ゴロゴロしながらなんでモテないんだとぐずる博之。六角から返事が来た。拠点作って信楽焼安定供給できるぞ
「なあ」
博之は、また座敷でごろごろしながら言った。
「俺、ふくふく焼きとか、定期便とか、寺社の縁会とか、結構ええことしてるよな」
お花が茶を置きながら、にこりと笑った。
「はい。店にとっては、すごく良いことをされております」
「店にとっては、って何や」
ヨイチが帳面から顔を上げずに言う。
「従業員の銭が回り、寺社に人が集まり、伊賀や名張にも役割ができ、信楽焼の道も
整いつつあります。店としては大変よろしいです」
「じゃあ、なんで俺はモテへんの」
座敷が一瞬、静かになった。
そして、お花がさらりと言った。
「それは仕方がないです」
「仕方ないん?」
「呪いみたいなものですから」
「呪いなん?」
女衆たちが、くすくす笑い出した。
「いや、でもな。俺だって、たまには浮いた話が欲しいねん」
「旦那様が浮いた話をされたら、店が沈みます」
ヨイチが即答した。
「うまいこと言うな」
「言っている場合ではありません」
博之は、少し不満そうに起き上がった。
「じゃあ、芸子さん呼んでええ?」
その瞬間、女衆たちの空気が変わった。
お花が笑顔のまま、低い声で言った。
「芸子さんなんて呼んだら、私ら全員ブチ切れます」
「怖っ」
「旦那様、今それを言いますか」
「いや、言うただけやん」
「言うただけで十分です」
別の女衆が、少し頬を膨らませて言う。
「そんな人を呼ばんでも、私らと遊んでたら楽しいでしょう」
「楽しいよ。楽しいけどさ」
「けど?」
博之は、天井を見上げた。
「本当、誰か布団に入ってほしいなと思う時があるねん」
女衆たちが一斉に顔をしかめた。
「旦那様」
「いやいや、変な意味やなくてな。夜のお布団はあれや。危ない。店が傾く。分かってる」
「分かっているならよろしいです」
「でも昼寝やったらええやろ。横に誰かおったら、ちょっと安心するやん」
女衆の一人が、すぐに言った。
「昼寝だけなら、一万文払ってくだされば考えます」
「高っ」
「ただし、旦那様は一ミリも動かないでください」
「それ、俺は何が楽しいねん」
「安心を買うんでしょう?」
「正論やめろ」
「しかも、こちらは見張りつきです」
「囚人やんけ」
女衆たちは、きゃあきゃあと笑った。
お花も笑いながら言う。
「旦那様は、寂しい寂しいと言いながら、変な方向へ行こうとするので、皆で見張らないといけません」
「俺、そんな危ない?」
「かなり」
「即答やめて」
ヨイチも淡々と言った。
「旦那様は、寂しさと金が同時にあるので危険です」
「ひどい言い方やな」
「正確です」
そんなふうに座敷が騒がしくなっていると、店の者が一通の文を持って入ってきた。
「旦那様、六角方より文でございます」
空気が少し変わった。
「お、来たか」
ヨイチが文を受け取り、内容を確認する。
「信楽での拠点設置について、許しが出たようです」
「おっしゃ」
博之は思わず手を打った。
「これで信楽焼を定期的にやれるな」
「はい。ただし、六角方への筋通しと、現地での買い付けの調整は続きます。勝手に値を荒らすな、
地元を軽んじるな、とのことです」
「そこは当然や。ちゃんとやる」
「立ち上げに五万文、あるいは十万文ほど包む話になりますね」
「十万文でええやろ。最初やし」
「また軽く言いますね」
「軽くない。怖がりながら言うてる」
「怖がっている人は、十万文を即答しません」
お花が文を覗き込みながら言った。
「これで、信楽焼の道はかなり安定しますね」
「そうやな。上野の意味もさらに出る」
「そして、名張は餡子の道ですね」
「そこや」
博之は急に目を輝かせた。
「信楽が固まったら、次は情報収集や。名張から大和八木、大和高田、藤井寺、堺。
こっちは砂糖と小豆の道やと思ってたけど、京都も見たい」
「京都ですか」
「ワンチャン、京都にも砂糖あるやろ」
ヨイチが頷く。
「あるでしょう。ただし、高いと思います。堺の方が仕入れとしては面白いかもしれません」
