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11月頭。さぼっていた10月分の計算に忙殺される博之。利益が40万文、湯あみの売り上げが4万文www費用でるも合計37万文残る

ここ一か月ほど、博之は利益計算を後回しにしていた。

店は回っている。人も増えている。城下の横丁も形になり、海沿いの拠点も動き始め、湯浴み場や弁当、親子丼、天ぷら定食と、新しいものも次々に試している。

 だが、その分、帳面は溜まっていた。

 朝から紙を広げ、昼も飯をかき込みながら数字を追い、夜になっても墨と筆を手放せない。

「……あかん。これは溜めたらあかんやつや」

 博之がぼやくと、横で書き付けを手伝っていた古参の子が、ぐったりした顔で頷いた。

「旦那、これ一月分はしんどいです」

「せやろ。わしも今、心折れかけとる」

 初期の者たちも頑張ってくれている。売上の紙は以前より整っているし、店ごとの数も

分かるようになってきた。

 だが、一か月分をまとめて見るとなると話は別だった。

 郊外の横丁、城下の横丁、海沿いの店、弁当、漬物、湯浴み、蜂蜜饅頭、麦茶。数字の山である。

 ようやく大まかな計算が出た頃、博之は思わず息を止めた。

「……十月分、利益が四十万文ぐらい出とる」

 ヨイチが横から覗き込んだ。

「四十万?」

「ざっくりやけどな」

 さらに、湯浴み場が思ったより大きかった。

最初に湯浴み場へ使った金は一万文ほど。だが、月の利益は四万八千文ほど出ている。

もちろん燃料や道具の原価はある。人も動いている。

 ただ、人件費はもともとの従業員の中で回している。別で全体の人件費として計算しているため、

湯浴み単体で見れば、やけに利益が立っていた。

「……なんで湯浴みでこんなに出とんねん」

 博之は頭を抱えた。

 飯屋のはずだった。

 それが、湯浴みと麦茶と蜂蜜饅頭で妙な銭を生み始めている。

 全体をざっくり見ると、利益は四十五万文ほど。

 そこから人件費十四万文。

 新しく城下と郊外で二十人ずつ、合わせて四十人入れたため、湯浴み、着物、寝具、飯などの

初期手当で一万六千文。

 馬での移動や運搬に一万文。

 男衆向けの高めの湯浴み場も作ることにして八千文。

 椎茸、養鶏場、道具、油、弁当箱、漬物桶、その他の維持費で六万文。

 さらに賃上げで二万五千五百文。

 いろいろ引いても、最終的に二十万文ほど増える計算になった。

 今ある銭と合わせると、三十七万二千文。

 その数字を見た瞬間、博之はげっそりした。

「……あかん」

 ヨイチが呆れた顔をする。

「なんで銭増えて落ち込むねん」

「金はありすぎると狙われる」

 博之は真顔で答えた。

「そらそうかもしれんけど」

「新しく人も雇って、百人を超えてきた。こんなもん、一か所に固まってたら目立つに決まっとる」

 ヨイチは肩をすくめた。

「でも、余ってることはええことやろ。俺ら無一文から始まってんねんぞ」

「それはそうや」

 博之は認めた。

「けど、店をもっと出したいのに、人の修行が追いついてへん。金はある。

けど任せられる人がまだ足らん。そこが噛み合ってないから、こんなところに金が余る」

 お花が穏やかに言った。

「でも、大むねうまくいっているということではありませんか」

「そうなんやけどな」

 博之は帳面を見つめながら、しばらく考え込んだ。

「正月に、振る舞い飯でもするか」

「振る舞い飯?」

 ヨイチが顔を上げる。

「百人前、二百人前ぐらいの団子や、親子丼や、天ぷらを用意する」

「天ぷらまで振る舞うんか」

「少しだけや。全部は無理や」

 博之は指を折る。

「城下の人に振る舞う。九鬼水軍の方へ納めに行く時にも持っていく。寺回りにも、

銭だけやなくて飯を持っていく」

 お花が目を細めた。

「振る舞い酒ではなく、振る舞い飯ですね」

「そうや。うちは飯屋やからな」

 お花は静かに頷いた。

「それは良いお金の使い方かもしれません」

「ほんまか」

「ええ。関係も良くなりますし、こちらがどんなものを作っているかも知ってもらえます」

 さらに、お花は続けた。

「それに、振る舞いをしながら世間話をすれば、足りないものも見えてくるかもしれません。

飯のこと、湯浴みのこと、布団のこと、交流のこと。町の人が何を欲しがっているか、聞けますから」

 博之は苦笑した。

「それ、また仕事増えるやつやな」

 ヨイチも横から言う。

「しかも、なんか儲かる匂いするな」

「儲かってええんやで」

 博之が真顔で返すと、ヨイチはため息をついた。

「旦那、もう完全に麻痺してるわ」

「麻痺してへん」

「三十七万文持って、金減らすために飯配ろうとか言うてる時点で、だいぶおかしい」

 博之は少し黙り、それから笑った。

「でも、みんな食っていかなあかんからな」

 まだ一年も経っていない。

 三月にボロ小屋で豚汁を始めた頃を思えば、今の状況は夢のようだった。けれど、

夢は油断するとすぐに崩れる。

「まだ一年も経ってへん」

 博之は自分に言い聞かせるように言った。

「まずは一年や。決めたことをちゃんとやる」

 ヨイチがにやにやしながら言う。

「やっぱりあれちゃうか。かわいい嫁さんでも欲しいんちゃうか」

「なんで今その話になるねん」

「旦那、店ばっかり嫁みたいに言うからや」

 お花も小さく笑っている。

 博之は手を振った。

「いやいや。変に女をはべらせて、ぐちゃぐちゃになるより、今は着実にやる方がええ」

「奥手やなあ」

「うるさい」

 博之は帳面を閉じ、立ち上がった。

「それに、飯作るのは好きやしな」

 ヨイチが笑う。

「ほな、また水場か」

「飯の試作や」

 そう言って、博之は水場へ向かった。

 帳面の数字は重い。

 三十七万二千文という銭も重い。

 だが、鍋の前に立つと、少しだけ気が楽になる。

 湯気が立ち、米が炊け、出汁の匂いが広がる。

 結局、博之にとって始まりはいつもそこだった。

 金をどう使うか。

 人をどう守るか。

 店をどう広げるか。

 その答えは、だいたい飯の中にある。

 博之は袖をまくり、静かに手を洗った。

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