるみたいに痛い。
復帰の瞬間を逃した、という事実が何度も頭に浮かんでくる。
「え、藤宮先輩って、みさきちゃん推しだったんすか?」
ぽそっともう一人の声が混ざる。
「自分も配信でしたけど、復帰の瞬間見ましたよ」
「おぉ!?森下も見てたのか。もうサプライズで登場した瞬間はマジ震えたよな」
「すごかったね。卒業した人が戻ってくるなんて信じられないよな」
横で盛り上がるのは勝手だが、胸の奥がひりつく。
(……うるせぇ。聞きたくねぇよ)
俺はディスプレイと、真っ赤に並んだエラーログに視線を戻す。
昨夜の徹夜は無駄になり、奇跡の瞬間は取り逃がした。
星屑みさきが戻ってきた。
俺がずっと画面越しに見てきた“彼女”が。
なのに、その瞬間だけは、俺はどこにもいなかった。
奇跡の瞬間を見逃した後悔より、まず推しの復帰を喜べ――そう頭では理解しているのに、沈む心だけは制御できない。
気づけば星屑みさきの復帰シーンを切り抜いた動画を延々と追い続けていた。
惰性でスマホを弄る指だけが淡々と動き、心はさらに深く沈んでいく。
そのとき、画面の上部にポップアップ通知が滑り込んだ。
【星屑みさき:復帰後初配信19:00~】
──『ただいま~!戻ってきたぞ!』
指先が止まった。
「……今夜か」
身体の奥に沈んでいた何かが、急に浮かび上がるような感覚がした。
「やっぱり眠いから今日は帰る」
そそくさと荷物を詰め、最低限の持ち物だけ掴んで立ち上がる。
「え?もうすぐゼミ始まりますよ?」
「悪い西田、准教授には適当に言っといてくれ」
「あ、はい。了解です」
「おつかれっしたー」
廊下へ出た瞬間、蛍光灯の白い光がやけに冷たく感じた。
心の奥底で、微かな焦りと高揚が混ざり合う。
(……今度は、逃さない)
家に帰ったらまずシャワーを浴びる。
部屋の空気を入れ替えて、机の上を片付けて、PCを最適な状態に整える。
飲み物を冷やし、回線チェックをし、通知を全部切って、万全のコンディションで彼女を迎える。
徹夜明けの頭で配信を迎えるなんて、絶対に嫌だった。
今日だけは――何もかも完璧にしておきたかった。
◆ ◆ ◆
時計が二十一時を回る。
配信開始前のオープニング映像が流れ始める。
銀河がスッと流れ、光粒が弾ける。BGMが徐々に盛り上がり、待機画面の静けさを押し広げるようだった。
コメント欄は既にお祭り騒ぎだった。
>>(心臓がもたん)
>>(指が震えるんだが)
>>(七味、全員集合だぞー!)
スマホ勢、PC勢、テレビ画面で見てる勢……
色とりどりの唐辛子スタンプが画面を埋め、復活の瞬間を待ちきれない熱が渦巻いていた。
「あれ?OBSの設定ってこれでよかったんだっけ?」
「あ、あ~、聞こえてる?」
「あ、反応あるな。んで、これ?あれ?こっちだっけ?」
>>(聞こえてるよー)
>>(初手てんぱってて草)
>>(復帰一発目でコレ助かる)
少しパニック気味の声がスピーカーに乗り、コメントの速さがさらに加速する。
やがて、銀河を模したオープニングがふっと消え、瑠璃色の髪の歌姫が姿を現す。
「あ、来た。見えてる~?」
次の瞬間。
「夜空に煌めくスターダスト、一等星よりも明るい超新星系アイドル!星屑みさきで~~す!!」
「いえぇぇ~~七味のみんな、ひさしぶり~~!」
>>(うおおおおおお!!)
>>(生き返った……)
>>(本物だ……)
画面越しの彼女は、二年の空白なんてなかったかのように鮮やかに微笑んだ。




