秘密の対話
ワルツの旋律が舞踏会の夜を彩る。
シャンデリアの灯りが煌めく広間に、優雅な旋律が響き渡る。貴族たちの華やかな衣装が揺れ、大理石の床に映る影が円を描くように踊っている。
アンドレは手を差し出し、エリアスの指先にそっと触れた。細くしなやかな彼の手が、迷いなく彼女の指を包み込む。
「よろしくて?」
「ええ、お手柔らかに。」
微笑みを交わした瞬間、二人の足が自然に動き始めた。
音楽の流れに乗るように一歩を踏み出していく。
アンドレの動きは迷いがない。足の運びは滑らかで、腕の力は確かだが決して強引ではない。
ほんの僅かな手の動きでリズムを伝え、目線一つで次の動きを予告する。
彼に導かれるまま、エリアスはまるで風に乗る花びらのように可憐に舞う。
「大丈夫、私を信じて。」
彼の囁きとともに、軽やかにエリアスをリードをする。
エリアスは彼のリードを受け入れながら、まるで想いをともにするように寄り添い、流れるようなステップを刻む。
彼の腕がそっと彼女の腰を支えた。ほんのわずかに力がこもる。回転すると、エリアスの金の髪がふわりと宙を舞った。
エリアスの仮面の中に隠されたものがざわめいた。
「ずいぶんと踊り慣れていらっしゃるのね。」
エリアス──「エイラ」は、軽やかに足を運びながら、仮面の中の隠されたものの正体を気付かないようにしまい、微笑んだ。
これまで多くはなくとも、それなりの数の男性にダンスに誘われ踊ってきた。これまで上手だなと思った男性はいたが、ここまで踊りやすいと感じ安心できるのは初めてだった。
「貴族のたしなみとして、ね。それに、あなたこそ。」
アンドレは余裕のある笑みを見せながらリードする。
「まあ、女性として社交界に出る以上、これくらいは当然ですわ。」
エリアスはさらりと答えたが、その言葉にはどこか虚しさが滲んでいた。
アンドレは、それがほんの一瞬であるにもかかわらず、見逃さなかった。
「……あなたも、いろいろと大変な立場のようですね。」
エリアスは微かに目を見開いた後、すぐに微笑みを取り繕った。
「まあ、貴族としての責務は、誰しも大変なものですわ。」
「確かに。それに、結婚となると尚更でしょう。」
アンドレが何気なく言ったその一言に、エリアスの指がわずかに震えた。
「……結婚、ですか。」
エリアスの声音はどこか張り詰めていた。
「ええ。あなたほどの令嬢なら、すぐにでも相手が見つかるでしょう?」
アンドレは冗談めかした口調だったが、エリアスの表情はわずかに曇った。
「……父が、そろそろ婚約を決めると言っていますの。」
「そうですか。実は、私も同じような状況でしてね。」
その言葉に、エリアスは驚いたようにアンドレを見た。
「あなたも?」
「ええ。家のために結婚しろと。しかし……私には、簡単に受け入れられるものではない。」
アンドレはほんの一瞬、悲しそうな眼差しを見せてから、皮肉げな微笑みを浮かべた。
「私もですわ。」
エリアスは、どこか遠くを見るような瞳で呟いた。
お互い、家のために生きてきた貴族の子息。
そして、結婚によってその役割を決定づけられようとしている。
しかし──