松坂城主に呼ばれ近況報告と信楽焼きの道、餡子の道の話と周辺国のっ状況について話す。
松阪の城主から呼びが来た。
「飯でも持って顔を出せ。近ごろ、また妙なことをしておるらしいな」
そう言われれば、行かないわけにはいかない。
博之は、混ぜ飯とすり身天、それに少しだけ信楽焼の器を持たせた。近況報告と、情報交換。
いや、正確には、伊勢松坂屋の定期便や買い付け隊が拾ってきた話を、松阪の城主に伝えるため
だった。
屋敷に着くと、城主はすでに機嫌よく待っていた。
「もはや、あれやな」
「何でございますか」
「間者をあちこちに放つより、お前のところに話を聞いた方が早そうやな」
博之は、苦笑しながら頭を下げた。
「私は飯屋でございます」
「飯屋が信楽に拠点を作るか」
「どこまでも地獄耳ですね」
「当たり前や」
城主は、信楽焼の器を手に取りながら言った。
「六角の方ともつながりができたんやろ」
「一応、ご挨拶はさせていただきました」
「どういう話や」
「信楽焼を買うなら、拠点を作りたいなら五万文納めよ、という文が来まして」
「それはな、普通は嫌がってる証拠や」
「はい。こちらも、そういう意味合いは感じました」
「で?」
「十万文持っていきました」
城主は一瞬黙り、それから腹を抱えて笑った。
「ほんまにむちゃくちゃやな、お前は」
「言われた額だけ持っていくと、言われたから払いました、になりますので。
こちらから筋を通しに来ました、という形にしたかったのです」
「それで拠点ができたんか」
「はい。信楽に荷置きと飯場、検品場のようなものを作る流れになりました」
「五万文と言われて十万文払ったら、そら相手も話を聞くわ」
上司は笑いながらも、少し真面目な目になった。
「だが、それで道ができたなら、京都の匂いまで届くぞ」
「そこなんです」
博之は信楽焼の小鉢を置き、ゆっくり話し始めた。
「ただ、私は一足飛びに京都へ店を出すつもりはありません。うちは現地で人を雇い、
横丁の隣にまた小さな場を作り、そこで飯と寝床と帳面を整えながら根を張る形です。
だから、信楽から草津、大津、京都へ一気に店を伸ばすというのは、無理がございます」
「情報収集だけか」
「はい。まずは情報だけです」
「何の情報が欲しい」
「砂糖です」
上司が目を細めた。
「また甘味か」
「はい。ふくふく焼きというものを考えております。餡子を使いますので、
小豆と砂糖が必要です。小豆はまだ何とかなりますが、砂糖が問題です。堺か京都か、
どちらで安定的に手に入るか。それを見たいのです」
「飯屋が砂糖の道か」
「飯のためでございます」
「お前は本当に飯のためなら何でもするな」
「政治や戦ごとには興味がありません」
博之は、そこだけははっきり言った。
「というより、興味を持ち始めた瞬間、私はお殿様に首を切られると思っております。
ここまで広げて、政治めいたことを考え始めたら、危ないです。私が切られたら、
七百人、八百人の者が路頭に迷います。ですので、私は飯と品と道だけを見ます」
城主は、少しだけ満足そうに頷いた。
「その自覚があるならええ」
「ありがとうございます」
「で、今どれくらい買い付けが動いておる」
「ざっくり半月で三十五万文ほどです」
「三十五万文」
「はい。信楽焼、伊勢の小物、松阪の味噌や布、津や鳥羽の加工品、北伊勢の紙や墨の種。
そういうものを、うちの店舗や横丁、従業員向け、一般のお客様向けにぐるぐる回しております」
「もう飯屋の買い付けちゃうな」
「自分でもそう思います」
「値は乗せておるのか」
「はい。伊賀を経由するだけで、値が変わります。信楽焼などは、こちらに持ってくると三倍近くても
売れます。逆に伊勢や松阪のものを向こうへ持っていけば、これも値が乗る可能性が出てきました」
「伊賀を押さえたのがでかいな」
「そこは、私も大きいと思っております」
城主は、箸を置いて頷いた。
「伊賀で情報がばちっと切れるんや。普通はそこから向こうのことが見えにくい。
そこを、お前のところは飯と信楽焼で通した。利用価値はすごいぞ」
「利用価値と言われると怖いですが」
「怖がっておけ。その方が長持ちする」
「はい」
上司はさらに聞いた。
「北の方にも手を伸ばしてるやろ」
「一応、白子、関、亀山あたりに足がかりを作ろうとしております。亀山というか、北伊勢の港と街道筋ですね。白子は港、関と亀山は街道。あそこは津よりも歓迎気味です」
「長野が聞いたら怒るな」
「怒ります」
「で、大和は?」
博之は、少し嫌そうな顔になった。
「大和八木方面は、なかなか進みません。寺社勢力、筒井、松永、大和国人。顔役が多すぎます。
飯会をして、寺社に寄進して、話を聞くところまではできますが、横丁を作るとなると筋が複雑です」
「大和は面倒やろ」
「はい。正直、金だけ食って進んでおりません」
「堺へ抜ける道やったな」
「はい。名張から大和八木、大和高田、藤井寺、堺。砂糖の道として考えておりました」
「それが詰まっておる」
「そうです。このままですと、下手をすると、信楽から草津、大津を通って京都の砂糖を探す方が
早いかもしれません」
上司は、にやりと笑った。
「堺を目指して大和で詰まり、六角を通って京都へ抜けるか。お前らしい遠回りやな」
「遠回りなのか近道なのか、分からなくなっております」
「飯屋がそれを言うのが面白い」
博之は深く息を吐いた。
「私は、ただ餡子が欲しいだけなんですが」
「ただ餡子が欲しいだけで、六角、伊賀、草津、大津、京都、堺、大和を比べる飯屋がどこにおる」
「ここにおります」
「ほんまにおるな」
城主はまた笑った。
「よし。話は分かった。信楽から京都の匂いを拾うのは悪くない。ただし、京都に深入りするな。
お前は松阪と伊勢で名が通ってるから強い。京都へ行けば、ただの変な飯屋や」
「そこは重々承知しております」
「情報だけ拾え。砂糖の値、紙、菓子、茶、針、帳面に使うもの。その程度や。
政治と戦の話は聞き流せ」
「はい」
「北伊勢は進めてもよい。ただし津の顔は立てろ」
「はい」
「大和は焦るな。寺社飯会で十分や」
「はい」
「そして、何か面白い飯を思いついたら先に持ってこい」
「結局そこですか」
「そこや。お前の情報は面白いが、飯がないと始まらん」
博之は苦笑しながら頭を下げた。
「承知しました。次は、柚子とはちみつ湯か、鯛茶漬けあたりを」
「ほう。もうあるんか」
「帳簿から逃げると出てくるのです」
「逃げるな」
城主は笑い、博之はしょげた顔をした。
飯屋の近況報告は、いつの間にか近江、京都、大和、北伊勢の情報交換になっていた。
だが博之にとっては、すべて同じだった。
皿がほしい。
砂糖がほしい。
飯をうまくしたい。
人に食わせたい。
そのための道が、また少し伸びただけだった。




