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感情制御で最強だけど、人類は見捨てられません!  作者: さとりたい
第1章「記憶に触れる風」

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第12話「薬草と獣の咆哮」(ノア視点)

 森へ向かう道すがら、私は無意識に詩式構文の感知術を展開していた。


 周囲の魔力の流れが乱れている。いや、それ以上に——濁っている。

 静かすぎる。風も、鳥の声もない。代わりに感じるのは、詩式構文が腐敗したような、濁流のような気配。


 少し先を歩いていたユナが、一度立ち止まり、振り返った。


 その眼差しはいつも通り淡々としていたが、わずかに注意を促すような気配があった。

 ミカが私の隣で歩を緩める。


「ミカ、油断するな。ここから先は……本当に危ない」


「うん……。目、離さないようにする」


 返事は軽いが、ミカの動きは確かだった。

 けれど、もしものときに反応できるほどの力はない。私は歩調を自然に彼女の側に合わせる。



---


 森の奥へ入ると、異常がはっきりと現れた。


 足元の草はほとんど枯れ落ち、葉脈には詩式構文の微弱な痕が焼き付いている。

 自然のものではない。誰かが意図的に残した“設計図”だ。


「……構文ノイズ。媒介体の干渉……。こんなに広範囲に?」


 私は枯葉を摘み、指先で構文を追う。

 魔力の共鳴が、根から周囲の植物へと広がっている。構文の波形が“生きて”いる。


 ——偶然ではなく、人為的なものだ。


「誰が……こんなことを……?」


 次の瞬間、唸り声が森を震わせた。



---


 それは巨体の魔獣だった。


 四肢を這い、背には詩式構文を刻まれた蔦が絡みついている。

 眼は濁り、息は荒い。皮膚に埋め込まれた詩式構文が、魔力を暴発させていた。


「……生体に直接、詩式を刻んだのか……!」


 私は詩式を組み上げ、即座に詠唱を走らせる。


「《鎮火の詩式・構文一〇八》、熱量収束!」


 詩式が解放され、火線が魔獣の肩をかすめる。焦げた蔓が焼け落ち、肉が裂ける。


「くっ……浅いか……!」


 魔獣が吠え、前脚で地を踏みしめた。

 その脚が横薙ぎに、地を抉りながら突っ込んでくる。


 私は地を蹴り、身体をひねって避けようとした。

 けれど、構文が乱れた。術の出力が不足して動きが半拍遅れた。


 ——間に合わない。


 魔獣の爪が私の肩先を掠め、重い衝撃が背中を襲う。

 私は地面を転がり、呼吸が止まりかけた。土と草の匂いが一気に鼻をつく。


 すぐに立ち上がろうとするが、その間に魔獣の視線がミカへと向いた。


「……っ、ミカ! 逃げ——!」



---


 そのとき、空気が裂けた。


 魔獣の爪が振り下ろされる——寸前で止まった。


 ユナだった。


 その小柄な体が、ミカの前に立ちふさがる。


 巨体の魔獣の爪を、彼女は片腕で受け止めていた。

 あまりにも静かに、当然のように。


 彼女の足元から芽吹く草が空間を変える。魔力の流れが反転し、構文の汚染が澄んでいく。


 ユナは無言のまま、右手を静かに振り下ろす。


 何かを打つわけでもない。ただその所作だけで、詩式構文がひとつずつ剥がれていく。


 背中の蔦、肌に刻まれた符号、光る魔力のライン——全てが、音もなく崩れた。


 そして、魔獣は——


 重たい音を立てて、その場に崩れ落ちた。


 枝が裂け、地が揺れる。

 森の静寂が、ようやく戻ってきた。



---


 ボタニカへ戻り、私はギルド提出用の報告書を書きながら、筆を止めた。


(……誰かが見ていた。観測していた)


 この構文、媒介、反応すべてが“予測された動き”のようだった。

 しかも、その結果を“待っていた者”がいる。

 ユナが構文を消し去った瞬間、確かに——視線のような“感覚”があった。



---


 遠く離れた地下の観測空間。

 幾何学的な文様が壁に浮かぶ静謐な部屋。

 仄暗い空気の中、ローブを纏った人物が一人、膝をついていた。


「目標、捕捉しました。観測コード07……すべての干渉構文、崩壊を確認」


 その前に立つ人物は、白衣を纏い、性別すら曖昧な仮面の人物だった。

 その存在は人間とも思えず、ただ“知性”と“観測”の意思だけがそこにあった。


 仮面の奥に揺れる瞳が、わずかに微笑んだように見えた。


「観測データを報告・転送いたします……あのお方へ」


 端末に入力された情報は、即座に闇の奥へ消えていった。


 そして、沈黙だけが残った。


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