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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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腹が減っては、戦も商いもできぬ

腹が減っていた。

ただそれだけが、やけにはっきりしていた。

頭が回らない。足に力も入らない。喉は渇き、胃の奥がじくじくと痛む。

空腹というやつは、こんなにも人間を簡単に壊すものだったかと、どこか他人事のように思いながら、

俺は土の上にしゃがみこんでいた。

視界に入るのは、見慣れない町並みだった。舗装なんてものはない、土の道。低い屋根の家々。

どこかで薪をくべる匂いと、草の匂い。車の音も、電線もない。

 ――いや、これはおかしい。

そう思った時には、もう遅かった。考えようとしても、頭が働かない。腹が減りすぎて、

思考が止まるというやつだ。

「……くそ、なんだこれ……」

口から出た声は、ひどくかすれていた。

どれくらいそうしていただろうか。時間の感覚も曖昧なまま、ただうずくまっていると、

不意に影が差した。

「おや、あんた、大丈夫かい?」

顔を上げると、そこには年の頃五十ほどの女が立っていた。いかにも近所の世話焼きといった

風情で、腰に手ぬぐいを差し、こちらを覗き込んでいる。

俺は口を開こうとして、少しだけ迷った。だが、背に腹は代えられない。

「……腹が、減って……頭、回らん……」

それだけ言うのが精一杯だった。

女は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに「ああ、なるほどねえ」と納得したようにうなずいた。

「そりゃあんた、その様子じゃ何日も食ってないんじゃないのかい。ほれ、水でも飲みな」

差し出された木の椀を受け取り、俺はがぶがぶと水を飲んだ。冷たくもない、ただの水。

それでも、喉を通るだけで生き返るようだった。

「……ここ、どこ……?」

ようやく少しだけ声が出るようになり、俺は聞いた。

女は、何を言っているんだという顔をした。

「どこって、あんた……伊勢だよ。松坂さ」

「……伊勢……?」

頭の中で、その言葉が反芻される。

伊勢。松坂。聞いたことはある。あるが――今の時代に、こんな場所があるわけがない。

いや、そもそもこの格好、この空気、この町並み。どう考えてもおかしい。

だが、理解しようとした瞬間に、胃がまたきりきりと痛んだ。

――考えるのは後だ。

今は、食わないと死ぬ。

「……何か、食うもん……」

情けない声だった。だが、女は少し困ったように首を振った。

「うちも余裕があるわけじゃないんだよ。ただで食わせてやるほど甘くはないねえ」

ですよね、と心の中でつぶやく。

そりゃそうだ。見ず知らずの中年男に、飯を恵んでくれるほど世の中は優しくない。

女は腕を組んで、少し考え込むような仕草をしたあと、ぽんと手を打った。

「そうだ。あんた、城の方へ行きな」

「……城?」

「ああ、あっちのな。今ちょうど改修だか何だかで人手が足りてないらしいよ。

奉仕でも何でもいいから手伝いに行けば、飯くらいは出るはずさ」

女はそう言って、町の外れの方を指さした。

遠くに、低い丘のようなものが見える。その上に、木でできた柵や建物がちらりと見えた。

城――らしい。

「……行けば、食える……?」

「食えるさ。働きゃあね」

その一言で、十分だった。

俺はゆっくりと立ち上がった。足はふらつき、視界もまだ少し揺れている。それでも、行くしかない。

「……ありがとう」

「礼はいいから、とっとと行きな。倒れたら面倒だからね」

ぶっきらぼうに言われて、思わず苦笑が漏れた。

優しいのか、そうでもないのか分からないが、少なくとも今の俺には救いだった。

――とにかく、食う。

それだけを目標に、俺は歩き出した。

道は思ったより長かった。

 一時間か、二時間か。正確な時間は分からない。ただ、ひたすら足を前に出すだけの作業だった。

途中で何度も座り込みたくなったが、そのたびに「飯」という言葉で自分を引っ張った。

ようやく城の近くまでたどり着いた時には、もう体は限界に近かった。

木の柵に囲まれた一角。中では、男たちが土を運び、木を組み、忙しなく動いている。

怒鳴り声や、木槌の音が響いていた。

俺はふらふらとその中に入り、近くにいた男に声をかけた。

「……すまん……何でも、する……飯、くれ……」

 自分でも情けないと思うほど、みっともない言い方だった。

 男は一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐにこちらを値踏みするように見た。

「……なんだお前、行き倒れか」

「……似たようなもんだ……」

「ふん……まあ、ちょうど人手は足りてねえ。働くなら飯は出す」

その言葉に、体の力が一気に抜けそうになった。

「……ほんとか……」

「ただしだ」

 男は指を一本立てた。

「今夜は一回だけだ。明日からはちゃんと働け。サボったら追い出す」

「……いい、それでいい……」

それで十分だった。

男は顎で奥を指した。

「向こうで配ってる。行ってこい」

 俺はよろよろとその方向へ向かった。

 大きな鍋から、何かがよそわれている。湯気が立ち上り、鼻をくすぐる匂いがした。

 ――味噌の匂いだ。

 その瞬間、胃がぎゅうっと鳴った。

 椀を受け取り、中身を見た。

 具は少ない。野菜が少しと、汁。だが、それでも――

「……うまそうだ……」

震える手で、椀を口に運ぶ。

温かい汁が、喉を通って、胃に落ちていく。

それだけで、世界が少しだけ色を取り戻した気がした。

――生きてる。

そう実感した。

この時、俺はまだ知らなかった。

この一杯の味噌汁が、後にすべての始まりになるなんてことを。

ただ、必死に椀をすすりながら、思った。

――明日も、食うために働く。

それだけで、今は十分だった。

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