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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★250.9万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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重い話のあと伊勢松坂屋の心得会をやろうと。お花さん4分の1,ヨイチ4分の1、博之半分。飯の道の会開催。

蟹江の国人衆と一向宗の代表たちが帰っていく時、その背中は来た時よりも少し重かった。

 だが、沈んでいるだけではない。

「……結局のところ、俺たちも腹くくらなあかん時に来てるっちゅうことやな」

 国人衆の一人が、ぽつりと言った。

 一向宗の代表も頷く。

「城を取り返しただけでは、人は戻らん。飯を出すだけでも足りん。頭を下げて、町を戻して、

 先の形まで考えなあかん」

「織田につくか、北畠につくか、北伊勢で固まるか……」

「どれも楽ではないな」

「けど、何も決めんまま一年過ごしたら、その時は終わりや」

 そう話しながら、彼らは松坂を後にした。

 見送った博之は、しばらく門の前で立っていた。

 重たい話だった。

 蟹江の復旧だけなら、まだ飯屋の範囲で済む。炊き出し、市、仕事、寝床、湯浴み。

 そこまではできる。

 だが、その先にあるのは、国の選択である。

 織田につくか。

 北畠につくか。

 北伊勢としてまとまるか。

 それを飯屋が決めるわけにはいかない。

「……疲れた」

 博之は屋敷に戻るなり、畳に転がった。

 お花が茶を置く。

「旦那様、重たい話が続きましたね」

「続きすぎや。わし、飯屋やぞ」

 ヨイチが帳面を抱えながら言う。

「その飯屋が、今や国人衆に進路相談されております」

「最悪や」

「でも、逃げられません」

「分かってる」

 博之は天井を見上げ、しばらく黙っていた。

 そして、ぽつりと言った。

「……ちょっと重たい話続きやったから、とりあえず心得の話をしようか」

 お花が顔を上げる。

「心得会ですね」

「そう。そろそろ本気でやらなあかん」

 ヨイチが筆を取る。

「どういう形にしますか」

 博之は体を起こした。

「一刻ぐらいでええやろ。三人で喋る」

「三人?」

「お花さん、ヨイチ、わし」

 博之は指を折った。

「四分の一は、お花さんが給仕や女衆、現場の空気を見る話をする。どう声をかけるか。 

 飯場で荒れた人をどう落ち着かせるか。子どもや女衆をどう扱うか。そういう話や」

 お花は少し困った顔をした。

「私ですか」

「お花さんしかできん」

「普段やっていることを話すのは、意外と難しいですよ」

「だから四分の一でええ」

 広行は次にヨイチを見る。

「もう四分の一はヨイチ。帳簿の見方、銭の流れ、買い付け、使いすぎ、貯めすぎ、

 こういうところや」

 ヨイチは即座に眉をひそめた。

「帳簿の話を四分の一で済ませるんですか」

「むしろ四分の一でも長い」

「ひどいですね」

「いや、数字を並べたらみんな寝る」

 お花が少し笑う。

 博之は真面目な顔で続けた。

「帳簿の細かい勉強は、別の会でやればええ。現場に入れて教えるとか、交換で拠点を回らせるとか、

 そういう形や。みんなを集めて茶飲みながらやる会で、延々と数字やったら死ぬ」

「まあ、それはそうです」

 ヨイチも渋々頷いた。

「で、残り半分はわしが話す」

「旦那様が半分ですか」

 お花が目を丸くする。

「長いです」

「長いけど、いる」

 博之は苦笑した。

「伊勢松坂屋がどうできたか。根無し草で、五百文持って松阪で飯屋を始めたところからや」

「信長公に送った手紙のような話ですね」

「そう。それを一通り話す」

 博之は少し遠くを見る。

「布団二百組の話。地侍に身代金を要求された話。伊賀から信楽へ道ができた話。

 長野家の若侍に信楽焼を買わせた話。奈良の坊さんに百五十万文投げた話。蟹江の話。

 織田信長と飯食った話」

「だいぶ多いですね」

「多い。けど、それがうちの筋や」

 ヨイチが筆を止めた。

「筋、ですか」

「うん」

 博之は頷く。

「掟だけ作ってもあかん。“炊き出しをしろ”“寄進をしろ”“地元と仲良くしろ”って書いても、

 なんでそうするか分からんかったら形だけになる」

「話として残すわけですね」

「そう」

 博之は少し笑った。

「しかも、面白おかしくや」

「旦那様の馬鹿話ですね」

「馬鹿話でええ」

 博之は開き直った。

「むしろ馬鹿話の方が残る。偉そうな教訓より、“旦那がまたやらかした”の方が覚えやすい」

 お花が頷いた。

「確かに、新しく入った者には伝わりやすいかもしれません」

「で、聞いた者たちは、それぞれの拠点に戻って小話みたいに話す」

 ヨイチが書き留める。

「本店で聞いた話を、蟹江、桑名、四日市、伊勢、鳥羽、津島、常滑へ持ち帰る」

「そう。そしたら、面白かった話だけが残る」

 博之は指で円を描いた。

「“あの話は受けた”“あれは誰も覚えてへん”“このくだりは泣くやつがいた”“これは笑いが取れる”。

 そういうのを吸い上げる」

「そして本にする」

「そうや」

 広行は少し照れくさそうに言った。

「最初から立派な本にしようとせんでええ。まず話して、残った話だけを本にする」

 お花が微笑む。

「おはこの話だけを残すわけですね」

「そう。わしの持ちネタ集みたいになるけどな」

「旦那様、語り部ですね」

「嫌やなあ」

 ヨイチが少し真面目な顔で言った。

「ただ、三人で一刻となると、旦那様が半分は妥当かもしれません」

「やろ」

「私が帳簿を三分の一話すとなると、聞く側が苦しみます」

「自覚あるんや」

「あります。数字なしで帳簿の話はできませんし、数字を出すと眠くなります」

 お花も苦笑する。

「私も、現場の話を長くしすぎると、たぶん説教臭くなります」

「だから四分の一ずつでええ」

 博之は頷いた。

「お花さんは“人を見る”。夜市は“銭を見る”。わしは“なぜそうなったか”を話す」

「三者三様ですね」

「それでええ」

 そして、博之は大きく息を吐いた。

「仕事終わった後の夜やな」

「夜ですか」

「昼は無理や。店が動いとる」

「では、交代で」

「うん。茶でも飲みながら、硬くならんように」

「布団を並べますか?」

 お花が冗談めかして言うと、博之は反応した。

「それええな」

「冗談です」

「なんでや。みんなでゴロゴロしながら聞いたらええやん」

「寝ます」

「寝るか」

「寝ます」

 ヨイチも即答した。

「では、座敷に集めて、茶と少し甘いものを出しましょう」

「甘いものいる?」

「いります。眠気対策です」

「なるほど」

 博之は少し笑った。

「ほな、一回やってみよう」

 お花が頷く。

「第一回、伊勢松坂屋心得会」

「名前、堅いな」

「旦那様の昔話会」

「軽すぎる」

 ヨイチが淡々と言う。

「では、“飯の道の会”で」

 博之は少し黙り、そして笑った。

「……まあ、それでええか」

 重たい国の話の後で、彼らはまた飯屋の中へ戻っていく。

 けれど、その飯屋はもう、ただ飯を出すだけでは足りない場所になっていた。

 人を育てる。話を残す。

 心得を染み込ませる。

 誰か一人が倒れても、飯が炊けるようにする。

 そのための最初の夜会が、静かに始まろうとしていた。

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