秋の味覚はひと味違う
葉っぱが色付く。
山の緑は少しずつ薄れ。
黄色。
紅。
茶色。
色の変わった葉が、風に揺れていた。
冷たい風が吹く。
夏の終わりとは違う。
少しだけ寂しい風。
季節が変わり始めていた。
――十月。
学校帰り。
真尋は制服の袖を引っ張りながら、校門を出る。
「さむっ……」
「真尋、薄着すぎ」
隣を歩く凪が呆れたように言う。
真尋はぶるっと肩を震わせた。
「だって朝平気だったもん……」
風が吹く。
ひらり。
赤い葉が、真尋の頭へ落ちた。
「あ」
凪が手を伸ばし、その葉を取る。
「……秋だね」
真尋は、受け取った葉を眺めた。
赤く染まった小さな葉。
「なんか、夏終わった感ある……」
少し寂しそうな声。
凪は空を見上げる。
高い空。
薄い雲。
夏の青とは違う色だった。
その時。
ぴゅう――。
強い風が吹き抜ける。
落ち葉が舞う。
真尋の髪が揺れた。
そして。
その風の中に。
『みーつけた』
微かに。
誰かの声が混ざった気がした。
「……え?」
真尋が立ち止まる。
凪も振り返った。
「どうしたの?」
「……今、何か聴こえなかった?」
風はもう止んでいた。
ただ。
二人の足元で、赤い葉だけが静かに転がっていた。
校門を出て、落ち葉の道を歩く二人。
風が吹くたびに、色付いた葉が舞っていた。
カサ……
足元で葉が鳴る。
真尋は空を見上げながら言う。
「社の掃除の頻度増やさなきゃ、落ち葉で埋もれちゃうかもね」
「秋はすぐ積もるからね」
凪は苦笑する。
石段も、きっと落ち葉だらけになるだろう。
真尋は何か思い付いたように、ぱっと顔を上げた。
「次行く時は、サツマイモとじゃがいも持っていく!」
「……なんで?」
「焼き芋!」
即答だった。
「絶対やると思った」
「落ち葉いっぱいあるし、焼き芋チャンスじゃん!」
真尋は楽しそうに両手を広げる。
「絶対おいしいよ!ほくほくのやつ!」
「まぁ……確かに美味しそうだけど」
凪も少し想像したらしい。
「あと銀杏も焼きたい!」
「秋満喫する気満々だね」
「秋は食欲の季節だから!」
真尋は得意げだった。
風が吹く。
赤い葉が舞い上がる。
その中で。
また一瞬だけ。
『やきいも……』
そんな小さな声が、風に混ざった気がした。
「……?」
真尋が辺りを見回す。
「どうしたの?」
「……いや、今また何か聴こえた気が……」
「じゃぁ!芋の買い出し行こ!」
真尋が突然、元気よく言った。
「……今から?」
「今から!」
即答だった。
凪は小さくため息を吐く。
でも。
その顔は、少しだけ笑っている。
「ほんと行動早いね……」
「善は急げ!」
真尋はそのまま、ぐいぐい歩き始めた。
商店街へ向かう
「サツマイモ何種類あるかな〜」
「じゃがいもも焼くんでしょ?」
「焼く!」
「絶対食べ切れない量買うでしょ」
「大丈夫!凪ちゃんも食べるから!」
「巻き込まないで」
そう言いながらも、凪はちゃんと隣を歩いている。
真尋は、秋の話をしながら楽しそうに笑う。
焼き芋。
焼きじゃが。
焼きマシュマロ。
どんどん話が増えていく。
凪はその横顔を見る。
ころころ表情が変わる。
楽しそうで。
少し子供っぽくて。
でも。
どこか放っておけない。
――こうやって振り回されるのも。
これはこれで、悪くない。
凪は心の中で、小さくそう思った。
商店街の奥。
昔ながらの八百屋。
軒先には、大量の野菜が並べられていた。
「うわぁ……!」
真尋の目が輝く。
特に。
山積みになった芋コーナー。
サツマイモだけでも種類が多い。
紅はるか。
シルクスイート。
安納芋。
鳴門金時。
ホクホク系。
ねっとり系。
その中間。
説明の札まで付いていた。
「最近のお芋って、こんな種類あるんだ……」
真尋は感動していた。
凪も隣で覗き込む。
「……確かに多い」
真尋は真剣な顔になる。
「これは重要な選択だよ……」
