事件は解決などしていない
◇
……翌日。二人は宿場町を出発し、夕方にはセルロへ到着した。
「ここがセルロか……」
「人が沢山ね……まさに圧巻だわ」
セルロの入り口、市場の前で。二人は圧倒されていた。……市場は広い通りを目一杯使って催されている。その通りが、店と店の間が、とにかく人で埋め尽くされているのだ。入り口のほうはまだ人口密度が低いほうだが、奥には本当に人しかいない。
「これ、本当に見て回るの……?」
「まあ、別に無理する必要はないが……あれ、絶対何人か圧死するよな」
「冗談に聞こえないわ……もっと人が少ない時間に来ないと、無理ね」
夕方でも活気を失わない市場に、二人は買い物を諦めることにする。少々早いが夕食を取ろうと、食事できる場所を探すことにした。
「どこにするんだ?」
「そうねぇ……セルロのレストラン街ならおいしい料理が豊富だって有名だけど、ドレスコードがあったり、高級な雰囲気だったりして、あんまり合わないのよね。お金も掛かるし」
「ドレスコード、か……」
エーテルの話に、グラは自分たちの服装を見直した。グラの衣服は粗末な生地で、ローブも汚れている。エーテルは薄手のシャツにミニスカートという軽装で、粗末というほどではないが、ドレスコードに合っているとは言い難い。そもそも、庶民にドレスコードなんてものを求めるのが間違いだ。
「ドレスコードって、どんな格好すればいいんだろうな?」
「あんな風じゃない?」
グラが呟いた言葉に、エーテルは前方に歩いている人物を指差した。……歩いているのは少女だった。フリルがあしらわれた白いドレスを着て、長い金髪をカールさせている。後姿だけでは顔までは分からないが、着ている服は布地が高級そうだし、ややカジュアルなデザインとはいえドレスを着用しているのだから、少なくともそれなりの身分なのは確かだろう。
「私があの服装してれば、一級のレストラン以外なら大抵の店は入れるわよ」
「それ以前に似合わないと思うけどな」
「グラたん、一言余計よ」
話しながら、二人は少女の姿を視界の端に収めていた。―――だが、その姿が急に消える。
「あれ……? 今、あの子が消えたように見えたんだけど……」
「今のは……エーテル、少し待ってろ」
「あっ、グラたん……!」
グラは少女が消えた辺りまで走ると、通りに面する狭い道に飛び込んだ。
「……案の定か」
「……っ!」
裏通りには、消えた少女の他、複数の男がいた。男たちは少女を取り囲み、彼女の手足や口を押さえている。ロープを手にしている者もいるし、少女を拘束しようとしているのだろう。早い話、誘拐の現場なのだ。
「な―――」
「失せろ」
男たちが動く前に、グラは木刀を抜いていた。即座に男たちを切り伏せ、蹴散らしていく。
「グラたん……!」
「この子を頼む」
「ええ……!」
救出した少女は、遅れてやってきたエーテルに任せる。倒しきれなかった男たちは逃走を開始していたので、グラは出来る範囲で追撃していく。そうして、男たちの半分ほどを倒したところで、グラは木刀を収めた。
「大丈夫だった?」
「は、はい……あの、えっと、ありがとうございます」
助け出した少女は、エーテルとグラに頭を下げている。……端正な顔立ちと、穏やかな雰囲気を纏った少女だ。服装と同じく、仕草や立ち振る舞いからも、それなりの身分なのだと思われる。誘拐されそうになったのもそれが原因か。身長はエーテルより少し低いくらいだが、その代わり胸は同年代の女子よりやや大きく、平均より小さいエーテルと並ぶと、それが顕著になる。
「半分には逃げられたな……まあ、何人かは捕まえたけどな」
そんな二人のところへ、グラは倒した男たちを引き摺りながら戻ってきた。
「それで、あんた、名前は?」
「え、あ、は、はい……! 私、ハイドラと言います。ハイドラ・エタール・セルロ―――フタレイ・エタール・セルロ子爵の娘です」
名前を問われて、少女はそう名乗った。やたら長くて、更にはセルロの名を持っている。これは―――
「その名前……もしかしなくても、あなた貴族よね? 子爵とか言ってたし」
「は、はい……も、もしかして、何か気に障りましたか?」
ハイドラの身分は貴族―――子爵令嬢だ。エタール家は貴族としては下流だが、セルロの名を得ている。これは、オガーニ建国の際に協力した旧セルロ市国の貴族に与えられた特権だ。
「それはどうでもいいんだが……ハイドラ、とりあえず襲われたときの状況を話してくれ」
「は、はい……! と言っても、通りを歩いていたら、突然裏通りに引き込まれて、後は何がなんだか……」
「大分手馴れているな。……そろそろ目を覚ましそうだし、こいつらから詳しい話を聞いたほうがいいな」
ハイドラの話だけでは状況が掴めず、グラは捕まえた男たちに目を向けた。……彼の言うように、男たちが意識を取り戻しつつあった。
「うっ……」
「起きたか?」
目を覚ました男に、グラは木刀を突きつけた。それで、男の意識が一気に覚醒する。
「うわっ……!」
「おっと、逃げようとしても無駄だぞ。エーテル」
「むふふっ、私、緊縛プレイっていうのも嫌いじゃないのよね~♪」
男が抵抗する暇を与えず、エーテルはロープで彼を縛った。その恐るべき手際は、彼女の言うようにそういうプレイに精通しているからか。ついでに、他の男たちも縛っておく。
「さてと、話してもらおうか。どういうことなのか―――どうしてこの子を襲ったのかをな」
「は、話すもんか……!」
「ほぅ? では、まずはその汚らわしい目を潰してから、もう一度尋ねるか」
「ひぃっ……!」
尋問に応じない男に、グラはその眼前へと木刀を突きつけた。ほんの僅かしか隙間がないため、下手に動いたら、それこそ瞬き一つするだけでも突き刺さりそうな状態だ。
「わ、分かった、話す……!」
「ふん、最初から素直にそうすればいいものを……」
ようやく要求に応じた男に、グラは木刀を下ろした。
「それで、どうして襲ったんだよ?」
「た、頼まれたんだよ……貴族の若い女を一人、攫ってくれって」
「頼まれた?」
男が話す内容に、グラは先日のことを思い出した。……王都では、国王が若い女を城に集めさせていた。それと状況が似ていると思ったのだ。
「それを頼んだのは、一体誰だ?」
「そいつは確か、キレートって名乗っていた」
「キレート、だと……?」
そして確信した。その名前は、国王に少女を集めてさせていた者のものだ。―――この件は、王都の一件と繋がっている。




