第11話「芽吹きの影」(ミカ視点)
朝の光が、ようやく暖かさを取り戻してきた。
開店準備を終えた薬草店ボタニカの棚には、昨日仕分けたばかりの薬草が整然と並んでいる。
よろず相談も兼ねてから、最近は少しずつ街の人たちに頼られるようになってきた。
擦り傷の手当て、見慣れない草の鑑定、傷んだ保存薬の調合直し——派手じゃないけれど、そういうのが積み重なって「ありがとう」の声が増えてきたのは、嬉しいことだ。
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その日の午前中、私はいつもの市場へ仕入れに向かっていた。
果物屋の前を通りかかったとき、店主の顔色が曇っているのに気づいた。
「おじさん、どうかしたんですか?」
「ああ、ミカちゃん……いやな、ここ最近、野菜がさ。育ちが悪いどころか、実が付かねぇんだ」
店主は深く息を吐いた。
「朝にはしっかりしてた葉っぱが、昼にはしおれてる。日に焼けたわけでも病気でもねぇ。土が……変だ。農家も困ってるらしい。お得意さんに出す分も確保できねぇかもな」
私は思わず足を止めた。
市場の一角では、似たような話が他にも出ていた。
「家の畑もよ。実がつく前に花が落ちるんだ。薬草もダメでさ」
なんだろう。この前とは、空気が違う。
ただの気候変化じゃない、何かもっと深いところで異変が起きている。
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店に戻って、仕入れた薬草を棚に移していたとき、それはあった。
「……これ、なに?」
ひとつだけ、他の薬草と明らかに色合いが違っていた。
葉の縁が茶色く、中心には淡い紫の斑点。表面は微かに濡れているように艶めいていて、指先で触れると軽い痺れを感じた。
その瞬間、店内の観葉植物のひとつが、ぱたりと倒れた。
——まただ。
昨日までは元気だった鉢植え。根元から萎れ、葉先は黒ずんでいる。
私はすぐにその葉を小瓶に封じ、奥の作業部屋へと急いだ。
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「ノアさん、少し相談があるんですけど……」
書き物をしていたノアは顔を上げ、私の手元の瓶に目を落とす。
「また何か混ざっていたか?」
「はい。でも、ちょっと普通じゃなくて。市場でも作物の異変が起きてて、うちの鉢植えまで……それと、これを触った直後に、だったんです」
ノアは瓶を受け取り、じっと眺めた。
「この葉、詩式的干渉を受けている……構文がうっすら残ってるな。自然な変異じゃない。おそらく——」
「媒介だ」
その声に、私は息を飲んだ。
「媒介? ……何の?」
ノアが頷きながら説明を始める。
「詩式というのは、もともと何かを媒介にして力を伝播させる。魔力、言葉、身体。だが、これは植物そのものが、詩式の“橋渡し”として作用してる可能性がある」
「つまり、この薬草が……?」
「何かを拡げてる。“枯れ”か“乱れ”か、“混乱”か……。直接の術式じゃなく、環境をじわじわ侵すタイプの詩式かもしれない」
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「どなたか、いらっしゃいませんかーっ!」
店先から、若い男性の声が響いた。
私は慌てて扉を開けると、ギルドの制服を着た職員が額に汗を浮かべて立っていた。
「郊外の森で魔獣が暴走していて——!」
息を整えながら、早口で続ける。
「出現地点の一帯に、見慣れない植物が大量に繁茂しているとの報告が……すでに数人が負傷しています!」
私は驚いて小瓶を取り出し、職員に差し出した。
「この植物……見覚え、ありますか?」
職員は絶句し、瓶を見て、そして重々しくうなずいた。
「まさに、それです。根が紫で、葉に斑点があって……見てるだけで嫌な感じがしました」
確信が、背筋を冷たく撫でた。
……まさか、と思っていた。けれど、これはもう“偶然”では済まされない。
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そのとき、扉がまた開いた。
「……戻りました」
ユナが、静かに店内へ入ってきた。
私は思わず声をかける。
「おかえりなさい、ユナ。今、ギルドの人が——」
言いかけて、ふと彼女の手元に目をやる。
「あ……ユナ、その薬草……」
彼女の腕に抱えられた束の中、いくつかの草が、すでに半分以上枯れていた。
どれも先ほどの異常な薬草と、同じ種類のように見える。
ユナの表情は、珍しく暗かった。
私は深く息を吐き、状況を一から説明した。
異変の噂、市場での声、枯れた鉢植え、そして今の依頼の内容まで。
ユナは静かに話を聞いていた。
そして、小さく頷く。
「……行こう」




