終焉の咆哮②
彼女が目指すのは北方。王都から離れるにつれ、風は鋭さを増し、木々の葉は色褪せていった。
道中の村々では、彼女の姿に気づいた者がひそひそと噂を立てた。「嘘と微笑みでできた女」「仮面の騎士」「性別迷子の騎士様」──呼び名はまちまちだが、その瞳に宿る強さは誰の目にも明らかだった。
数日をかけてたどり着いたのは、地図にも載らぬ奥地。森の手前には古びた石碑が立っていた。
『ここより先、終焉の咆哮なり』
雪が積もり始めた地面に、アデラは静かに足を踏み入れた。
森の中は、まるで異国の世界だった。
枝には霜が付き、風に揺れる音さえ氷の鈴のように澄んでいた。木々は黒く、空は白く、すべてが無音だった。いや──違う。どこか遠くから、かすかな咆哮が聞こえていた。
「……本当に、竜がいるのね。」
伝説ではなく、現実。
その証拠に、雪の上に残る巨大な足跡があった。人間の三倍はあるだろう爪痕が、森の奥へと続いている。
恐怖が心をかすめた。だがそれでも、アデラは足を止めなかった。
なぜなら──この森を抜けることが、王への忠誠を証明する唯一の道であり、エリアスとの未来を手繰り寄せるための「運命」だから。
空が鈍く曇り始めた頃、雪はさらに激しさを増した。木々の間を縫うように進むうち、突如として地面が崩れ、アデラは足を取られて倒れた。
「──っ!」
咄嗟に転がって身を守る。剣が岩にぶつかり、金属音を立てた。立ち上がろうとしたそのとき──森の奥から、黒い影がこちらへと忍び寄ってきた。
四つ足の巨体。瞳は赤く、口から白い蒸気を吐き出す。
それは、まぎれもなく──竜だった。
(……来た、か)
アデラは剣を抜いた。雪が、風が、音を消していく中、彼女の心だけは奇妙なほど澄んでいた。
(私は生きて帰る。必ず)
燃えるような決意を胸に、アデラは静かに構えた。
竜の咆哮が、森に響いた。
終焉の咆哮──その名の意味が、今、ようやく実感を伴って迫ってくる。
(終わりじゃない。これは、始まり)
彼女の足が、一歩、雪を蹴った。
その瞬間、竜とアデラの眼差しがぶつかり合い、氷の森が、命の音を取り戻す。




