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街道沿いに伊勢松坂屋本店に戻る。傘と布を2倍で売ると1か所月1500文くらい儲かるか?混ぜ飯を使った混ぜ飯を街道の拠点でも見せて反応を見る

伊勢郊外の屋敷で一泊した翌日、博之たちは松坂の本店へ向けて、ゆっくり歩いて帰ることにした。

昨日の夜、伊勢郊外の古参たちに書かせた紙は、しっかり受け取っている。

 足りないもの。

 必要な銭。

 欲しい人材。

 湯浴み。

 漬物桶。

 養鶏場。

 読み書き算用の先生。

 寺社へ持っていく弁当。

 港との連絡役。

 紙は懐に入っているが、博之はまだ開かなかった。

「それはまた本店で見るわ」

 ヨイチが横から言う。

「今見ないんですか」

「見たら立ちくらみするやろ」

「まあ、しそうですね」

「今日は歩いて帰るだけで精一杯や」

 そう言いながらも、博之の目は道すがらの人の流れを見ていた。

 伊勢へ向かう参拝客は多い。

 年寄り、女連れ、荷を背負った男、子どもを連れた家族、商人、旅の僧。

 みなそれぞれに疲れを見せながらも、神宮へ向かう空気をまとっている。

「やっぱり参拝客、多いな」

「多いですね」

「業者もおるけどな。荷運び、商人、旅籠の使いみたいなんも混じっとる」

「この道そのものが商いですね」

「ほんまや」

 博之は少し考えてから言った。

「じゃあ、あれやな。布と傘を置くか」

 ヨイチが首を傾げる。

「またその話ですか」

「いや、これはいける」

 博之は道を歩く参拝客を指さした。

「急に雨降ったら、あの人ら困るやろ。神宮まで濡れて行きたくない。荷物も濡らしたくない。

 子どもや女房も濡らしたくない。そうなったら、多少高くても買う」

「傘と雨拭き布ですか」

「そうや」

 博之は続けた。

「伊勢の郊外と伊勢の港には、伊勢の城下町で買った傘と布を置く。それを倍で売る」

「倍ですか」

「緊急の雨支度やからな」

 お花が少し苦笑した。

「高いと言われませんか」

「言われるかもしれん。でも雨の日なら買う。しかも、うちで作ってしまったら全部うちの

 儲けになるやろ」

「それはそれで、笠屋さんや布屋さんが怒りますね」

「そうや。だから伊勢のものは伊勢の城下で買う。松坂側は松坂の城下で買う」

 博之は指を折りながら言った。

「伊勢の城下で金を落として、伊勢郊外と港で売る。松坂の城下で買って、松坂街道や松坂郊外で売る。

 これなら、地元の職人や商人にも銭が落ちる」

「うちだけが儲ける形にしない」

「そうや」

「でも倍で売る」

「そこは商売や」

 ヨイチが笑った。

「旦那、そこは譲らないですね」

「雨の日の安心代や。傘を売ってるんちゃう。濡れずに参拝できる安心を売ってるんや」

「またそれっぽいこと言い出しましたね」

「ほんまや」

 博之はさらに続けた。

「布もいる。雨を拭く布、手ぬぐい、荷物を拭く布。最悪、捨てて帰るかもしれんけど、

 それでもええ。使い捨て前提の安い布と、持って帰れる良い布に分けてもええな」

「売れ残っても腐りませんしね」

「そこがええ。飯は余ったら困るけど、傘と布は置いとける」

「月どれぐらい見ますか」

「平均で一店舗、月千五百文ぐらいやな」

 ヨイチが少し驚いた顔をした。

「地味に大きいですね」

「主力にはならん。でも街道沿いに十店置いたら一万五千文や。しかも、雨の日に客足を止められる」

「ついでに飯も売れる」

「そうや。握り飯、汁、麦茶、油焼き飯。雨の日は客が減る日やない。雨の日用の商品を

 用意してないだけや」

 お花が頷いた。

「それで儲かった分で、雨宿りできる場所を作るのですね」

「そうや」

 博之は街道沿いの空き地を見ながら言った。

「座るところと、雨宿りできる屋根。簡単なもんでええ。長旅の客が腰を下ろして、

 麦茶を飲んで、握り飯を食える場所や」

「それは喜ばれますね」

「一回作ったら作りっぱなしやしな。傘のひと月の儲けで、簡単な屋根ぐらいは賄えるやろ」

