そして結局こうなる
◇
「……あ。これ、もしかして事後?」
「……何でお前がいるんだよ? しかも、そんな格好で」
王の私室に、エーテルが入ってきた。だが、もう既に全てが終わっている模様。
「……これ、もしかして殺したの?」
「まさか。痛めつけて気絶させただけだ」
床に転がった王を見て、エーテルは死んでいるのだと錯覚したようだ。だが、実際はただ気を失っているだけ。さすがに王の暗殺まではしないようだな。
「そりゃそうよね……それじゃあ、こっちも色々話さないとね」
ほっと一安心して、エーテルは地下で起こったことをグラに話した。女性が襲われていたこと。助けて話を聞いたところ、国王の側室として迎えられていたということ。彼女を城の外まで逃がしたこと。その他、男たちが口にしていたことも教えた。ついでに、妹が王都にいないことも話しておいた。
「なるほどな……それはそれで助かったが、まだ最初の疑問に答えてもらってないぞ」
「最初の疑問?」
「何故お前がここにいるんだ?」
「そんなの、決まってるじゃない。グラたんを追いかけてきたのよ」
グラに問われて、エーテルは胸を張ってそう答えた。そもそも、そのためにここまで来たのだからな。
「何で追いかけてくるんだよ……?」
「一度捕まえた男に、一発ヤらないで逃げられるなんて、ビッチの恥よ」
「もっと恥じるところがあるだろ……」
彼女の言葉を聞いて、グラは呆れるしかなかった。恥じ入るポイントがずれているだけでなく、そのために態々城に不法侵入するところも、それに対して胸を張れるところもだ。ある意味、エーテルが大物だからだろうか。
「それで、そっちはどうだったの? 王様、何か言ってた?」
「ったく……情報料代わりに教えてやるが、あんまり調子乗るなよ」
そしてグラも、王から聞いた話を教えてやった。真なる王国建国伝説と、それを元にした儀式、そしてそれを主導していた黒幕の存在。別に話す必要もないが、義理もあるし、元来より彼は嘘やハッタリは苦手だった。
「なんか面白い展開になってきたわね」
「面白いわけあるか。そんな世迷言で、一国の主が民を犠牲にしてるんだ。俺が出しゃばらなかったら、この町も相当カオスな状態になっていただろうな」
エーテルの発言にグラはそう窘める。……確かに、ある種の物語みたいな状況だが、当事者である住民たちは堪ったものじゃないだろう。面白がるのも不謹慎だ。
「さてと……俺は撤退するから、お前は勝手に逃げろよ」
「ちょい待ち。折角見つけてたんだから、もう逃がさないわよ」
用も済んで逃げ出そうとするグラだったが、エーテルに腕を掴まれてしまった。……なんか、捕まえるのが手馴れてるな。やることやった後に、男に逃げられそうになったことでもあるのか。
「暫くの間、グラたんには私に付き合ってもらうから」
「付き合うって……俺、用事が終わった以上、王都から出て行くつもりなんだが」
「じゃあ、私もグラたんの旅についていくわ。退屈しなさそうだし、王都の外にも行ってみたかったから」
こうして、エーテルはグラに付き纏うこととなった。
◇
……朝になって。
「さあ、行くわよグラたん! 太陽が私を呼んでいるわ!」
「元気だな、お前……寝てないのに」
夜が明けて。日が昇り始めた王都を、エーテルとグラが歩いていく。人の姿もちらほらと見えてきたのだが、エーテルはそんなことなど気にならないほどハイテンションだった。……実は、二人ともあのまま一睡もしていない。つまりは徹夜明けなのである。こうなってしまうのも無理ないか。
「当たり前じゃない! だって、生まれて初めての旅行よ! 今まで王都から出たことなんてないから、否が応でもテンション上がるに決まってるじゃない! それに私、ヤってないときは寝なくても割と平気だし!」
「だからって、もう少し静かにしろよ……目立つだろ」
人生初旅行にはしゃいでいるエーテルに、グラは溜息混じりにそう突っ込む。実際、既に周囲からの注目を集めていた。
「もぅ、そんなにびくびくしてたら、ばれないものもばれるのよ?」
「別にそういうわけじゃないが……だからって、悪目立ちする意味がどこにある?」
現在も、王都内では兵士が巡回している。王城に賊が入り、国王に危害を加えたとして町中を探しているのだが、誰もグラを捕まえようとしない。グラがその賊だと分かるのは、昨日の昼に一悶着あった兵士たちだけだ。一応似顔絵も出回っているが、完成度が低く、同一人物だと気づくのは難しい。それ故に見つからずに済んでいるのだから、不用意にリスクを増やすのは望ましくないだろう。……こんな体たらくだから、この国では犯罪検挙率がかなり低い。それに冤罪も多い。いい加減、魔法式カメラとか作ればいいのに。
「まあ、私に任せなさいな。ついていく代わりに、町を出るためのサポートはしてあげるから。それとか」
「こんなもの、よく用意できたよな……」
エーテルが指差したのは、グラの胸元に掛かっている魔製機構だ。……これが、グラが魔神とばれていない理由の一つでもあった。町から出るために、エーテルがグラ用のギアを用意したのだ。魔神がギアを持っているわけがないと、誰もがグラを警戒しなくなっているのだった。
「それと、住民票は私のお兄ちゃんってことで捏造しておいたから、そのつもりでいてね。お兄ちゃん♪」
「いつの間に……お前、ほんとにいつか痛い目見るぞ」
城に侵入した際、エーテルはグラの住民票を捏造しておいたのだ。町を出るときに身元を確かめられても問題ないように、この状況を見据えて用意しておいたらしい。……抜け目ない奴だな。
「さ、行こっ。門はすぐそこよ」
「……ああ」
これから先のことを考え、溜息が絶えないグラ。エーテルに続いて、外に繋がる門へと向かうのだった。
……その頃、エーテルの実家では。
「「旅に出ます、探さないでください。宿のことはよろしく。byエーテル」、か……」
テーブルに置かれた手紙を読んで、エーテルの父親は溜息を漏らす。愛娘が突然家を出て行ったのだ。一応、置手紙を残しているが、それでも不安でしかない。
「あの子らしいといえばらしいけど、ちょっと唐突ね……」
その隣では、エーテルの母親も溜息を吐いていた。……彼ら夫婦は、既に一人の子供を失っている。せめて残された娘は大切に育てようと必死に頑張ってきたのだが、そのエーテルも急にいなくなってしまった。
「まあ、そんな気はしていたけどね。王都に魔神が現れたって聞いたときから」
「ええ。……何せ、あの子だし、私たちの子供だから」
それでも、覚悟はしていた。娘が、もう一人の子供を追い掛けるようにして、いつか自分たちから離れていくことを。それが偶然にも今日だった、というだけだ。
「あの子にはすまないことをしたからね……せめて、幸せになって欲しい」
「ええ。あの子ならなるわよ、きっと」
二人の親は何一つ知らず、しかし全てを見通して、我が子たちの幸福を願うのだった。




