酸っぱい逃亡
幾日かの旅を終えた、雪がさんさんと降る夜…俺たちは門を抜けて、目的地であるカラシニに到着した。
今回の仕事人向かうことになったのは俺も含めて30人、規模はあの「黒い羊の救い」と戦った時とおんなじくらいではあるんだが、雪国だから野宿できない分、実際必要な規模よりも小さかったりする。
ヤナハさんがいれば大丈夫だったんだろうが……でもまあ、団長も強いんだし大丈夫だな。
用意してきた荷物を置いて、早速手配しておいた宿に、班ごとにそれぞれ散らばっていく。
俺の班は…
「セイスケ、ここだったんだな」
「シーヤさん!」
俺のペアは運良く、シーヤさんになっていた。
シーヤさんは俺が入団してからもずっと気にかけてくれているので、一緒にいられるなら心強い。
「もう夜も深くなる。さっさと宿行こうぜ」
「そうですね……特に俺、手とかほぼ凍ってますし…」
俺の手は鱗で覆われているから血の巡りで暖かくなることはない。
その分、外傷からは守ってはくれるがこういう寒さからは守っちゃくれない…つくづく不便というか…
ちなみに、夏はセラミスなんかが冷たさを求めて俺の手を頬擦りしてくる。やっぱり不便だ。
そんな冷たい手を温めるように暖かい腹に当てながら、俺とシーヤさんは宿に向かった。
ーーーーー
時刻は朝、あの後宿についてすぐ寝て、たっぷり睡眠をとった俺たちは早速仕事現場に……というわけではない。
到着の報告に行くのは団長とその付き添いが2、3人のため、俺たちは待機になる。
そんなわけで、尻尾と鱗を隠した俺は、町に繰り出してみることにした。
一応シーヤさんにも聞いてみよう。
「町に出ますけど、何か用事とか、欲しいものとかありますか?」
「いや、ここで武器の手入れしてっから、一人で楽しんで来な!」
少し寂しいが…でもまあ、一人だけってのも気楽でいいかな。
「行ってきます」
そうして、俺は、知らない町に飛び出した。
外に出ると早速、凍えるほどの風が俺を刺してくる。
「すごいな…あたり一面全部雪か…」
ニーノアから唯一来ることができる山岳部で、今は季節も冬…流石に雪遊びを楽しむ年ってわけでもないが、こういう非日常感は無性にワクワクしてくる。
…とはいえ、食糧調達と町のなんとなくの形の把握が目的だ…真面目にやらないとな。
外に出ると早速何人かの傭兵達が宿を出入りしてるのが見える。
でも人の活気が増してくると、すぐにその気配は他大勢に押しつぶされていった。
歩いていくと、いくつかのデカい塔が立ち並んでいるのが見える。
…窓から火が見えるけど、ありゃ城でも見張りようでもないよな…なんだありゃ。
いや、今はそれより食糧だな…寒すぎだ。
興味が増す前には体の震えに気づき、俺はすぐに朝一の方に向かっていった。
ーーーーー
「ガリトベナ!」
食糧をいくらか買って渡すと、俺は店主にそう言われた。
初めてこの大陸の言葉を聞いた時を思い出すが……まあ、おおかたこの地方の方言だろうな。「毎度あり」とかだろう。
方言なんてほとんど外国語と変わらない。
実際、一度故郷でも…ヒノマルでも、俺は他の地方から来たという同情破りの言葉の意味が結局分かりもしなかった。
外国語も方言も…今後長く使ってくわけじゃないなら、聞き流すかなんとなくかの感覚で理解するのが丁度いい。
そんなことを思いながら、買っておいた食糧の入った袋から、林檎を取り出して一つ齧る。
「酸っぱ!」
酸味がいっせいに俺の口全体を襲う。レモンなんかとは比べられないが、1番酸っぱい蜜柑のような…!
今冬だし、旬だろ…!?歯応えは申し分ないけど、それでも流石にキツイな…
これは……生で食うのはやめといたほうがよさそうだな。
町の下見も終わったわけだし、俺は宿に帰ることにした。
一応林檎を袋に戻すとして……
「いてっ」
誰かとの肩がガンっと、勢いよくぶつかる。
…いや、これわざとっぽいけど、もしかして…
「おいテメェ!どこ見てんダァ!?」
いかにもって見た目をした三下が俺の目の前に立っている。腰には使ってもいなそうなナイフ…なるほどな。
にしたってこういう手合いはどこにでもいるもんだな…
そもそも今の時代はいつ飢餓で死んでもおかしくないわけで、どこでも湧くのも納得ではあるけど…
「だからって同情はできないがな…」
「アァ!?テメェ今なんつったァ!?」
こういう事態には割と慣れてる。
デカいリュックに変わった格好のガキ…その筋の奴らからしたらカモがネギ背負ってるようなもんだろう。
そしてこういう時の1番の対処法は…
「一目散に逃げる!」
「あっ!?」
俺はリュックも革手袋も持ったまま、宿の方向に向かって走り出す。
下手に相手をしたって恨まれるだけだ。こういう時は平和的に諦めさせるのが1番!
「おい!そいつを捕まえろ!」
人混みの中からチンピラと似た格好をした奴が一人、俺に覆い被さるように襲ってくる。
「一人じゃねえのかよっ…!」
なんとか撒こうとするが、土地勘も人数差もある分流石に上手を取られたらしい。
裏路地の行き止まりに、俺は追い込まれていた。
流石に初めての土地で逃げおおせるってのはキツかったか…
「へっへっへ…」
チンピラ二人がナイフを懐から抜き、近づいてくる。
諦めた俺は、リュックを下ろし、ため息をついた。
一応この町にも兵士もいるんだろうが、魔物もいるこの世界……そう治安に割ける人員も多くはないだろう…
それはつまり…
「テメェらをボコっておいてもいいってことだよな」
「やってみ
ーーーーー
裏路地に、今にも気絶しそうなほどの傷を負った男二人が倒れる。その頬には、殴られた跡が大きく残っていた。
そして、それを見下ろすのは、俺だった。
「これからは頑張って真面目に生きてくれよ…母さんとか、悲しむだろ?」
聞こえているかは分からないが、どうか更生して欲しいもんだな。
先生みたいな人がいれば変われるんだろうが、流石に厳しい世界でそんな聖人君主も少ないか…
まあ宿がどこかも分かんなくなったし、さっさと裏路地を出て道を聞くとす…
スリスリスリスリスリ…
いつのまにか、知らない奴が俺の尻尾をスリスリと頬擦りしていた。
「…誰だよ……」
どうなってんだ。