「だから競争やな。八木方面、堺方面、京都方面で、どこが砂糖と小豆を一番まともに取れるか見る」
「また道が増えますね」
「増えるな」
女衆の一人が、ふと聞いた。
「京都まで道が届いたら、旦那さんは京都に引っ越すんですか?」
博之は、ものすごく嫌そうな顔をした。
「なんでやねん」
「京都は大きな町ですし、商いも多いでしょう?」
「そら多いやろ。でも、なんで俺が京都の下っ端からやらなあかんねん」
「下っ端」
「こっちやったら、松阪でも伊勢でも名前が通ってる。お伊勢さんの力もある。
内宮の端で店を出して、めちゃくちゃ稼げてる。松阪の上の方も、伊勢の上の方も、
九鬼様も、なんやかんや話聞いてくれる」
「はい」
「京都行ったら、俺なんかただの変な飯屋やぞ」
ヨイチが言う。
「現地でまた筋を通す必要がありますね」
「それも嫌や。しかも、お前ら全員、一緒に京都へ引っ越してくれへんやろ」
お花が笑った。
「全員は無理ですね」
「ほら見ろ。俺だけ知らん町に行って、また一人でコツンと寂しくなるやんけ」
「旦那様、京都でも寂しがる前提なんですね」
「当たり前やろ。知らん土地で、知らん人ばっかりで、夜に一人で飯食うんやぞ。俺、泣くで」
「泣きますか」
「泣く」
女衆たちはまた笑った。
「旦那様、京都に行っても、すぐ人を集めそうですけど」
「集めるまでが寂しいねん」
「そこですか」
「そこや。俺は今、ガチャガチャしてるのがええねん。ヨイチが帳簿で怒って、
お花さんが刺して、女衆が俺を見張って、子どもらが皿を数えて、
地侍が変な顔で信楽焼を運んでくる。この騒がしさがええねん」
お花は少し優しい顔になった。
「では、京都は仕入れと情報だけですね」
「そう。京都に店を出すとか、まだ早い。砂糖があるか、菓子の技があるか、
紙や道具があるか。それを見に行くだけでええ」
ヨイチが帳面に書く。
「京都方面は情報収集。堺方面は砂糖仕入れ本命。八木・高田・藤井寺は中継。
信楽は六角許可済み拠点。北伊勢は別途十万文。大和八木方面にも十万文」
「また十万文だらけやな」
「旦那様が言いました」
「俺か」
「はい」
博之は、文を見ながら少し満足げに笑った
「でも、六角の許しが出たのはでかいな」
「大きいです」
「これで、信楽焼は安定する。上野の子らも、地侍たちも、やりがい出るやろ」
「はい」
「名張は餡子の道。堺と京都の競争。北伊勢は九鬼様と調整。津は長野をなだめる。
伊勢は内宮。松阪は本店」
「旦那様」
「なんや」
「改めて聞くと、飯屋の規模ではありません」
「俺もそう思う」
お花がくすりと笑った。
「けれど、旦那様は京都へは行かない」
「行かん。少なくとも住まん」
「理由は寂しいから」
「そうや」
「それが一番旦那様らしいですね」
博之は少し照れた。
「こっちには、俺を見張るやつらがおるからな」
「はい。見張ります」
「芸子さんも呼べへんし」
「呼ばせません」
「昼寝も一万文で一ミリも動いたらあかんし」
「その条件なら、検討します」
「ほんまに俺の人生、何なんや」
座敷に笑いが広がった。
六角の許し。
信楽の拠点。
京都と堺への道。
北伊勢への投資。
話だけ聞けば大商人のようだが、当の博之は、京都で一人になるのが怖いと本気で言っている。
ヨイチは、最後にぽつりと言った。
「旦那様は、遠くへ道を伸ばすのに、自分はここから動きたくないのですね」
「そうやな」
博之は、少しだけ真面目な声で答えた。
「道は伸ばしたい。でも、帰ってくる場所はここがええ」
お花が頷いた。
「では、皆が帰ってこられる場所も、ここに作り続けましょう」
「そうやな」
博之はまたごろりと畳に転がった。
「ほな、とりあえず十万文包んどいて」
「どの十万文ですか」
「……信楽」
「北伊勢と大和八木は?」
「それも考えといて」
「帳簿が泣きます」
「ヨイチが泣いてから考える」
「もう泣いています」
そう言いながらも、ヨイチは筆を取った。
信楽焼の道は開いた。
砂糖の道も、少しずつ見え始めた。
けれど、博之が望むのは大きな都ではなく、相変わらず騒がしいこの座敷だった。




