またこいつかよ
「正直なところ、私はカルバ様のほうを警戒するべきだとは思いますが」
貶されて不機嫌になるエーテルに、ハイドラはそんなことを言った。
「あ、ハイドラも気づいてたのね」
「はい。確証はありませんが……今日のこともありますから、余計に」
二人が言っているのは、カルバの態度だった。……彼女は出会った当初、グラの腕を抱き抱えるなど、彼との距離感が近かった。それに、彼女はグラに助けられ、しかも暗い密室空間で二人っきりだったのだ。恋愛関係に発展してもおかしくないだろう。というか実際、カルバのほうはグラのことを意識しているし。
「そうよね……でも、その場合、問題になるのはハイドラよ」
「私ですか?」
浮上した問題に対して、エーテルはそんなこと言った。
「そもそもね、カルバがどうのって話以前に、ハイドラの態度は問題がありすぎなのよ。そうやって、グラたんの気持ちを尊重しすぎて、ハイドラ自身の気持ちが蔑ろじゃない」
「そ、それは……」
「そうやって待ってばかりだと、男はすぐにどっか行っちゃうのよ。もっと自分をアピールしないと」
ハイドラの消極的な態度を、エーテルはそう指摘する。確かに、ハイドラはエーテルのように自分からグラに迫ることがない。清楚と言えば聞こえはいいが、恋愛において消極的なのは敗北宣言に等しい。エーテルほどではないにしろ、適度な積極さがないと、競争に負けてしまうのだ。
「で、ではどうすれば……?」
「そうねぇ……やっぱ、積極的にいかないと。私よりいいもん持ってるんだから」
「ひゃっ……! エ、エーテル様、何を……!?」
「う~ん、この大きさといい感触といい、ほんとに羨ましすぎるわね。何食べたらこんなに育つのかしら?」
エーテルはふらりとハイドラに近づいて、徐に手を伸ばすと、彼女の胸を揉み始めた。……ハイドラはエーテルより年下なのに彼女より発育がいいため、暫しこういう風に遊ばれてしまうのだ。
「エ、エーテル様、さては酔ってらっしゃいますね……!」
「あらぁ~? もしかして感じてるぅ~? ええんかぁ~? ここがええんかぁ~?」
「実は素面ですわね……!」
エーテルはハイドラの後ろに回り込み、彼女の胸を丹念に揉みしだく。それは最早、愛撫と呼べるものであった。
「ただいま……って、ど、どういう状況?」
「あ、スルホンじゃない。丁度良かったわぁ~♪」
「ひっ……!」
そうして、戻って来たスルホンも巻き込まれて、部屋の中に黄色い悲鳴が響き渡るのだった。
……その頃、別の場所では。
「くっ……乙女の確保に失敗したか」
部下からの報告を受け、男は唇を噛んだ。……ここは東アシッドを統括するナフタリ伯爵家、その屋敷だ。執務室で苦虫を噛み潰したような表情になるのは、現当主のアントラセン・ナフタリ・アシッド伯爵。部下を下がらせてから、ぶつぶつと呟き始める。
「このままでは儀式の進行に支障が……となれば、多少の危険を承知で拉致を検討するべきだろうか?」
「いや、その必要はない」
その呟きを、新たな男が遮った。音もなく部屋に入り、彼の前に立つのは、短髪でスーツを着用した眼鏡の男。彼の名前は―――
「キレート様……! で、ですが……!」
「案ずる必要はない。そもそも乙女の確保は必須ではないのだから。今回も、別に乙女の確保は期待していない」
キレートは、ナフタリ伯爵にそう言った。……彼はここでも、よからぬことを企んでいるのだろうか。
「乙女に必要なのは、花嫁との接触だ。それが確認できれば問題ない。それよりも、確保すべきなのは巫女のほうだ」
「で、ですが、巫女はアシッドを離れているはずでは……?」
「それが最近、花嫁を連れて戻って来たみたいだ。しかも、彼女たちは接触した形跡がある。……星乙女に関しては、放置していいだろう。それか、前々から準備していたほうを動かすかだな。そちらを確保すれば、巫女の生活圏を押さえられる」
ナフタリ伯爵に指示を出し、キレートは部屋を出ていく。そして、残されたナフタリ伯爵は、ゆっくりと立ち上がった。
「……彼の言う通りであれば、儀式の準備は順調。これで、ナフタリ家の悲願達成に一歩近づける」
例え、ナフタリ家が途絶えようとも。彼の妄執は、それほどまでに肥大化していたのだった。……そうして、それぞれの夜は更けていく。
◇
……翌朝。
「うっ……頭が痛い」
夜が明けて。グラはベッドから這い上がった。しかし、二日酔いのためか、体調が優れない様子。
「……さて、どうしたもんか」
頭痛と倦怠感を堪えながら立ち上がり、グラは思案した。
「そういえば、カルバはどうなったんだ?」
そして、最初に思い立ったのはカルバのことだった。……昨日、救出された後は鉱員たちに連れ回されていたため、カルバとは顔を合わせていない。エーテルからは特に何も聞かなかったし、少々気になった。
「ついでに、二日酔いの薬でもないか聞くか」
そうして、グラはカルバの元へと向かった。
「……邪魔するぞ」
「あ、まだ開店前なんだけど―――え?」
営業前の食堂に入ると、カルバが開店前の準備をしていた。彼女は振り返ると、グラを見て固まった。
「元気そうだな」
「グ、グラ君……!?」
「そんなに驚くことはないだろ」
「う、うん、そうだよね、ごめん……」
グラに話しかけられて、カルバは狼狽した。……グラは知る由もないが、彼女は昨夜の情事(と呼べるか微妙なところだが)を目撃している。気まずいのも無理ない。
「? まあ、元気ならそれでいいんだが」
カルバは明らかに不審だったが、別に体調が悪いわけでもないようなので、グラは気に留めず適当な席に座った。
「それより、二日酔いなんだが、何かないか?」
「ふ、二日酔い……? あ、そっか、昨日はお酒飲んでたんだよねー」
昨日―――エーテルとのことは思い出さないようにしながら、カルバはグラの言葉に応えた。
「だったら―――待ってて、今用意するからー」
カルバは厨房に入ると、何か作り始めた。……二日酔いに効く料理でも作っているのだろうか。
「お待たせー」
やがて、カルバは料理を持って戻って来る。
「特製の薬膳スープだよー。二日酔いに効果的だよー」
「いい匂いだな」
運ばれてきたのは、温かいスープ。カルバが作ってくれたスープに、グラは早速手を付けた。
「……うん、うまい」
「でしょー? 調子に乗って飲み過ぎた鉱員さんたちに好評なのー」
料理を褒められて、カルバはこの上ないくらいに幸せな気持ちになった。……故に、余計に胸が締め付けられるような気持ちになるのだが、それには目を瞑ることにした。




