表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

2話

 アリーナでの“奇跡の復活”から一夜。

 世界はまだ熱の余韻に浮かされていた。


>みさき復活の瞬間、震えた。まさかこんな日が来るなんて

>現地民、号泣で草。あれ?なんかディスプレイが滲んで見れない…

>後ろのメンバーが全員唖然としてるのマジでサプライズだったんだろうな

>メイコなんか驚きすぎてブチギレてるの草生える

>いやぁ、今日まで生きてて良かった(本気)


 ニュースにもトレンドにも、動画アプリにも、全部に“彼女”がいた。

 サムネイルの洪水。切り抜きの豪雨。

 喜びの叫びがTLを埋め尽くし、知らない誰かの感想がずっと流れてくる。


 卒業したVTuberが、リアルライブのステージで、突然のサプライズ復活――。

 界隈が騒ぎにならないはずがない。


 ファンにとって今日は“祝祭日の翌日”のような、夢の名残を抱いた幸福な朝だった。


(……そんなバカな。ほんとに……みさきが、戻ってきた?)


 画面を何度更新しても、現実は変わらない。

 嬉しさと同時に後悔の念がよぎる


 俺(藤宮フジミヤはるか)は、その洪水の向こう側で取り残されたような感覚を抱えていた。


 ――まさか、こんな重大な瞬間を見逃すとは。


 ◆    ◆    ◆


 自席で学内ネットにログインしながらPCの画面をのぞく。

 右下では昨夜徹夜で回していた実験ログが、真っ赤なエラーとともに点滅している。


「……はぁ。よりによって、こんな日に限って詰まりやがって」


 愚痴を漏らした瞬間、背後から元気すぎる声が飛んできた。


「藤宮先輩〜〜!昨日、見ました!?あれヤバくなかったっすか!!」


 西田だ。

 こいつの声量、朝にはデカすぎる。


「……見てねぇよ」


 そう答えると、西田はまさに“え、人生損してません?”みたいな顔をした。


「見てない!?マジで!?あれ、ガチ伝説でしたよ!?復帰演出、神!!」


「西田、お前は語彙力をもっと磨け。俺は実験で忙しかったんだよ」


 冷静を装うものの、胸の奥は針で刺されてるみたいに痛い。

 復帰の瞬間を逃した、という事実が何度も頭に浮かんでくる。


「え、藤宮先輩って、みさきちゃん推しだったんすか?」


 ぽそっともう一人の声が混ざる。


「自分も配信でしたけど、復帰の瞬間見ましたよ」


「おぉ!?森下も見てたのか。もうサプライズで登場した瞬間はマジ震えたよな」


「すごかったね。卒業した人が戻ってくるなんて信じられないよな」


 横で盛り上がるのは勝手だが、胸の奥がひりつく。


(……うるせぇ。聞きたくねぇよ)


 俺はディスプレイと、真っ赤に並んだエラーログに視線を戻す。

 昨夜の徹夜は無駄になり、奇跡の瞬間は取り逃がした。


 星屑みさきが戻ってきた。

 俺がずっと画面越しに見てきた“彼女”が。

 なのに、その瞬間だけは、俺はどこにもいなかった。


 奇跡の瞬間を見逃した後悔より、まず推しの復帰を喜べ――そう頭では理解しているのに、沈む心だけは制御できない。


 気づけば星屑みさきの復帰シーンを切り抜いた動画を延々と追い続けていた。

 惰性でスマホを弄る指だけが淡々と動き、心はさらに深く沈んでいく。


 そのとき、画面の上部にポップアップ通知が滑り込んだ。


【星屑みさき:復帰後初配信19:00~】


 ──『ただいま~!戻ってきたぞ!』


 指先が止まった。


「……今夜か」


 身体の奥に沈んでいた何かが、急に浮かび上がるような感覚がした。


「やっぱり眠いから今日は帰る」


 そそくさと荷物を詰め、最低限の持ち物だけ掴んで立ち上がる。


「え?もうすぐゼミ始まりますよ?」


「悪い西田、准教授には適当に言っといてくれ」


「あ、はい。了解です」


「おつかれっしたー」


 廊下へ出た瞬間、蛍光灯の白い光がやけに冷たく感じた。

 心の奥底で、微かな焦りと高揚が混ざり合う。


(……今度は、逃さない)


 家に帰ったらまずシャワーを浴びる。

 部屋の空気を入れ替えて、机の上を片付けて、PCを最適な状態に整える。


 飲み物を冷やし、回線チェックをし、通知を全部切って、万全のコンディションで彼女を迎える。


 徹夜明けの頭で配信を迎えるなんて、絶対に嫌だった。

 今日だけは――何もかも完璧にしておきたかった。


 ◆    ◆    ◆


 時計が二十一時を回る。

 配信開始前のオープニング映像が流れ始める。

 銀河がスッと流れ、光粒が弾ける。BGMが徐々に盛り上がり、待機画面の静けさを押し広げるようだった。


 コメント欄は既にお祭り騒ぎだった。


>>(心臓がもたん)

>>(指が震えるんだが)

>>(七味、全員集合だぞー!)


 スマホ勢、PC勢、テレビ画面で見てる勢……

 色とりどりの唐辛子スタンプが画面を埋め、復活の瞬間を待ちきれない熱が渦巻いていた。


「あれ?OBSの設定ってこれでよかったんだっけ?」

「あ、あ~、聞こえてる?」

「あ、反応あるな。んで、これ?あれ?こっちだっけ?」


>>(聞こえてるよー)

>>(初手てんぱってて草)

>>(復帰一発目でコレ助かる)


 少しパニック気味の声がスピーカーに乗り、コメントの速さがさらに加速する。


 やがて、銀河を模したオープニングがふっと消え、瑠璃色の髪の歌姫が姿を現す。


「あ、来た。見えてる~?」


 次の瞬間。


「夜空に煌めくスターダスト、一等星よりも明るい超新星系アイドル!星屑みさきで~~す!!」

「いえぇぇ~~七味のみんな、ひさしぶり~~!」


>>(うおおおおおお!!)

>>(生き返った……)

>>(本物だ……)


 画面越しの彼女は、二年の空白なんてなかったかのように鮮やかに微笑んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