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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★250.9万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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松坂城の会談後伊勢松坂屋の本店を見て意外と小さいと思う一行。宿泊用の施設に迎え入れられ就寝。明日は伊勢。

松坂城での会談は、予想以上に穏やかな空気のまま終わった。

 信長も、松阪の城主も、藤吉郎も、酒を飲みながら笑っている。

 あれだけ胃を痛めていた博之としては、正直、生きた心地がしていなかったので、

 会談が無事終わった時点でかなり肩の力が抜けていた。

「……いやー、とりあえずよかった」

 城を出ながら、博之は本気で胸を撫で下ろした。

 お花が横で呆れる。

「旦那様、途中から普通に天下の話してましたよ」

「いや、振られたからや!」

「振られても普通そこまで答えません」

「だって信長公、めっちゃ聞いてくるんやもん」

 後ろを歩いていた藤吉郎が吹き出す。

「旦那、あれは殿も楽しくなってましたからな」

「こっちは寿命縮んどるんです」

 信長はそれを聞いて笑っている。

「お前、ようあそこまで喋ったな」

「だから怖かったんですよ!」

 そんなことを言いながら、一行は伊勢松坂屋の本店へ向かった。

 信長は、途中で少し首を傾げた。

「……意外と普通やな」

 目の前にあるのは、確かに立派ではあるが、城のような巨大屋敷ではない。

 港で大規模な横丁を動かし、九鬼水軍と組み、各地に拠点を持ち、

 織田と北畠の間を取り持つ男の本拠地にしては、妙に人間臭い大きさだった。

 滝川筋の者も思わず言う。

「あれだけ大立ち回りしてるから、もっとでかい屋敷かと思ってました」

 博之は苦笑した。

「いや、でかい屋敷って寂しいんですよ」

「寂しい?」

「一人ぽつんって感じになるじゃないですか」

 信長が笑う。

「お前らしい理由やな」

「これぐらいの広さやったら、女衆が遊んでくれるんです」

 お花が即座に突っ込む。

「語弊があります」

「いや、違うやん。なんかこう、廊下ですれ違ったり、飯食ってたら誰か来たり、

 いらんこと言うたら突っ込まれたりする感じがええんですよ」

「旦那様は放っとくと余計なことしかしませんからね」

「そこまで言う?」

 ヨイチが真顔で頷く。

「事実です」

 座が笑いに包まれる。

 博之は肩をすくめた。

「だから、このぐらいで十分なんです」

 だが、その代わり――と博之は指を向けた。

「宿泊用のところはちゃんと作ってます。旅人も商人も水軍衆もおりますから」

 案内された先には、別棟の宿泊施設が整っていた。

 大部屋だけではない。

 少人数用の部屋。

 湯治場へ近い部屋。

 荷を置きやすい土間付き。

 女衆や子ども向けの仕切り。

 さらには、夜でも炊き出しが受けられる小さな飯場まである。

 藤吉郎が感心した。

「ほんまに至れり尽くせりですな」

「旅って、寝る場所と湯と飯でかなり変わるんです」

 博之は当然のように言う。

「特に伊勢参り帰りって、みんな疲れてるから」

 信長は宿の造りを眺めながら呟いた。

「……宿場町を先に作ってる感じやな」

「近いです」

 博之は頷いた。

「今は港周りだけですけど、これを街道沿いでも少しずつやりたいんです」

「飯の道、か」

「はい」

 お花が説明を続ける。

「明日は朝、希望される方は朝湯を浴びていただけます。その後、陸路で伊勢へ向かいます」

「船ではないのか」

「行きは陸路の方が、伊勢への流れが見えますから」

 ヨイチが地図を広げる。

「途中の宿場、人の流れ、寄進の場所、物売り。全部見てもらう予定です」

「なるほど」

「伊勢城主との会談の後、伊勢神宮へ参拝。その後、帰りは船で松阪港まで一気に戻ります」

 滝川筋の者が感心する。

「考えられてるな……」

「疲れ切ってから陸路戻るとしんどいんです」

「だから帰りだけ船か」

「はい。旅って、最後に楽させると満足度上がるんですよ」

「お前ほんま商売人やな」

「飯屋です」

「そこに戻すな」

 また笑いが起きた。

 夜も更け、一行はそれぞれ宿へ入っていく。

 織田の武士たちは、畳の匂いと湯治上がりの心地よさに、思った以上に疲れていたことを知った。

 滝川筋の者などは、布団へ入った瞬間に呻いた。

「……柔らかい」

 横で藤吉郎が笑う。

「旦那、布団には異様に金かけますからな」

「なんでや」

「寝不足やと、人は荒れるんですって」

「そんな理由で布団に十六万文使うか普通」

 別の部屋では、信長が静かに座っていた。

 障子の向こうから、女衆の笑い声が少し聞こえる。

 大名の城ほど静かすぎない。

 かといって、騒がしくもない。

 妙に“人が生きている”空気がある。

 信長は小さく笑った。

「……なるほどな」

 ただ豪華なだけではない。

 人が戻ってきたくなる場所を作っている。

 それが、伊勢松坂屋なのだ。

 その頃、博之はようやく自分の部屋へ戻っていた。

 畳へ転がり込み、天井を見上げる。

「……疲れた」

 お花が呆れ顔で覗き込む。

「まだ明日ありますよ」

「知ってる」

「伊勢神宮です」

「知ってる」

「信長公もいます」

「知ってる!」

 夜市が帳面を持って現れる。

「あと明日の寄進の段取り、確認しておきます?」

「……今?」

「今です」

 博之は目を閉じた。

「わし、ただの飯屋やのになあ……」

 廊下の向こうで、女衆たちの笑い声がまた響いた。

 その声を聞きながら、戦国の覇者たちは、それぞれ静かに眠りにつく。

 明日はいよいよ、伊勢。

 博之が「価値観が変わる」と言い続けた場所へ向かう日だった。

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