「そんな大袈裟な」
「焼き芋の未来が掛かってる!」
八百屋のおじさんが、その会話を聞いて笑った。
「お、焼き芋かい?」
「はい!」
「だったらこれ人気だよ〜」
おじさんは、ねっとり系の芋を持ち上げる。
「蜜すごいから」
「蜜……!」
真尋が食い付く。
さらに別の箱を指差す。
「こっちは昔ながらのホクホク系。焼くと香りいいぞ〜」
「うわぁ……悩む……」
真尋は本気で悩み始めた。
凪はその様子を見ながら、少し笑う。
「両方買えば?」
「……天才?」
「食べ比べしたいんでしょ」
「する!」
真尋は即答だった。
結局。
ホクホク系。
ねっとり系。
その中間。
さらにじゃがいもまで追加され。
気付けば、エコバッグはぱんぱんになっていた。
「買いすぎじゃない?」
凪が少し呆れたように言う。
真尋は満足そうだった。
「秋だから!」
理由になっていない。
真尋は、持ち上げたエコバッグをぶらぶら揺らす。
ずっしり重そうだ。
「こんなに買って大丈夫?重くない?」
すると。
真尋は自信満々に、腕まくりをした。
「平気!」
ぐっと腕を曲げる。
「凪ちゃんのお父さんのおかげで、だいぶ筋力付いたから!」
見せられた腕。
……細かった。
「……」
凪は数秒黙る。
「説得力ない……」
「えぇ!?」
真尋はショックを受けた顔になる。
さらに力を入れる。
ぷるぷる。
「ほら!前よりあるよ!」
「それ力入れて震えてるだけでしょ」
「違うもん!」
八百屋のおじさんが、そのやり取りを見て笑っていた。
「仲いいねぇ」
「ち、違います!」
凪が即座に否定する。
真尋はきょとんとしていた。
その横で。
エコバッグだけは、しっかり重量感を放っていた。
気付けば、空は少しずつ暗くなっていた。
秋の日は短い。
さっきまで明るかった空が、もう薄紫色へ変わっている。
商店街には、ぽつぽつと明かりが灯り始めていた。
八百屋の電球。
惣菜屋の暖簾。
パン屋のオレンジ色の光。
キラキラと、暖かな光が並ぶ。
「秋って感じする……」
真尋が、エコバッグを抱えながら呟く。
風は少し冷たい。
でも。
商店街の灯りは、どこか暖かかった。
コロッケの匂い。
焼き鳥の煙。
遠くから聞こえる笑い声。
学校帰りの学生達。
夕方の商店街は、静かに賑わっている。
真尋はきょろきょろ辺りを見回す。
「あっ、たい焼き!」
真尋が真顔になる。
数秒悩む。
そして。
「我慢する……」
「偉い偉い」
凪は少し笑った。
その時。
ぴゅう――。
冷たい風が、商店街を通り抜ける。
吊るされた旗が揺れる。
落ち葉が転がる。
その風の中に。
『おいも……』
また、小さな声が混ざった気がした。
真尋がぴたりと止まる。
「……また聴こえた」
凪も足を止める。
商店街の灯りが、風に揺れる。
その時。
――ぶわっ。
突然、強い突風が吹いた。
吊るされた旗が大きく揺れる。
真尋の髪が舞う。
そして。
『気をつけて』
耳元を、声が吹き抜けた。
「……え?」
真尋が反射的に振り返る。
視線の先。
細い商店街の道を、黒いスクーターが走ってきていた。
かなり速い。
「凪ちゃん、バイク来るよ」
「あ、ほんと。危ないから端に避けよ」
凪は自然に、道の端へ寄る。
真尋も、エコバッグを抱えて避けた。
その瞬間。
「誰か捕まえて!そのバイクひったくり!」
後ろから、女性の悲鳴が響く。
空気が変わる。
凪がはっと顔を上げた。
スクーターの男の手には、奪ったバッグ。
そのまま逃げようとしている。
「っ――」
真尋が動いた。
エコバッグへ手を突っ込む。
掴んだのは。
適当な芋。
「えっ、ちょ――」
凪が止める前に。
真尋は、思い切り投げた。
ぶんっ。
放物線を描いた芋は。
スクーターの少し前へ落ちる。
次の瞬間。
ごっ。
タイヤが芋を踏んだ。
「うわっ!?」
スクーターが大きくバランスを崩す。
ガシャァン!!
