8章-10.悪足搔き 2023.11.19
*** side シラウメ
シラウメは目の前のレンヤの様子を注意深く観察する。非常に混乱しているようだ。酷い痛みも伴っているのだろう。記憶の流入は相当な負荷が掛かるものだと思われる。今こここで、失っていた全ての記憶を取り戻したのかもしれない。
記憶を取り戻したレンヤは果たして敵なのだろうか。分からない。しかし、今自分にできるのは彼の説得ぐらいだ。もし、記憶を取り戻したレンヤが知能犯を裏切ってこちらについてくれるのであれば、自分たちが勝てる可能性すらある。また、とにかく今は時間を稼ぐ事も大事だ。アイルが獣化人間を3体とも倒してフリーになれば、一気に状況は好転するのだから。
シラウメから見ても、レンヤは常にマドカを大切にしていた。レンヤにとって大切な存在であるのだと傍から見ていても感じるほどだった。そして、レンヤが嘘をつけるほど器用な人間ではない事も分かっている。きっと今まで見て来た彼の様子、それらは彼の本質だと思う。たとえどんな記憶を取り戻したとしても、レンヤはマドカの味方でいてくれないだろうか。そんな期待を持つ。
「レンヤ君! 分かりますか!? しっかりしてください!」
シラウメは拘束された状態で声を張り上げる。どうか自分の声がレンヤに届いて欲しい。
「マドカに、ちゃんと帰るって約束したんですよね!? 約束を破るなんてダメです!」
今最も希望を抱ける部分は、マドカとレンヤ、二人の関係性だけだ。たとえ記憶を失う前のレンヤが極悪人だったとしても、マドカと過ごしていたあの時間は嘘ではないはずだ。楽しく笑い合っていた日々は、きっとレンヤの本心であったはずだ。改心しろとは言わない。しかし、知能犯達に加勢するのだけは辞めてもらわなければ。どうにか踏みとどまって欲しい。ここでレンヤの戦力がそのままリバーシの様にひっくり返されてしまっては、シラウメ達の損害は計り知れないだろう。
「彼を直ぐに殺そうとしたくせに。ククク……。他に方法がないとはいえ、今度は彼にお願いするのですか?」
自分の声なんてレンヤに届くわけがない。シラウメの中ではそう結果が出ている。それでも声を掛ける事は辞めない。
もしマドカならば……。マドカの声ならばレンヤに届いたかもしれない。そんな考えが嫌でもよぎる。無意味な行動だと思考結果が告げてくる。それでも辞めない。
「レンヤ君! マドカは貴方が無事に帰って来るのを待っているんです! どんな記憶を取り戻したのかは分かりません。以前までの貴方は、今まで私たちに見せて来た姿とは全く異なるのかもしれません。ですが! 今まで私たちに見せて来た貴方の姿も嘘ではないと! ビビりで、言いたい事も言えずに飲み込んで、流されるまま周りに流される、そんな優しい貴方だって本当の姿だとっ!」
シラウメの背後からは、知能犯の笑い声が聞こえてくる。シラウメが無様に足掻く姿が心底面白いのだろう。それでも、可能性がほんの少しでもあるならば、いくらだって足掻くつもりだ。無様だろうと何だろうと、貪欲に最善を貫く姿勢を辞めるつもりは無い。
いつか描けてしまった最悪のシナリオは、今ここで実現しようとしている。何も手元に残らないかもしれない。全てを失うのかもしれない。そんな予感が脳裏をかすめていく。
「ククク……。記憶を取り戻した彼が敵なのか味方なのか。実に気になる所ではあるのですが……。白梅君。私が先に言った事を覚えていますか?」
「は?」
突然話し始めた知能犯にシラウメは困惑する。ここは知能犯の見せ場ではないのか?
レンヤが記憶を取り戻した後どうなるのかを見届けさせるためではないのか?
シラウメが再度思考を開始し始めようとした時だった。知能犯は間髪入れずに話を続けた。
「ワタクシは確かに言いましたよ? 催眠術は意志の強い人には効かないと!」
「なっ!?」
確かに言った。知能犯はわざとらしく催眠術の欠点をシラウメに話していた。
シラウメは知能犯の意図に気が付きハッとしたのと同時に絶望が迫ってきたのを肌で感じた。
知能犯の言う欠点。催眠術は意志の強い人には効かないという物。
これは裏を返せば、意志が弱い人間にはより強く入るという事。
今のレンヤはまさに混乱状態だ。意志なんてあったものではない。
こんな状態の人間に対して催眠術は、容易く入ってしまうっ!
「やめっ――」
シラウメが制止するのと同時。知能犯はシラウメを雑に解放するとその直後、パチンと指を鳴らした。
「さぁ! レンヤ! この女を殺しなさい! ククク……、ハハハッ! ハーハハハハハハッ!」
こんなもの、もはやレンヤの元の人格だとか今まで見せてきた人間性、マドカとの関係なんて一切関係ない。そんなものは今のこの瞬間全て上書きされてしまった。これでは、いくら呼び掛けても無駄。声なんて何も届かない。足掻く事すら許されない。微塵も可能性がない。
こうなってしまってはもう、どうすることもできない。
そこにいるのは、レンヤなんかじゃないのだ。
ただの危険極まりない殺人鬼だ!
それでもシラウメは、咄嗟に予備の銃を取り出し構えた。
そして直ぐに発砲した。急所に当てて即死させなくてもいい。何処でもいいから当てて、動きを鈍らせるだけでもいい。
しかし……。
ゆらり。
まるでスローモーションを見ているかのようだった。ゆったりとした動作でレンヤの体が横に揺れた。レンヤはそんな僅かな動きで的確にシラウメが放った銃弾を躱していた。
確実に胴体を狙ったはずの銃弾は、何も貫くことなく彼方へ消えていく。
そして次の瞬間。
シラウメの眼前にレンヤが迫っていた。一瞬にして距離を詰められた。
「っ!!!」
シラウメが息を飲んだ瞬間。目の前が真っ暗になった。




