氷の守護と帰還②
帰路につく前、アデラは森の清水の泉のほとりに立ち寄った。薬草が生える静かな場所だ。
そこで、アデラは小さな花束を作った。
白銀の草に、星形の蒼い花──長命草。冷気を帯びたこの森の限られた場所にだけ咲く薬草で、身体を癒し、魔力の回復も促すという幻の花だ。
(エリアスの身体に……少しでも役立てばいい)
アデラはそっとその花を包み布に包んで、懐にしまった。
竜の前に戻ると、雪はさらに深くなっていた。だが、冷たさは以前よりも柔らかい。森全体が、どこか穏やかになったように感じられる。
アデラは竜の前で一度深く頭を下げた。
「……ありがとう。ここを守ってくれて。」
竜は静かに鼻を鳴らし、そして山の高みに向かって飛び立った。もう暴れることはない。もはやこの森に、呪いも鎖も存在しない。
アデラは雪を踏みしめて歩き出した。
手には王へと届けるべき「記憶の宝石」、懐にはエリアスへの「癒しの薬草」。そして心には、解き放たれた竜の選択と、古き誓いの余韻が確かに残っていた。
雪に沈む足跡は、もう過去に戻ることはない。
王都に戻ったアデラを迎えたのは、冷ややかな空気と、いくつもの視線だった。
誰もが彼女が生きて戻るとは思っていなかった。いや、それ以上に──彼女が「竜と終焉の咆哮」に打ち勝つなどと、夢にも思っていなかった。
だがアデラは、静かに門をくぐり、血に汚れず、穢れもなく、ただ一点の誓いを胸に抱いて帰還した。
そして、アデラはフォルモーネ邸に帰るのではなく、ただ一つに向かって歩いていた。
王宮の謁見の間。玉座に腰掛ける王は、皮肉げな笑みを浮かべてアデラを見下ろしていた。
「……よくぞ戻った。まさか貴様が『あれ』を鎮めたとでも言うのか?」
アデラは言葉で答えず、懐から宝石を取り出した。
それは氷の雫のように青く透き通り、空気の一部をも凍らせるほどの冷気を纏っていた。室内にいた者たちが思わず息を呑む。
「これは、かつてこの森を聖域と呼んだ古の王族が守っていた『記憶の結晶』です。氷の竜の力を封じた源……そして、王家の誇りがまだ正しかった頃の名残です。」
「……それが、どうした?」
王の声は濁っていた。だがアデラは怯まずに続ける。
「この森の呪いは、人が引き起こしたもの。あなたのように、力を利用しようとする傲慢が、数百年かけて積み重なった結果です。」
玉座の間に、重苦しい沈黙が落ちる。
「これは、その記憶を知るにふさわしい者へ託されるべきものだと、私は思います。あなたがそれに値するかどうかは──ご自身でお考えください。」
そう言って、アデラは宝石を小さな銀の箱に納め、王の前に置いた。
王は、それに触れなかった。
ただ目を細め、何かを呑み込むように、指を組んで玉座に沈み込む。
「……下がれ。」
その一言で、アデラは頭を下げる。
そして、そのまま静かに謁見の間を後にした──。




