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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★250.9万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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穏やかに飯の会談が進む。蟹江の郊外と城下を見て頂くことや海鮮焼きの話が出てきて博之は勝負所やと感じる

信長は、マグロの汁物をもう一口すすった。

 それから、椀の中をじっと見た。

「マグロの汁物など、食うたことがない」

 博之は、少しだけ背筋を伸ばした。

「普通は、あまり食いません」

「そうなのか」

「はい。マグロは、場所によっては捨てるものに近い扱いです。大きい魚ですし、

 扱いも難しい。脂っこいところは、新鮮さや運び方の問題もありますから、私どもでも

 扱いが難しいです」

 信長は椀を見たまま言った。

「では、これは何や」

「赤身のところです。きちんと火を入れて、味噌で炊いてやると、肉みたいとまでは言いませんけど、

 しっかりした味になります。生でどうこうするのではなく、火を通して、汁にして、

 飯と一緒に食える形にするんです」

「捨てるような魚に、値がつくわけか」

「そうです」

 博之は頷いた。

「値がつかない魚に、食えるところを見つける。これが一つです」

「すり身もか」

「はい。魚のすり身も同じです。値がつかない魚、形が悪い魚、小さい魚。そういうものを

 内臓を抜いて、すり潰して、こねて、油で揚げる。すると、安い割にうまく食えます」

 信長は、すり身揚げを一つつまんだ。

 口に入れる。

 少し噛み、飲み込んでから言った。

「うまいな」

「ありがとうございます」

「だが、これも高く売るのか」

 博之は苦笑した。

「多少は。正直に言えば、少し値を張って売っています。形を整えて、揚げて、皿に乗せて、

 汁と一緒に出す。そうすると、ただの安魚ではなくなりますから」

 信長の口元が少し動いた。

「正直やな」

「嘘をついても仕方ありません。ぼったくりと言われたら困りますけど、ただの材料費では

 売ってません。手間賃、場の値、炊き出しに回す分、湯浴みや寝床に回す分。その分も乗っています」

 信長は、すり身揚げを見つめた。

「値がつかないものに、値をつける」

 その言葉に、博之は内心でひやりとした。

 鋭い。

 やはり、この人は飯をただ味だけで見ていない。

「九鬼水軍が、お前を重宝する理由はそこか」

「……大きいと思います」

 博之は慎重に答えた。

「魚をただ獲って終わりではなく、値をつける。捨てるものを飯にする。港で人が食うものにする。

 そこに少しだけ私どもの役目があります」

 信長は椀を置いた。

「飯はうまい。だが、あんたの飯は、気づきが遅れてくるな」

「気づき、ですか」

「うまい飯とまずい飯くらいは分かる。高い飯と安い飯も分かる。だが、

 値段の価値を変えるということのすごさは、わしは商人ではないが、なんとなく分かる」

 信長は、港の方へ目を向けた。

 鉄板では、お好み焼きが焼けていた。女衆が具の意味を話し、子どもが笑い、大人が覗き込む。

 焼けるまでの時間が、そのまま小さな市のにぎわいになっている。

「弓矢と鉄砲の違いみたいなものやな」

 その言葉に、場が少し静かになった。

 博之は、ゆっくり頷いた。

「そんなものかもしれません」

「同じ人を傷つける道具でも、使い方も、集め方も、場の作り方も変わる。飯も同じか。

 腹を満たすだけなら粥でよい。だが、あれは違う」

 信長は鉄板を指した。

「人を寄せている」

「はい」

「待つ時間まで売っている」

「そうです」

「小話までつけて、縁だの根を張るだのと言わせている」

「そこは、女衆がうまいんです。私が言うと縁が逃げるらしいので」

 藤吉郎が思わず笑った。

「そこは松坂でも言うておりましたな」

 信長も少し笑った。

「お前、自覚はあるのか」

「多少はあります」

「多少かい」

「いや、さすがに最近は、皆さんが思っている飯屋の外にいるんやろうな、という自覚はあります」

 藤吉郎が横で言った。

「その自覚が遅いんです」

「ひどい」

 信長は、肉あんを一つ口に入れた。

 しばらく噛んでから、低く言った。

「小話は山ほど聞いた。伊賀の地侍、信楽焼、奈良の坊主、百五十万文。面白すぎる。