 ヨイチが少し呆れたように言う。

「儲かってるのか、儲かってないのか、よく分からないですね」

「信用に変えとるんや」

「便利な言葉です」

「便利やけど本当や」

 道すがら、彼らは伊勢街道沿いの拠点にも寄った。

 そこでは、昨日の話を聞いていた者たちが、混ぜ飯の焼き飯を試したいと言い出した。

「また作るんですか」

「作る」

 博之は少し元気を取り戻したように袖をまくった。

「ここでも試す。伊勢郊外だけでうまい言うても、街道沿いで使えるか分からんからな」

 余った混ぜ飯の飯玉を用意させる。

 たくあん混ぜ飯と梅しそ混ぜ飯。そこに刻んだねぎ、大根葉、少しの鶏肉。菜種油を熱し、

 具を炒め、味噌を少し落とし、卵を溶いて入れる。半熟になったところへ飯玉を入れ、

 木べらでがちゃがちゃと崩していく。

 油と味噌と卵の香りが立ち上がる。

 街道沿いの者たちが、興味深そうに覗き込む。

「また変なもの作ってますね」

「変なものちゃう。飯や」

「握り飯を崩して炒めるって、なかなかですけど」

「余り飯が温かい飯に戻るんや」

 博之はへらで飯を返しながら言った。

「白飯より、混ぜ飯がええ。漬物の味が染みてるから、油と卵に負けへん」

 出来上がった油焼き飯を、竹べらで掬って食べさせる。

「箸で食うなよ。へらで食え」

「匙みたいなものですね」

「そうや。竹で作ればええ」

 一人が口に運ぶ。

「……うまい」

 次の者も食べる。

「これ、温かいのがええですね」

「漬物の塩気が効いてます」

「汁と一緒に出したら、雨の日に売れますよ」

 ヨイチが頷いた。

「親子丼が出せない時の代替にもなりますね」

「そうやろ」

「卵が少なくても、少し混ぜるだけでそれらしくなる。飯玉が余っても炒め直せる。

 鶏が少なくても野菜で増やせる」

 お花も言った。

「それに、温かい飯というのが大きいです。旅人は喜ぶと思います」

「竹べらは?」

「作ればええ。使い捨てでもいい。客向けには安い竹べら。店内用には洗って使う木べら」

 ヨイチが笑う。

「旦那、また変なものを天から降ろしてきましたね」

「天からちゃう。余り飯からや」

「どちらにしても、急です」

 博之は少し得意げに言った。

「雨の日は傘と布。冷えた客には汁。腹が減った客には油焼き飯。これで街道はもう一段強くなる」

 歩いては話し、店に寄っては飯を作り、また歩く。

 そのうち博之は、何のために帰っているのか分からなくなってきた。

「わし、何のために道すがら帰ってるんやろな」

 ヨイチが笑う。

「飯指導です」

「帰り道まで飯指導か」

「旦那らしいです」

「本店に戻ったら寝るぞ」

「帳簿は?」

「寝てからや」

「また逃げる」

「今日は歩いたし、飯作ったし、考えたからええやろ」

 そんなことを言いながら、博之たちは松坂へ向かった。

 道中、博之の頭の中では新しい線が増えていた。

 松坂城下で仕入れた傘を、松坂街道で売る。

 伊勢城下で仕入れた傘を、伊勢郊外と港で売る。

 雨の日には、笠と布と汁と油焼き飯。

 晴れの日には、握り飯と麦茶と甘味。

 休み処には、座る場所と簡単な屋根。

 飯屋は、旅人の腹だけでなく、雨と疲れまで相手にする。

 やがて本店に戻る頃には、博之はかなり疲れ切っていた。

「帰ったぞ」

 そう言って奥へ入るなり、畳に倒れ込む。

「一眠りする」

 ヨイチが呆れて言った。

「旦那、紙は?」

「あとで見る」

「傘と布の話は?」

「あとで書け」

「油焼き飯は?」

「それも書け」

「帳簿は?」

「……寝てからや」

 お花が笑いながら布団を用意する。

「今日は本当にお疲れ様でした」

「疲れた。伊勢は広い」

 博之は目を閉じた。

 しかし、眠りに落ちる直前、ぽつりと呟いた。

「雨の日、売れるぞ」

 ヨイチが苦笑する。

「寝ながら商売しないでください」

 その声を聞きながら、博之は深い眠りに落ちた。

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