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鯛のあら炊きのほかに小魚のあら汁を出す。普段食いにいい。すり身団子のほかに野菜を練りこんだ天ぷらをだす。

博之は、鯛のあら炊きを皆に食わせながら、もう一つ考えていることを話し始めた。

「鯛のあら炊きは、これはこれでうまい」

 椀の中では、鯛の頭と大根が湯気を立てている。味噌だまりと生姜、ねぎの香りが混じり、

 確かに飯が欲しくなる味だった。

「けどな、毎日食う飯にするには、ちょっと高い」

 ヨイチが頷く。

「鯛はええ魚やしな」

「せや。鯛はええ身は焼いて高く売った方がええ。あらも使えるけど、港横丁で毎日出す飯としては、

もうちょっと安いものがいる

 そこで博之は、別の鍋を指した。

「小魚と野菜の出汁で取った、あら汁や」

「小魚?」

「アジ、イワシ、そのへんやな。あと大根、ごぼう、ねぎ、しいたけ。生姜も入れる」

 鯛のあら炊きとは香りが違った。

 鯛の方は上品で、脂と甘みがある。こちらはもっと庶民的で、魚の香りが強く、

 味噌と野菜でまとめた感じだった。

「そりゃ、鯛とアジやイワシでは味が違う」

 博之は言う。

「けど、こっちは安い。港で値がつきにくい魚や、売りにくい端を使える。毎日食いの飯にできる」

 お花が椀を受け取り、一口すすった。

「こちらは、体が温まりますね」

「せやろ」

「大根に味がしみています」

「そこや。大根を入れると、魚の出汁を吸う。野菜と一緒に食える」

 港で豚汁を毎日安定して出すのは難しい。豚を持ってくる手間もあるし、港の飯としては少し重い。

 だが、小魚のあら汁なら港で作れる。

「魚の余りと野菜で作れる汁や。安く出せる」

 侍の一人が頷く。

「港の者には合いそうですな」

「合うと思う」

 さらに博之は、魚すり身の団子串を持ち上げた。

「で、これや」

 アジとイワシを叩き、すり鉢ですり、塩と小麦粉少しで練り、生姜と大葉を混ぜたもの。

 小さく丸めて揚げ、三つ串に刺してある。

「これ、一回揚げるだけやと中の火が少し怖い」

 博之は真面目に言った。

「だから、揚げたあと、魚の串焼きの横で少し炙るのもありやと思っとる」

「二度火を通すんか」

「せや。熱々でも食えるし、安心や」

 ヨイチが串をかじる。

「確かに、炙ったら表面が香ばしくなるな」

「それも狙いや」

 すると博之は、下の者に声をかけた。

「おい、あれ持ってきてくれ」

 しばらくして、皿が運ばれてきた。

 そこには、丸く平たい揚げ物が何枚か載っていた。小判のような形で、包丁で一口大に切られている。

「これはまた何や」

 ヨイチが覗き込む。

「同じすり身や。けど、団子やなくて平たくした」

 中には、刻んだ生姜、大葉、ごぼうが混ぜ込まれている。切り口を見ると、白っぽい魚の身の中に、

ごぼうの細い筋や大葉の緑が見えた。

「つまんでみてくれ」

 皆が手を伸ばす。

 最初に声を上げたのは、お花だった。

「食感が面白いです」

 侍も頷く。

「団子串は本当に団子のようでしたが、これは少し違いますな」

 ヨイチはごぼう入りを噛みながら言った。

「ごぼうが入ると、噛みごたえが出るな」

「生姜のやつは、後から香りがくる」

「大葉は上品やな」

 皆の反応を見て、博之は満足げに頷いた。

「これや」

「どれや」

「同じ魚でも、形と混ぜるものを変えると、別の飯になる」

 団子串は、港や街道で食べ歩くのに向いている。

 平たいすり身揚げは、切って皿に盛れば、城下でも出せる。弁当に入れてもいい。

 少し冷めても食べやすい。

「握り物は生ものに近い。魚の塩焼きも日持ちはせん」

 博之は説明する。

「大量に仕入れて、何日も持たせるもんではない」

 だからこそ、揚げる。

 火を通す。

 形を変える。

 少しでも扱いやすくする。

「もちろん、これもずっと置けるわけやない。でも、朝作って昼に売る、昼作って夕方に売る

 くらいならいけるやろ」

「城下でも売れると?」

「売れると思う」

 博之は言った。

「松坂の城下なら、天ぷら油もある。野菜天のついでに揚げられる。物珍しさもある」

 値段も少し上げられる。

 ただの小魚ではない。

 すり身にし、薬味を混ぜ、油で揚げ、切って出す。手間がかかっている。

「手間賃と物珍しさで売る」

 ヨイチが笑った。

「旦那、だいぶ商人やな」

「前から商人や」

「いや、前は飯好きのおっさんやった」

「今も飯好きのおっさんや」

 場に笑いが起きた。

 博之はさらに続ける。

「でな、これを店で出すだけやなくて、時々、寺や神社で炊き出しみたいに出すのもありやと思っとる」

「団子を配ったみたいにですか」

 お花が聞く。

「そうや。ただ、団子みたいにばらまくんやない」

 寺や神社で、あら汁を少し振る舞う。

 すり身揚げを小さく切って出す。

 漬物飯と一緒に食べてもらう。

「飯を食わせながら、これが伊勢松坂屋の新しい港飯です、って知ってもらう」

 侍が頷く。

「評判作りですな」

「それと、敵を増やさないためや」

 博之は笑わずに言った。

「魚の端を買って、飯にする。あらを汁にする。捨てるものを減らす。寺や神社にも食ってもらう。そうしたら、少なくとも“あいつら悪いことばっかりしてる”とは言われにくいやろ」

 ヨイチは皿に残ったすり身揚げをまた一つつまんだ。

「まあ、これ食ったら悪口言いにくいわ」

「うまいか」

「うまい」

 お花も静かに笑う。

「皆、ずいぶん食べていますね」

 確かに、気づけば皿の上のすり身揚げはどんどん減っていた。アラ汁も、何度もおかわりが出ている。

 博之はその様子を見ながら、少しだけ確信した。

 港横丁の飯は、豚汁ではない。

 魚の出汁。

 あら大根。

 浜すり身串。

 小魚のあら汁。

 そして混ぜ飯。

 松坂の横丁で育った飯とは違う、港の横丁の飯が見え始めていた。

「どう思う?」

 博之が改めて聞く。

 ヨイチは、口の中のすり身揚げを飲み込んでから言った。

「正月の目玉、これでええんちゃうか」

 侍も頷く。

「九鬼の者も驚くでしょう。あらは珍しくなくても、ここまで形を変えるのは面白い」

 お花も言った。

「それに、庶民にも食べやすいと思います」

 博之は静かに頷いた。

「ほな、港横丁の支度に入る」

 鍋の湯気が、屋敷の天井へ上がっていく。

 魚の匂い、生姜の香り、味噌の香ばしさ。

 その中で、伊勢松坂屋の新しい飯が、また一つ形になろうとしていた。

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