本心と建前
夜会が終わる頃には、エイラの微笑みがどこか遠く見えた。
華やかな舞踏会の余韻が残る中、アンドレとエイラは馬車に乗り込んだ。
貴族たちの前では「理想的な夫婦」として振る舞った二人だったが、馬車の中では沈黙が支配していた。
アンドレは隣に座るエイラをちらりと見やる。
彼女は窓の外を見つめ、物思いにふけっているようだった。
「……本当に何か大事なことを隠しているではないですか?」
馬車が静かに進む中、アンドレは低く尋ねた。
「……。」
エイラはゆっくりとアンドレの方を向いた。
「あなたこそ、最近様子がおかしいですわよ。」
「私が?」
「ええ。まるで、私のことを気にしているみたいに見える。」
「契約結婚とはいえ、夫婦ですからね。あなたの様子がおかしければ、気にもなります。」
「……契約結婚なのに?」
エイラの瞳が微かに揺れる。
「……そうだすよ。」
アンドレは誤魔化すように視線を逸らした。
契約結婚——。
それが二人の関係のすべてのはずだった。
だが、エイラの態度がどこか遠く感じるようになった時から、アンドレは焦りを感じていた。
なぜなのか、自分でも分からなかった。
「今日、ずっとあの男を見ていましたね。」
「……。」
エイラは一瞬、息を呑んだが、すぐに微笑みを取り繕う。
「偶然ですよ。昔、少し関わりがあっただけですから。」
「あなたのその『少し』はどの程度のものですか?」
「……。」
沈黙が流れ、馬車の車輪の音、馬の足音がけが聞こえていた。
アンドレはエイラの細い指がわずかに震えているのに気づいた。
何かがある。
そう確信しながらも、それ以上問い詰めるのを躊躇う自分がいた。
エイラが何かを抱えていると分かっているのに、深く踏み込むのが怖かった。
もし聞いてしまえば、この関係が変わってしまう気がする──そんな予感がしたから。
屋敷に戻ると、エイラは足早に自室へ向かおうとした。
「待ってください。」
アンドレが腕を掴むと、エイラは驚いたように怒ったよう振り返る。
「……何?」
「あなたともっと話がしたいです。」
「今さら?」
「今だからだです。」
アンドレの本気が伝わったのか、エイラは少しの間アンドレを見つめた後、ため息をついた。
「わかりました。でも、あまり長くは話せませんが、よろしいですね?」
アンドレはその言葉に不満を覚えながらも頷き、彼女を客間へと導いた。