近くの喫茶店の看板へ突っ込んだ。
周囲が騒然となる。
犯人は舌打ちしながら、倒れたスクーターを捨てた。
そして。
近くにいた小学生くらいの男の子を、
乱暴に引き寄せる。
「動くな!」
男の子が怯えて固まる。
犯人はその子を盾にしながら、
じりじり後退していく。
商店街の空気が凍る。
誰も動けない。
その中で。
真尋の耳元を。
また、風が吹き抜けた。
『どうするの?』
まるで。
試すみたいな声だった。
「その子を離して!」
真尋が一歩前へ出る。
商店街の空気が張り詰める。
犯人は苛立ったように睨み付けた。
「……あ?」
真尋は震えていた。
でも。
足は止まらない。
「ボクが代わりになるから!」
「真尋!ダメ!」
凪が咄嗟に叫ぶ。
けれど。
真尋は止まらなかった。
ゆっくり、犯人へ近付いていく。
「チッ……大人しくしてろ!」
犯人は乱暴に、真尋の腕を掴む。
そのまま。
男の子を突き飛ばすように解放し、真尋を引き寄せた。
「着いてこい!」
ぐいっと首元へ腕を回す。
人質にするつもりだ。
周囲から悲鳴が上がる。
真尋は抵抗しない。
犯人の動きに、静かに合わせていた。
――前の真尋なら。
怖がって。
身体が固まって。
何もできなかった。
でも。
今は違う。
風が吹く。
その瞬間。
真尋の足が、すっと動いた。
犯人の重心へ、身体を滑り込ませる。
掴まれた腕を支点に。
腰を落とし。
引く。
「え――」
犯人の身体が浮いた。
次の瞬間。
どんっ!!
