第10話 店に灯る(ミカ視点)
街の門が見えたとき、私は小さくガッツポーズをした。
「ただいま戻りましたーっ!」
日常のざわめきが戻ってきた通りの空気。数日ぶりのこの景色に、胸がふっと軽くなる。
ノアさんはやや疲れた様子で無言のまま歩いていた。ユナさんは淡々と薬草ケースを抱えている。
私はノアさんの表情をちらりと見た。普段以上に無表情で、どこか遠くを見ているようだった。
「……ノアさん、あの、大丈夫ですか?」
「……ああ、心配無用だ。構文を少し外しただけだ」
それでも、彼が今日の戦いで何かに衝撃を受けたことは明らかだった。
「無理、しないでくださいね。ボタニカには、お茶も、寝床も、薬も揃ってますから」
軽く笑ってそう言うと、ノアさんは少しだけ目を伏せたままうなずいた。
* * *
帰還の翌日、私はユナさんとノアさんの二人を連れて依頼主のもとへ向かった。
場所は郊外にある古い研究施設を改修した建物で、薬草や詩式の研究者が集まっているという。
応接室に通されると、依頼人の男性がすぐに現れた。
「ようこそお越しくださいました。ご無事で何よりです」
私はユナさんから《翠影花》のケースを受け取り、丁寧に差し出した。
「こちらが、例の薬草です」
男は慎重に封を解き、香りを確かめ、透過光で葉の模様を確認した。
「ま、間違いありません……! これほどの保存状態で、正確に採取できるとは……」
感嘆の声とともに、机の上に置かれた袋を差し出された。
「こちらが、約束の報酬です」
ずしり。
私は中身を確認し、丁寧にお辞儀を返した。
「報酬、確かに頂きました」
* * *
その晩、私は《ボタニカ》でちょっとした夕食会を開いた。
ちょっと贅沢な料理を三人で囲むのは、思った以上に楽しかった。
お皿を片付け終えたころ、私は一度深呼吸して、二人を見た。
「お二人に、お話があります」
ユナさんは静かにこちらを見ている。ノアさんも、黙って耳を傾けていた。
「まず、今回の依頼の報酬ですが、これで当面の経営は持ち直せそうです。……でも、それだけじゃだめなんです」
私は帳簿と回収メモを机に広げた。
「実はこの数日、街の人たちから、これまでの未払い分を少しずつ回収してきました。ほとんどの人がちゃんと払ってくれました。助けられたお礼にって」
ユナさんは驚いたように目を見開いた。
「みんな、困ってたんです。お金がなくて払えなかった人もいたけど、それでも『ありがとう』って……」
ノアさんは少し視線を落としたまま、黙って聞いている。
「その中で、薬草や薬品の依頼の背景には『困ってる人』がいるって気づきました。だから私は考えたんです。困ってる人を、ちゃんと助ける仕事を続けようって」
私はギルドとの書簡を差し出した。
「商人ギルドや自治会とも話しました。薬草採取や調合の依頼の際に、詩式の力が必要な案件は、今後、ボタニカに紹介してもらえることになりました」
「それって……いわゆる、副業ってことか?」
「そう! でも、薬草採取の“ついで”ならいいかなって。薬草店のついでに困った人も助けちゃおう、なんて♪」
私はふたりに視線を移した。
「ユナさん。これからも一緒に、困ってる人を助けてくれますか?」
「……もちろん」
「ノアさん。あなたはどうしますか?」
「……僕はまだ、あの“風”を理解していない。だから、学院にはまだ戻れないな。分校を通して、レキシオンに滞在延長の連絡を入れておくよ」
「つまり、仲間ってことですね!」
私は笑いながら立ち上がった。
「では! 《ボタニカ》経営再建プロジェクト、正式に始動です!」
* * *




