宝石と記憶と鳴く声②
扉の奥は、思っていた以上に静かだった。
冷たい石壁に囲まれた洞窟のような空間。けれど、湿気も、腐敗した空気もない。ただ澄み切った気配と、深く沈んだ静寂だけが広がっていた。
アデラの足音が、やけに大きく響く。
先ほど、宝石のような輝きを見せた紫の光は、彼女の胸元で脈打ち続けている。触れたときに感じた、あの温かくも痛みを帯びた「記憶」は、まだ体の奥で震えていた。
(あれは……誰かの声。過去を生きた誰かの後悔。そして、それが今もなお続いている……?)
傍らの竜が静かに鼻を鳴らす。まるで、何かを察知したかのように。
「なにか……感じるの?」
竜はわずかに頷くように首を振った。彼もまた、ここに何らかの因縁を持っている──いや、むしろここが彼の「始まり」の地だったのかもしれない。
進んでいくうちに、壁に刻まれた装飾が変わっていった。最初は単なる紋様だったが、次第にそれは「物語」のようなものへと形を変えていく。
古の文字、崩れた絵画。そこには、ひとつの「契約」が描かれていた。
人と竜が交わした、終焉の呪い──
それはかつて、この国が滅びを避けるために行った「儀式」だった。戦争、飢餓、疫病──すべてに襲われた国が、最後の希望として呼び出したのが、終焉の咆哮を操る竜。
だが、その代償は大きかった。
一人の騎士が、「生贄」として竜に心を捧げる。それによって竜は力を失い、森とともに封じられた。
(……この騎士、名前がない。でも……)
描かれた鎧、姿、そして剣──それは、まるでアデラ自身を描いているかのようだった。
「私が、これを……なぞっている?」
アデラが思わず壁に触れると、そこからふっと白い光があふれ出した。光は空間を包み込み、次の瞬間、彼女の視界が別の世界へと引きずり込まれる──
──空は赤く燃え、城が崩れ落ちていた。
瓦礫の中に立つ少女。銀髪を揺らし、銀の剣を握りしめるその姿は、やはりアデラによく似ていた。
「私が選ばれたの。誰の意志でもない、私自身の……終わりの選択を。」
少女は誰かに向かって叫んでいた。だが、相手の顔は闇に覆われて見えない。ただ、その声だけははっきりと耳に届く。
「宝石は鏡。誰かの記憶じゃない。ここに来るモノが、何を選ぶのかを問う『試練』なの。」
「じゃあ……私は?」
アデラが問う。幻の中の少女は、ふとこちらを見て、微笑んだ。
「あなたは、私の続きを歩く者。」
そう言って、少女はその場に崩れ落ちた。宝石の光とともに──