 ただの飯屋ではないことは分かる」

「私は飯屋でいたいんですけどね」

「そこが面白い」

 信長は、少し表情を変えた。

「長野家の話も聞いた」

 博之は、わずかに姿勢を正した。

「木下様から、聞いていただいたと思います」

「あれは、お前が飯と物流で家一つ潰したようなものやな」

「潰したくて潰したわけではありません」

「だろうな」

 信長は、あっさり言った。

「だから余計に怖い」

 博之は困った顔をした。

「長野家の殿様が北畠に入ったのは、うちが攻めたからではありません。港や郊外の仕事が

 うちと絡んで、現場の家臣さんたちが、殿様の言うことより仕事が回る方を選ぶようになった。

 殿様が匙を投げて、北畠様に行った。そういう話です」

「それを潰したと言うのや」

「言わないでください」

「自分がその殿様やったら、ぞっとする」

 信長の声には、笑いだけではないものが混じっていた。

「兵に裏切られるのも怖い。家臣に背かれるのも怖い。だが、飯場と荷の道に家臣も民も寄っていき、

 自分の命令が空になる。これは嫌な怖さや」

 博之は、少し黙った。

 蟹江の港では、鉄板の音が続いている。遠くで子どもが笑った。

「私は、長野のお殿様を笑えません」

 博之は静かに言った。

「私も、気づいたら大きくなってしまって、皆が言うことを聞いてくれているようで、

 実は飯の道に皆が従っているだけかもしれない。そう思うと、怖いです」

 藤吉郎が少し意外そうに見た。

 信長は、博之の顔をじっと見た。

「お前、自分の力も怖いのか」

「怖いですよ」

「銭もある。人もいる。飯場もある。国人衆も頼る。それでもか」

「だから怖いんです」

 博之は、苦笑した。

「私は根なし草でした。腹が減って、五百文で飯屋を始めた。それが、いつの間にか

 長野家の話になり、北伊勢の話になり、今日こうして織田信長公に飯を出している。

 怖くないわけがないです」

 信長は、少しだけ目を細めた。

「なら、なぜやめん」

「目の前で飯が食えない人がいるからです」

 博之は即答した。

「逃げてきた人がいる。仕事がない人がいる。魚が捨てられる。器が届かない。道が荒れる。

 そこに少し手を入れると、飯になり、仕事になり、道になる。やめられません」

「欲やな」

「はい。飯を出したい欲です」

 信長は、そこでふっと笑った。

「正直やな」

「嘘をついても仕方ありません」

「では、蟹江はどう見る」

 その言葉で、空気が少し変わった。

 博之は、港の向こう、城下の方へ目をやった。

「城下から人がいなくなったのは、私は嫌でした」

「織田が嫌いか」

「織田様が嫌いというより、住民に迷惑がかかる取り方が嫌いです。もちろん、戦の世ですから、

 綺麗事だけでは済まないのは分かります。でも、壊した後に飯を出す、寝るところを作る、

 寺社や港を立て直す。その後始末まで見る方が、土地は早く落ち着くと思っています」

 信長は、何も言わなかった。

 藤吉郎は、少し緊張して博之を見た。

 だが博之は続けた。

「だから今日は、飯を食ってもらうだけではなく、見てもらいたいんです。あちらは人が消えた城下。

 こちらは飯場があって、港と郊外で人が戻りかけている場所です」

「見せつけるつもりか」

「見ていただきたいだけです」

「同じことや」

「かもしれません」

 信長は、しばらく黙った。

 それから、もう一度汁物をすすった。

「うまい」

「ありがとうございます」

「腹立つくらいうまい」

「そこは、できれば普通に褒めてください」

 藤吉郎が笑い、周囲の緊張が少しだけ緩んだ。

 信長は鉄板の方を見た。

「海鮮焼きというのもあるそうやな」

 博之の心臓が、一つ跳ねた。

 来た。

 お花がちらりと博之を見る。ヨイチも目だけを動かした。

 博之は、ゆっくり頭を下げた。

「ございます。ただ、あれは少し場を持っていきすぎるので、今日は見本程度にと思っておりました」

「場を持っていきすぎる飯か」

 信長は、楽しそうに口元を歪めた。

「それは見たいな」

 博之は、腹をくくった。

「では、少しだけ」

 合図を受け、港の者たちが海鮮焼きの丸型鉄板を運び出す。

 周囲がざわめいた。

 お好み焼きで温まっていた港の空気が、さらに一段、動き出す。

 信長は、そのざわめきを見ていた。

 博之は思った。

 この人は、味だけでなく、人の動きを見ている。

 ならば、ここからが本当の飯の勝負だった。

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