勝っても賊軍
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「ようこそトレハへ。私はジクロ男爵家当主、ヘクスニア・ジクロ・トレハです。以後お見知り置きを」
屋敷の中に入り、応対に出てきたメイドの案内に従って客間に入ると、中には二十代後半と思しき男性がいた。そして彼は、やって来たグラたちにそう名乗った。
「おっす、叔父さん。相変わらずお上品だねぇ。んな上等そうなスーツで決めちゃって」
「そういうオクサこそ、もう年頃なのだから、少しは淑女の嗜みというものを覚えなさいと……」
「あー、そういうのはいいんだよあたしは。そういうのはそっちのお嬢様にでも言ってやんな」
ヘクスニア男爵とオクサは、そんな風に気軽に会話している。どうやら、血縁というのは本当のようだな。
「それで、そちらの方々は?」
「ああ、うちに泊まってる旅行者だよ。……ちょいと込み入った事情があってさ。協力してくんない?」
「可愛い姪の頼みとあらば、喜んで」
オクサの話を聞いて、ヘクスニア男爵はそう答えた。とりあえず、客間の応接セットに腰掛け、事情を話すことに。
「―――なるほど、妹を探していると。それはそれは……確かに、トレハの現状を聞けば、不安にもなりましょう」
「ああ……それに、もしもナッタがいなかったとしても、見過ごすわけにはいかないからな」
「見過ごせない、ですか……」
グラの話を聞いて、ヘクスニアは真剣な面持ちでそう呟いた。
「ええと、グラリアクト君、でしたか。……君は、この事態をどう解決するおつもりですか?」
「どうって……」
そして彼は、グラにそんな質問をした。対するグラは、その問い掛けに戸惑ってしまう。無論、その答えはあるのだが、初対面の相手にさらりと言えるようなことではない。
「この件は、パーへ公爵の独裁によるものです。よって―――彼を懲らしめれば、事態は解決すると考えてはいませんか? それも、暴力的な方法で」
「っ……!」
すると、ヘクスニア男爵は彼の考えを言い当てた。……グラは今まで、悪人たちを屠ってきた。国王の件にしろ、キレートの件にしろ、ナフタリ伯爵の件にしろ。彼が選んだ解決手段は、結局のところ暴力だった。
「無論、パーへ公爵はやりすぎです。彼にも彼の信条があるのでしょうが、今回の件は貴族としての役割を大きく逸脱した行為です。―――ですが、こちらもやりすぎてはいけません。暴力で本当に解決することなど、この世にはないのですから」
「だが、それは―――」
「確かに、暴力で解決しようとするのは、一番簡単で、一番早いでしょう。無論、相手が暴力を振るってきたら、まずは応戦しなければならないでしょう。けれど―――最初からそれ以外の選択肢を取らないのは、愚か者のすることです」
そんなグラの行いを知ってか知らずか、ヘクスニア男爵は厳しい口調でそう続けた。
「例え話をしましょう。もしも仮にパーへ公爵を、そうですね、再起不能になるまで袋叩きにしたとします。そうなれば、彼はこれ以上貴族として活動できなくなります。これで、北トレハの住民は圧政から解放されて、めでたしめでたし―――本当に、そうなると思いますか?」
すると今度は、まるで子供に語りかけるかのようにして、そう言った。
「一見するとそう思えるでしょう。ですが、実際にはそうなりません。―――考えてもみてください。パーへ公爵には跡取りがいません。そうなれば、彼が治めていた北トレハはどうなるのでしょうか?」
「それは……」
「貴族が断絶した場合……通常であれば、国王陛下から任命を受けた領主が、その領地を引き継ぎます」
ヘクスニア男爵の問い掛けには、グラではなくハイドラが答えた。元貴族である彼女のほうが、この手の話には明るいのだ。
「正解です。……因みに、現在王都では、現国王の弾劾と新たな国王の選定が行われています。そして、新国王の筆頭候補は、現国王の甥であるラミノリオン・エン・オガーニ氏です。彼は貴族中心の地方政治に不満を抱いていることで有名な方です。そんな人が国王になったとして、不祥事の末に没落した貴族の跡地に誰を派遣するか、想像に難くないと思いませんか?」
貴族と敵対する立場の者が国王となれば、派遣される領主は当然ながら貴族を敵視するだろう。それだけならばいいが、その領主の執政が、トレハ住民に対する具体的な不利益となる場合も考えられる。
「私が一番危惧しているのは、その領主が圧政を―――それこそ、パーへ公爵など可愛く見えるほどの暴虐が行われないかです。領主の権限は貴族よりも上ですから、事実上この町のトップとなるわけです。それに、我々貴族に対する当て付けとして、領民をいじめないとも限りませんから」
「……」
ヘクスニア男爵の言葉に、グラは沈黙するしかなかった。……ヘクスニア男爵に指摘されるまで、彼はそんな可能性など、微塵も考えなかっただろう。自分の浅慮さを思い知らされたのだ。ヘクスニア男爵は続ける。
「無論、これはただの推測―――というよりは、ほぼ妄想です。しかし、現実的に起こりえることです。それも、最近の情勢を踏まえれば、決して絵空事ではないほどの。行動は起こすべきですが、それがどのような結果を生み出すのか、それを考慮した上で動いてください」
要するに。パーへ公爵の行いを止めるにしても、手段を間違えてはいけない。ヘクスニア男爵は、そう忠告しているのだった。
「……さて。お説教はこれくらいにしておきましょうか。オクサ、明日にも、彼らを北のほうへ案内して差し上げなさい。最終的にどうするにしても、まずは現状把握からです。口実を作りますから、ウィルストン牧場に向かうといいでしょう」
「了解。んじゃあ、今日は一旦戻るわ。あたしもまだ畑仕事が残ってるし」
ヘクスニア男爵に言われて、オクサは立ち上がった。……彼女は自分の仕事を後回しにして、グラのためにここまで連れてきてくれたのだ。これ以上の時間は掛けられないだろう。
「はい、頑張ってくださいね。くれぐれも怪我のないように。嫁入り前の大切な体なんですからね」
「へいへい。んじゃあ、行くぞ、お前ら」
「……ああ」
翌日の予定を立てたところで、彼らは屋敷を出ることになった。……今回の一件は、グラにとっても、色々と考えさせられることとなりそうだな。




