9月3週目。お披露目会で見せた混ぜ飯おにぎりをヒントに沢庵飯が流行るwww親子丼は卵の供給次第
九月の三週目に入ってから、横丁では一つ、妙な飯が流行り始めていた。
たくあんの混ぜ飯である。
もともとは、博之がお披露目会で出した弁当の握り飯がきっかけだった。
たくあんを細かく刻み、紫蘇を少し混ぜ、飯に練り込んで握る。旅人向けの弁当として
考えたものだったが、それを見ていた下の子たちが、まかない飯でも真似し始めた。
「旦那、これ、握らんでもうまいで」
最初にそう言ったのは、魚の焼き場を手伝っていた子だった。
「白飯に混ぜただけやろ」
「せやけど、うまいねん」
別の子も椀を抱えて頷く。
「たくあんだけやと口直しやけど、飯に混ぜたらずっと食える」
たしかに、刻んだたくあんの塩気と歯ざわりが飯に混ざり、ただの白飯よりも箸が進む。
紫蘇の香りも少し加わると、見た目も悪くない。
お花も一口食べて、静かに笑った。
「これは、子どもらが喜ぶのも分かりますね」
「そんなもんか」
博之は少し呆れたように言った。
自分では、弁当用の工夫の一つぐらいに考えていた。だが、まかないで出してみると、
思いのほか反応がいい。
やがて、ヨイチが言い出した。
「旦那、これ店で出してみたらどうや」
「白飯の代わりにか」
「そうや。十文高くしても頼むやつおるで」
「ほんまかいな」
半信半疑で出してみると、これが意外と売れた。
豚汁と合わせる客が多い。
「いや、豚汁は白飯やろ」
という客もいれば、
「いやいや、この混ぜ飯の塩気が豚汁に合うんや」
と譲らない客もいる。
気がつけば、白飯派とたくあん混ぜ飯派に分かれ、勝手に言い合う者まで出てきた。
その様子を聞いた博之は、思わず頭をかいた。
「……弁当のついでに考えたやつが、先に流行るんか」
ヨイチは笑った。
「そういうもんちゃいますか」
「いや、まあ、ええけどな」
手間はさほど増えない。たくあんはもともとある。飯も炊いている。刻む手間だけで
十文上乗せできるなら、商売としては悪くない。
「名前どうするんや」
ヨイチが聞く。
「そのまま、たくあん飯でええやろ」
「色気ないなあ」
「飯に色気はいらん。うまけりゃええ」
そう言いながらも、博之は少し嬉しそうだった。
一方で、別の催促も強くなっていた。
「旦那、親子丼、いつ出すんですか」
お披露目会で出した、鶏と卵を出汁でとじて飯に乗せたもの。あれを食った子どもたちは、
すっかり味を覚えていた。
「まだ味が整ってへん」
博之はいつものように逃げようとした。
だが、子どもたちは引かない。
「でも、うまかったですやん」
「早く出したら絶対売れますって」
「城下でもいけますよ」
ヨイチまで横から言う。
「俺もそう思うで。あれは売れる」
博之は腕を組む。
「卵が足らんねん」
それが一番の問題だった。
養鶏を始めたとはいえ、卵はまだ安定していない。全部の横丁で出せるほどの量はない。
「ほな、一軒だけで出したらええやん」
ヨイチが言う。
「一軒だけ?」
「そうや。横丁の中の一つの店で、試しに出す」
博之は黙って考えた。
それなら、できる。
全店で出すのではなく、横丁のうち一つの店だけ。卵が入った日だけ、数量限定で出す。
値段も様子を見られる。
「……三十文やな」
博之はぽつりと言った。
「三十文?」
「最初はそれで出す」
鶏と卵を使い、出汁も使う。白飯やたくあん飯よりは高くなる。それでも、
客が食いつくかを見るには悪くない値段だ。
「売れたら上げるんですか」
子どもの一人が聞く。
「味が整って、卵が安定したらな」
博之は答える。
「まずは一軒。卵がある日だけ。売り切れ御免や」
それを聞いて、下の子たちは明らかに嬉しそうだった。
「まかないでも出ますか」
「余ったらな」
「余らんやろなあ」
ヨイチが笑う。
博之も苦笑した。
たくあん混ぜ飯は、弁当から生まれて白飯の横に並んだ。
親子丼は、お披露目会から生まれて横丁の一店で試されようとしている。
新しいものは、思ったよりも早く広がっていく。
博之は、横丁の煙と人の声を見ながら、小さく呟いた。
「……こうやって名物になるんかもしれんな」
まだ大きな看板料理ではない。
だが、確かに芽は出ていた。
飯の工夫が、人の腹を満たし、店の噂になり、次の商いへ繋がっていく。
その流れを、博之は静かに感じていた。




