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14話

 自宅のアパートの前に立ち、扉を開けて部屋に入った。


 いつの間にか高かった日は傾き、窓から差し込む夕焼けが、薄暗い部屋の中に淡い赤を滲ませていた。

 ドアが閉まる音を聞いた瞬間、ようやく周囲に意識が向いた──


(ここまで、どうやって帰ってきたんだっけ……?)


 八十神さんに近くの駅まで送ってもらったあと、電車に乗った記憶も、改札を抜けた感覚も、ところどころが抜け落ちている。

 病院で聞いた星屑みさきの真相だけが、頭の中の中を駆け巡り、他の景色を遠ざけていた。


「今日は……疲れた……」


 鞄を床に放り投げ、ネクタイを外す。スーツの上着を脱いだだけで、肩が少し軽くなった気がした。 シャワーを浴びる気力もなく、そのまま椅子に腰を落とす。

 灯りも付けもせず、暗さを増していく部屋で、夕焼けの名残が薄れるのを感じながら、今日の出来事を頭の中でなぞっていた。


(星屑みさきは、AIだった)


 病室で横たわる本物の彼女を見たときは、事務所が自らの利益のために別人を立て、復帰したように見せているのだと思った。VTuberという特性を考えれば、中の人が変わっていても成立する。実際、そういう例は過去にあった。


 けれど彼女は──あれは、人ですらなかった。


(ステージで、配信で見せてきた喜怒哀楽は、すべて作られたものだった)


 事実だけを並べれば、確かに俺は、俺たちは騙されていたことになる。

 それでも、本物の星屑みさきは、AIの星屑みさきを見て、あれは自分だと言った。

 AIに自分を再現させ、その存在を自分自身だと受け止めていた。


(この考えは俺にはわからないな……)


 たとえ突然、もう一人の俺が現れて、記憶も身体的特徴も、考え方や仕草までもが同じだったとしても、それを俺自身だとは思わない。そこには、俺として生きてきた連続性がない。だから別の存在だと判断するだろう。

 同じ存在だと見なすには、連続性が不可欠だ。


(そう考えれば、卒業前の星屑みさきと、復帰したあとの星屑みさきは、やはり別の存在だ)


 気づけば、すっかり日は落ち、部屋は真っ暗になっていた。

 暗がりの中で、俺は一つの答えに辿り着いたつもりでいた。それでも、心の奥には、理屈だけでは片づけられない違和感だけが、どうしても拭えない。


 ◆    ◆    ◆


 翌日。

 研究室にいても、頭は上の空だった。モニターに映るコードを追っているつもりでも、いつの間にか視線はまったく別の行で止まっている。キーボードを叩く音だけが、内容を伴わず、やけに空虚に響いていた。


「……だめだな」


 俺は席を立ち、気分転換にぶらつくことにした。 しばらく構内を宛もなく歩いたあと、中庭のベンチに腰を下ろす。建物の影に入ったそこは、直射日光から逃れられていて、わずかに涼しかった。


(この後、どうなるのかな……)


 ベンチに座ったまま、昨日の八十神との別れ際のやり取りが、改めて頭の中に蘇る。


 ◇

「分かっているとは思うが、このことは他言は無用だよ」


「それは……はい」


「それと、三日後に、もう一度会社に来てくれるかな。今後について詳しい話をしたい」


「今後……ですか?」


「すべてを知ってしまった君を、このままにしておくことはできない」


「……」


「いや、悪いようにはしないよ。むしろ君には、共犯者になってほしいと思っているんだ」


「共犯者……ですか」


「あぁ……詳しいことは追って連絡をする。待っていてくれ」


 ◇


(共犯者、か……)


 ただ口止めするだけでは、いずれ秘密が漏れると踏んでいるのだろう。

 それならいっそ、こちらを引き込み、一蓮托生の立場にしてしまう──そういう判断か。

 だとしたら、俺は何を求められることになるんだ。


 昨日、真実を知るまでは、真相を明らかにするまでは絶対に引けないと思っていた。

 だが今は、真実を知ってしまったこと自体を、後悔している。


「あぁぁぁ~~」

 ベンチに座ったまま、頭を抱えて身を縮める。背中を丸め、逃げ場を失ったまま、喉の奥から押し出すような嘆きが漏れた。


 こんなことになるくらいなら、と何度も考えてしまう。それでも、動き始めてしまった以上、もう留まることはできない。


(今は、流されるしかないか……)


 気は重いままだったが、八十神さんが何を告げてくるのか──三日後を待つ以外に、俺にできることはなかった。




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