ここもコンシューマでカットされそう
◇
「さてと……ハイドラ、頼む」
「は、はいっ……!」
そうして彼らは、ナフタリ邸に到着した。……伯爵家の邸宅だけあって、その規模は壮大だった。鉱山傍の土地をふんだんに占有して建てられた屋敷は―――土地柄、庭園はどうしても小規模なものの―――建物自体は王城にも迫るほどの規模だった。この屋敷を並べられたら、ハイドラの生家であるエタール邸などはちっぽけに見えてしまうだろう。
「では……行きます」
ごつい門の前に立ち、ハイドラは呼び鈴を鳴らした。ここから先は、基本的にハイドラが対応する。エーテルは諜報要員で、グラは用心棒だ。
「はい」
「突然押しかけて申し訳ありません。フタレイ・エタール・セルロ子爵の娘、ハイドラと申します。アントラセン・ナフタリ・アシッド伯爵にお目通り願いたいのですが」
応対に出た若いメイドに、ハイドラは自分の素性を明かし、ナフタリ伯爵への面会を要求した。
「え、あの……しょ、少々お待ちください」
それに対して、メイドは一度引っ込んで確認に向かった。
「……お待たせしました。ご案内します」
やがて、メイドが戻ってきて、屋敷の中へと招き入れてくれた。
「こちらです」
メイドに先導されて、彼らは屋敷の中を移動する。……屋敷の中も当然の如く絢爛豪華というか、無駄に豪奢な装飾が施されていた。恐らくは鉱山で採れた属性石を嵌めこんでいるのだろう、入り口のシャンデリアや壁は煌びやかな宝飾によって虹色に輝いていた。
「……」
そんな屋敷を、グラは無言のまま見回した。……大事な作戦中なので口を慎んでいるが、普段ならばこう口にしているだろう。悪趣味だ、と。
「こちらでお館様がお待ちです」
「ありがとうございます。―――失礼致します」
彼らが案内されたのは客間だった。入り口や廊下とは違い、装飾が抑えられたその部屋には、男性が二人いた。ナフタリ伯爵と、執事であるプロンだ。
「突然押し掛けてしまい申し訳ありません。フタレイ・エタール・セルロ子爵の娘、ハイドラです」
「いえいえ、こちらこそお目に掛かれて光栄だ。セルロから遥々ご苦労だった、ハイドラ嬢よ」
ハイドラが挨拶をすると、ナフタリ伯爵が礼を返した。……ナフタリ伯爵は、見たところ、まだ若く、三十前半、下手をすればまだ二十代のように思えた。実際、彼は今年三十歳になったばかりで、貴族の当主としてはかなり若い方だった。縁談を持ち掛けてくるのも納得である。
「それで、今日はどのような用件だろうか?」
ハイドラに席を勧め、自分も対面に腰掛けると、ナフタリ伯爵は早速そう切り出してきた。
「もしや、我々に保護を求めてきたのだろうか?」
「いえ、そのようなことはありません」
ナフタリ伯爵はハイドラの用件をそう推測したが、彼女は即座に否定した。……恐らく、ハイドラがエタール家を勘当されたという話を聞いていて、それ故に庇護を求めてきたのだと判断したのだろう。
「では、どのような?」
「はい。―――単刀直入に申します。こちらにカルバという女性が訪ねてきませんでしたか?」
「……何故、そのようなことを?」
ハイドラの質問に、ナフタリ伯爵は怪訝そうにそう返した。
「エタール家から放逐された私は、王国中を旅することにしました。そうしてアシッドまでやって来た際、カルバ様には大変お世話になりました。……ですが、今朝、彼女が行方不明になってしまわれたのです。捜索しても見つからず、ご家族の方々共々心配していたのですが、そちらが彼女との縁談を進められていると聞きまして、こちらにいらっしゃるのではと思い、参りました」
「なるほど……確かに、カルバさんはこちらにいる。縁談について前向きに考えてくれているようでね、色々話し合っているんだ」
ハイドラの言葉に、ナフタリ伯爵は肯定を返した。グラの予想通り、こう言われてしまえば正直に話すしかなかったのだ。
「そうでしたか。ご無事なようで、何よりです」
「ああ。―――というわけだ。カルバさんのことは任せて欲しい。彼女にはまだ色々とやってもらわないといけないことがあるんだ」
「分かりました。カルバ様のこと、よろしくお願い致します」
暗に帰れと言われて、ハイドラは食い下がらずその場を辞することにした。当初の目的であるカルバの所在確認は済んだし、下手に相手を不快にさせるわけにもいかなかったのだ。
「……まさか、エタールのご令嬢が訪ねてくるとはな」
ハイドラが帰って。ナフタリ伯爵は、屋敷の中を移動しながらそう呟いた。それは、後ろについているプロンに対する愚痴でもあった。
「彼女が働く食堂で、給仕の仕事に勤しんでいたようですな」
「……エタールの月乙女が、落ちぶれたものだな。いや、エタールの当主が愚かであったと言うべきか。乙女の管理者としての役目を放棄したのだからな」
ナフタリ家は、オガーニ創設の際、最も功績を上げた家であった。それは、アシッドの名を持つことと、爵位としては上位の伯爵家であることからも窺える。そして、その自負があるが故に―――ナフタリ家は、ある妄執に囚われてしまったのだ。その妄執は、彼の代で更に加速していく。
「魔神の花嫁……あの方はそれが誰なのか教えて下さらなかったが、おおよその見当はついている。しかし、このままではまずいからな」
ナフタリ伯爵がカルバとの縁談を進めていたのは、当然ながら裏があったからだ。しかし今は、目的が当初とは変わってしまっている。状況が変化したために必要なくなったのだが、他のことに利用できそうだったため、少々強引に連れてきたのだ。
「……気分はどうだい、カルバさん?」
ナフタリ伯爵がやってきたのは、屋敷の地下室。蝋燭の灯りしか光源がないその部屋は、用途不明な様々な器具と、一人の少女と、彼女を縛る鎖しかなかった。
「……っ!」
やって来た伯爵に、少女―――カルバは怯えたような目を向けた。喋らないのは恐怖のせい、というよりは、そもそも口を塞がれて声が出せないのだ。因みに、塞いでいるのが普通の猿轡ではなく球体状の口枷―――国によってはボールギャグなどと呼ばれているプレイ用拘束具であり、無駄に卑猥な光景となっている。
「―――ここは、ナフタリ家の花嫁に宛がわれる部屋だ。ここで花嫁は、一生をかけてその役目を遂行する。ナフタリ家の跡継ぎと……魔神の花嫁を産むという役目を」
ナフタリ伯爵が語った言葉に、カルバは反応することさえ出来なかった。




