バラの香りとともにエリアスのもとへ②
──その夜。
アデラは、自室に戻って一通の手紙をしたためた。インク瓶の蓋を開け、真っ白な便箋に丁寧に文字を綴る。
宛名はなかった。けれど、その文面は確かに、王の心に届くことを願って書かれていた。
『王よ、あなたが「力」を望むのなら、その代償もまた、知るべきです。
かつてあなたの血を引いた者たちは、誓いによってこの国を守ろうとしました。
私は今、彼らの意志に触れました。
この国を導くとはどういうことか──願わくば、あなたが思い出す日が来ることを、私は祈っています』
封をし、アデラはそれを机の上にそっと置いた。
そのとき、ノックの音がした。
「……入っていいか、アデラ。」
聞き慣れた、けれどどこか震えるような声。
彼女は驚きながらも、扉を開けた。
そこにいたのは、フォルモーネ公爵──彼女の父だった。
以前より老け込んだその顔は、けれどどこか柔らかく、優しさを湛えていた。
「……帰ってきたのだな。無事で、本当によかった。」
アデラは数秒、言葉を失い、やがてそっと抱きついた。
この日が来ることを、どこかで信じていた。
「お父様……心配をかけて、ごめんなさい。」
「お前が無事であれば、それでいい。……いや、強く、美しくなったな。」
その言葉に、アデラの頬が紅に染まる。
「でも、私はまだ……守るべきものがたくさんあるの。」
公爵は頷いた。
「だからこそ、お前が『戻ってきた』意味があるのだ。」
二人はしばらく黙っていた。けれどその沈黙は、かつてあった確執ではなく、ようやく通じ合えた父と娘の静けさだった。
その夜の窓からは、満天の星と、咲き誇るバラの香りが優しく流れ込んでいた──。




