11月の半月の方針を古参とはなす。足らんもんあるか?医者と薬。それに使おう。伊勢の街道に店を出す。市や寺で物資をふるまう
十一月に入り、博之はまた次の二週間の動きを決めていた。
手元には銭がある。店も増えた。人も百人を超え、横丁も郊外、城下、海沿いと広がっている。
だが、博之の中では、それがそのまま安心にはつながっていなかった。
「銭が一か所にあるのは危ない」
帳面を見ながら、博之はぽつりと言った。
ヨイチが横から覗き込む。
「また銭を使う話か」
「使う。早めに形に変える」
まず決めたのは、伊勢方面の街道に拠点を出すことだった。
松坂の港方面の街道に出した形を、そのまま応用する。
味噌田楽、鶏串、団子、弁当屋。
四つを一組にして、街道沿いに置く。
「最初はトントンでええ」
博之は言った。
「人が通る道に、飯が食える場所を作る。まずはそれでええ」
さらに、郊外と城下には握り飯屋を出すことにした。
たくあん飯、茄子飯、紫蘇飯、梅飯、粗汁握り。すでに料理場で試している。漬物もある。
飯も炊ける。笹で包めば持ち運べる。
「これはすぐできるやろ」
ヨイチも頷いた。
「握り飯なら、下の子でも回せるな」
「せや。選べるのが強い」
客は二つ選んで持っていく。三つ買う者も出るだろう。街道でも、城下でも、休みの日でも売れる。
さらに、市の日にはまた芸人を呼ぶことにした。
六千文かかる。
安い金ではない。
だが、今はあえて使う。
「毎回やるわけやない。でも今、銭があるうちにやっておく」
今回はそれに加えて、団子を二百個、先着で配るという触れ込みも出すことにした。
「団子二百個?」
お花が少し驚く。
「配る。全部売るんやなくて、覚えてもらう」
芸人、団子の振る舞い、人の整理。合わせて初期経費は八千文ほど見込んだ。
それでも、博之は迷わなかった。
「銭を抱え込んで狙われるより、町に顔を作る方がええ」
方針が決まると、皆の動きは早かった。
すでに何度も横丁を立ち上げてきたことで、要領は分かっている。どこに火を置くか。
どこで団子を焼くか。どこに弁当を並べるか。誰が客を捌き、誰が銭を受けるか。
昔のように、博之が一から十まで指示しなくても、古参たちが次々に動いていく。
その様子を見ながら、博之は別のことも考えていた。
「なあ、今、何が足らんと思う?」
古参の一人に聞く。
その子は少し考えてから言った。
「お医者さんと、薬屋さんですかね」
博之は目を細めた。
「……確かに」
人は百人を超えている。
飯はある。寝床もある。湯浴みもある。布団も整えつつある。
だが、病や怪我は避けられない。
「かかりつけの医者が欲しいな」
博之は呟いた。
「薬屋も、常設までは無理でも、薬売りが来たらちゃんと買いたい」
方針はすぐに決まった。
医者や薬売りが来た時には、手厚くもてなす。滞在費も出す。必要なら一万文分ほどまとめて
薬を買う。
「そんな太っ腹でいいんですか」
古参の子が驚く。
「今だけや」
博之は真面目に言った。
「焼け野原になったら全部終わる。銭を抱え込んでても、病で人が倒れたら意味がない」
梅干し、紫蘇、生姜、腹薬、傷薬、薬草茶。そういうものがあるだけでも安心が違う。
「飯食わせても、腹壊したら終わりやからな」
博之はそう言った。
さらに、寺への挨拶も増やすことにした。
漬物がある程度できてきた。たくあん、茄子、かぶ、紫蘇。全部を売るだけではなく、
少しずつ寺に分ける。
「お寺さんに持っていこう」
「漬物をですか」
「せや。来た人に少し試し食いしてもらうように頼む」
寺には人が集まる。困った者も来る。旅人も寄る。
そこで伊勢松坂屋の漬物を知ってもらえれば、商売にもなるし、評判にもなる。
「旦那、ほんま太っ腹ですね」
ヨイチが言う。
「太っ腹ちゃう」
博之はすぐに返した。
「敵を増やしたくないんや」
場が少し静まる。
「もしうちが襲われた時に、周りが“まあ、あそこは潰れてもしゃあない”と思うのか、
“旦那かわいそうやな”と思うのかで、だいぶ違う」
侍の一人が頷いた。
「確かに。町の空気は大事です」
「そうや」
博之は言った。
「普段から寺に渡す。町に銭を落とす。団子を配る。医者や薬売りを大事にする。
そういうのは全部、自衛策でもある」
ヨイチが腕を組む。
「いろいろ考えとるんやな」
「考えなあかんやろ」
博之は苦笑した。
「うちは武士やない。刀で守れへん。飯と銭と評判で守るしかない」
伊勢方面の街道拠点。
新しい握り飯屋。
市の日の芸人と団子の振る舞い。
医者と薬売りへの手当。
寺への漬物の差し入れ。
どれも、単に儲けるためだけではなかった。
人を置く。
飯を出す。
銭を回す。
顔を作る。
それが、博之なりの守りだった。
十一月の空気は冷え始めていた。
だが、伊勢松坂屋の周りでは、まだ火が消える気配はない。
新しい釜に火が入り、団子が焼かれ、握り飯が笹に包まれていく。
博之はその様子を見ながら、静かに思った。
――銭は貯めるだけでは守れん。
使って、散らして、根を張る。
それが、この時代で生き残るための商いなのだと。