勢いよく。
真尋の背中を越えるように、犯人の身体が地面へ叩き付けられる。
「がっ……!?」
周囲が息を呑む。
綺麗な一本背負いだった。
犯人は完全に動揺している。
真尋自身も、少し驚いた顔をしていた。
「……あれ」
静まり返る商店街。
「動くな」
低い声。
気付けば。
黒服の男が、倒れた犯人を地面へ押さえ込んでいた。
「っ……!」
犯人が暴れる。
けれど、びくともしない。
片手で押さえ込みながら、もう片方で通報している。
「はい、現行犯です。場所は――」
真尋が目をぱちぱちさせる。
「……影野さん」
どうやら、いつの間にか来ていたらしい。
影野は冷静そのものだった。
その一方で。
「真尋!」
凪が駆け寄る。
そして。
ぎゅっと、真尋を抱きしめた。
「無茶しないで!」
珍しく、強い声だった。
真尋は少し驚く。
「……ご、ごめん」
凪は真尋の腕を掴む。
その瞬間。
「っ……」
真尋が小さく顔をしかめた。
手首。
力いっぱい掴まれていた跡が、赤く残っている。
鬱血して、指の形まで浮いていた。
凪の表情が曇る。
「……痛い?」
「へ、平気だよ!ちょっとだけだから!」
明るく言おうとする真尋。
でも。
凪はまだ少し怒った顔だった。
「……心配した」
小さな声。
真尋は少し困ったように笑う。
「ごめんってば……」
その時。
真尋が周囲を見回した。
「男の子は?」
「あそこにいるよ」
凪が視線で示す。
少し離れた場所。
助けられた男の子が、女性――おそらく母親に強く抱きしめられていた。
怪我は無さそうだった。
真尋は、ほっと息を吐く。
そして。
ゆっくり男の子へ近付いた。
しゃがみ込み、目線を合わせる。
「……」
男の子はまだ少し震えている。
真尋は優しく頭を撫でた。
「泣かないで、よく頑張ったね」
柔らかな声。
「かっこいいよ!」
男の子は目を丸くする。
小さく頷いた。
「……うん!」
そして。
「ボク!お姉さんみたいに強くなる!」
その言葉に。
真尋は一瞬固まった。
「……お、お姉さん……」
凪が吹き出しそうになる。
警察が到着した頃には、商店街はすっかり騒ぎになっていた。
事情聴取。
目撃確認。
連絡先交換。
真尋も凪も、かなり長く話を聞かれる事になった。
影野さんは途中から、完全に保護者ポジションになっていた。
そして。
全部終わる頃には――。
空は真っ暗になっていた。
商店街の灯りだけが、ぽつぽつと夜を照らしている。
「真っ暗になっちゃったね」
真尋が空を見上げる。
「うん」
凪も隣を歩く。
秋の夜風は、昼間よりずっと冷たかった。
でも。
真尋はどこか嬉しそうだった。
「八百屋のおじさんが、新しくお芋くれたから焼き芋できるね!」
両手で抱える袋を、嬉しそうに揺らす。
「うん」
凪は返事をする。
けれど。
少しぼんやりしていた。
真尋が不思議そうに覗き込む。
「どうしたの?
元気無いよ?凪ちゃん」
「……うん?」
凪は我に返る。
そして、小さく笑った。
「そんなことないよ」
少しだけ間を置いて。
「……ただ、いつの間にか真尋が強くなってるなって、考えちゃった」
真尋はきょとんとする。
「え?」
凪は歩きながら続ける。
「前だったら、怖くて動けなかったと思う」
真尋は静かに、自分の赤くなった手首を見る。
「……怖かったよ?」
ぽつりと呟く。
「でも……あの子泣きそだったから」
風が吹く。
落ち葉が舞う。
凪は、その横顔を見る。
少し前まで。
守られる側だった。
泣いて。
傷付いて。
抱え込んでいた。
でも今は。
誰かを守ろうとしていた。
凪は小さく笑う。
「……そっか」
真尋は照れ臭そうに笑った。
秋の夜風が、二人の間を静かに通り抜けていった。
「もっと腰落として!」
「は、はいっ!」
道場の床へ、勢いよく叩き付けられる真尋。
「うぎゃっ!」
凪の父は腕を組みながら、真剣な顔で頷いた。
「真尋君!鍛えろ!」
「はい!」
「鍛えて鍛えて、婿として強くなれ!」
「はい!頑張ります!」
即答だった。
「返事だけはいいな!」
「えへへ……」
その横で。
凪は頭を抱えていた。
「……なんで自然に婿候補になってるの……」
真尋はきょとんとしている。
「え?凪ちゃんのお父さん優しいよ?」
「そこじゃないの……」
凪の父は、満足そうに頷く。
「よし!次は受け身百回!」
「百回!?」
「強くなるぞ!」
「はいっ!」
完全に師弟関係だった。
凪は深いため息を吐く。
でも。
以前より笑うようになった真尋を見ると、少しだけ安心する。




